第十九章 陰謀の片鱗
ガブリエルを医療設備がある部屋に移動させた美咲は、薫の指示に従い、ガブリエルを機器に載せた。美咲に完膚なきまでに叩きのめされ、薬の効果もなくなったガルリエルは全く反抗する事なく、薫の言う通りに動いている。
(何か企んでいるのかしら?)
それでも美咲は気を緩めずにガブリエルを観察している。その美咲を皆村は横目で見ていた。
(笑顔の美咲さんも素敵だが、真剣な表情の美咲さんも素敵だ)
神無月教の熱心な信者である皆村は、端から見ればバカにしか見えないかも知れない。当然の事ながら、薫もガブリエルを信用している訳ではない。彼が少しでもおかしな動きをしたら、すぐに仕留めようと考えていた。美咲も薫の考えがわかっており、ガブリエル自身より、薫の方が気になっているのだ。診察の結果、ガブリエルには機械類の埋め込みはされておらず、骨の重要部分と筋肉に何らかの人工物が組み込まれているのが判明した。
「貴方の背後にいるのは何者ですか?」
項垂れているガブリエルに美咲が質問した。しかし、ガブリエルは、
「知っているのは、ミカエルがリーダーで、ウリエルとラファエルと言う幹部がいる事だけだ。後は何も知らない」
美咲と薫はガブリエルの心拍数や呼吸数、そして目の動きや全身の筋肉の動きを観察しており、彼が嘘を吐いていない事を把握していた。
(リーダーのミカエルは慎重な人物のようね。全貌を把握しているのは、自分だけという事か)
美咲はリーダーの考えを読み取った。只の暴力的な組織ではない。思っていた以上の強敵かも知れないと判断した。
「つまり、貴方達は互いの幹部同士でも細かい事は意思疎通をしていないという事ですね?」
美咲は俯いているガブリエルの顔を覗き込んで質問を続けた。ガブリエルは少しだけ顔を上げて美咲を見ると、
「そうだ。リーダーは情報の漏洩に慎重だ。だから、俺達幹部も、作戦の一部しか知らされていない」
美咲は薫を見た。薫は美咲を見て頷き、
「検査は終了した。後は警察に任せようか」
そう言って、皆村を見て微笑んだ。皆村は薫の微笑みに顔を赤くして、
「では、被疑者を連行します」
敬礼して、美咲に告げた。もちろん、彼女の顔を見てはいない。美咲は皆村が自分の顔を見られないのを理解したので、今度は機嫌を損ねる事はない。
(でも、何だか嫌な気持ちがするなあ)
それでも、顔を見てくれないのは悲しいと思っている。
「失礼致します!」
皆村はガブリエルを拘束し直して、もう一度敬礼すると、医院の建物を出て行った。
「あの男、お前の虜だな。顔すら見られないようだ」
皆村達が去ると、薫はフッと笑って美咲を見た。美咲は溜息を吐いて、
「違いますよ。皆村さんは女性が苦手なだけです。薫さんの顔も見なかったですよ」
しかし、薫は、
「確かに私の場合は、苦手だから見なかったのだろうが、お前の場合は、好き過ぎて見られなかったのだと思うぞ」
美咲は薫を説得するのを諦めた。そして、
「彼は本当にあれ以上何も知らないようですね。どうしますか?」
薫は長髪のカツラを取り、化粧を変えると、
「本当の事を話さなければ、それなりの手段で吐かせるつもりだったが、敵は想像以上に切れるようだな。後は水無月葵の方が何かを手に入れるだろう。そこから先を考えるのは、あいつに会って話を聞いてからだ」
「そうですね」
美咲は薫がそれ以上皆村の事を話題にしなかったので、ホッとして応じた。
その水無月葵は、首相の片森から話を聞いていた。片森は葵が自分を疑いの目で見ているのに気づいたのか、
「私は嘘は吐いていませんよ、水無月さん。貴女がどこまでそのメモ帳を読まれたのかわかりませんが、そこにも書いてある通り、岩谷は渡りに舟で彼等に依頼をしたのです。何の疑いも持たずに」
葵は片森の言い訳がましい言い方に腹が立ったが、今ここで彼を締め上げても何も得るものはないと思い、
「わかりました。先を続けてください」
「連中は、中央情報局に所属していた時にあなた方の存在を知ったようです。そして、日本政府があなた方を煙たがっている事もね」
その言葉に葵は苦笑いして、
「要するに、日本政府は私達の一族や星一族の悪口をアメリカ政府に対して言いまくっていた、という事ですね」
チラッと片森を見た。片森はビクッとして、
「そ、それは前首相の橋沢のせいです。現在はそのような事はしておりませんから」
慌ててまた言い訳じみた事を言う。葵はそれを無視するようにロバートに視線を戻し、
「先を続けてください」
ロバートも苦笑いをして、
「それが切っ掛けとなったのかはわかりませんが、連中はあなた方に注意を向けた可能性は大きいですね」
葵はそれに対して頷き、
「では、その人物達の資料はありますか?」
ロバートはCIA日本支部の支部長であるブライアンを見た。ブライアンは葵を見て、
「問題はそこなのです。連中は、自分達の情報の全てを消去していました」
「どういう事?」
葵は隣に座っている進歩党の元最高顧問の岩戸老人と顔を見合わせてから尋ねた。ブライアンは、
「言葉通りです。連中は自分達の存在を消してしまったのです。今では、連中の正体を把握している者は合衆国には一人もいません」
葵は呆気の取られてソファの背もたれに寄りかかってしまった。
「という事は、手がかりなしって事?」
葵が溜息混じりに呟く。するとブライアンが、
「確かに連中の素性はわからなくなりましたが、動きが掴めていない訳ではありません」
葵はまた岩戸老人と顔を見合わせた。ブライアンは、
「データ上の素性は消せても、連中の容貌はそのままでしたので、日本にいる事がわかったのです」
「日本に?」
葵は怪訝そうな顔で鸚鵡返しに尋ねた。ブライアンは葵に頷き、
「はい。幹部クラスの四人共、日本の、それも東京都内に潜伏しています」
「都内に!?」
葵ばかりではなく、岩戸老人も、片森も異口同音に叫んだ。
「どこ?」
葵は立ち上がって身を乗り出した。ブライアンはロバートを見た。ロバートは葵を見て、
「大田区の町工場の一つです。恐らく、すでに廃業しているところだと思われます」
「大田区? それはまた、大胆不敵ね。そんな近くにいるなんて」
葵はソファに戻り、脚を組んで応じた。ロバートは、
「正確には三人ですね。幹部の一人は、貴女の部下の方が取り押さえたようですから」
葵はその言葉に眉をひそめた。
(そんな事まで把握しているの? 油断ならないわね)
ロバートは葵の反応に苦笑いして、
「すでにそこを押さえる準備が完了しています。あなた方へのお詫びも兼ねて、ご同行していただければと思うのですが?」
葵は一瞬考え込んだが、
「わかったわ。ならば、もう一人同行を頼めるかしら?」
岩戸老人が、
「篠原か?」
ニヤリとして言ったので、葵はムッとした顔で老人を見て、
「違います。星一族の星薫です」
その答えに岩戸老人と片森が目を見開いた。星一族は表立っては指名手配はされていないが、全ての警察組織と公安調査庁が捜索を続けているのだ。
「葵ちゃん、それは……」
岩戸老人も葵達が星一族と行動を共にしているのは知らなかったので仰天している。片森は、
「少なくとも、彼女達は全国指名手配犯ですよ、水無月さん。あなた方と星一族との大きな違いは、その反社会性にあります。そんな連中が今どこにいるのかご存じだというのはですね……」
あくまで正論を展開しようとしたが、葵は、
「そういう事をおっしゃるのであれば、この話は聞かなかった事にして、私達が独自に動きます」
片森を震え上がらせるに十分な程の目で睨みつけた。岩戸老人は葵が言い出したら聞かないのをよく知っているので、
「わかった、わかった。今回は目を瞑らせよう。いいな、片森?」
片森はまたしても鋭い目で睨め付けられたので、
「あ、はい、ご自由に……」
声を震わせてそれだけ口にした。葵はロバートとブライアンを見て、
「そちらは異存はないですよね?」
ブライアンはロバートと目配せしてから、
「もちろんです。日本国内の事は、我々の関知する事ではありません」
「では、よろしくお願いします」
葵は右手を差し出した。ブライアンはその手を握り、
「こちらこそ」
葵はすぐに手を放すと、ソファから立ち上がり、
「では、星薫に連絡を取ります」
スーツのポケットから携帯を取り出し、美咲の携帯に連絡した。
美咲と薫は車で移動中だった。着メロが葵からだとわかったので、路肩に車を停め、通話を開始した。
「美咲、今から薫を連れて私の指示する場所に向かって」
いきなり葵が言ったので、美咲は面食らって、
「ええ? 一体どういう事ですか、所長?」
葵は薫達の事を全警察に目を瞑らせると約束を取り付けた事を説明し、大森の廃工場に向かうように告げた。
「CIAが動いているのか?」
薫は携帯から漏れ聞こえた言葉を聞き取り、美咲に言った。美咲は携帯をスーツのポケットにしまって車を発進させ、
「そうみたいですね。彼等が真実の星条旗の居場所を突き止めたようですよ」
「なるほどな」
薫は腕組みをして応じ、
「水無月葵に貸しができたのは気に食わないが、一族の仇を追いつめられるのだから、よしとしようか」
「そうですね」
美咲は苦笑いして応じた。
(それより、薫さんが敵を全員仕留めてしまわないか、そちらの方が心配だわ)
気苦労が絶えない美咲である。
「心配するな。私は水無月葵に貸しを作るのが気に食わないだけで、お前達に迷惑をかけるような事はしない」
薫は前を見据えたままで言った。美咲は顔を引きつらせて、
「そ、そうですか。それは一安心です」
薫さんて、
「早くこのゴタゴタを片づけて、お前達との決着もつけたいしな」
薫のその言葉に美咲は思わずハンドルを握りしめた。
(この人、まだ拘っているのね、その事に……)
すでに蟠りは解けたと思っていた美咲だったが、そうではないのがわかり、事件が解決するのが少し怖くなった。
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