第三十三章 黒幕の片鱗
「そんな……。もしそれが紛れもない事実だとしたら、水無月さん達は……」
中央情報局の友人からの極秘情報をメールで確認した警察庁のエリートである大原統は目を見開いた。
(水無月さん、敵が大き過ぎますよ。
大原は葵達の今後を思い、身震いしそうになった。だが、
「心配要らないか。水無月さん達だったら、相手が誰であろうと、関係ないな」
そう思い直し、苦笑いをした。そして、
(取り敢えず、茜ちゃんには知らせておくか)
携帯を操作し、恋人である如月茜に連絡した。
その頃、葵達は潜水艦を目の前にして、途方に暮れていた。
「役に立たないわね、全く! 何のために防衛省にいるのよ、護!」
葵は、潜水艦を操縦できる者がいないので、篠原護に当たっていた。
「そんな事言われたってさ、俺は部署違いだから、こういうものを動かすの、無理なんだよ」
すると葵は篠原の前に仁王立ちして、
「次に会う時は、自衛隊の全ての艦船航空機を操縦できるようにしないと、許さないわよ!」
無理難題を言い始めたので、見かねた神無月美咲が葵を窘めようとした時、
「何を揉めている? 急がないと爆死するぞ」
星一族の星薫が、妹の篝と鑑を両肩にそれぞれ背負って現れた。葵は薫を見て、
「早かったわね。さすが、薫ね」
「どうした? 潜水艦で脱出しないのか?」
薫が尋ねた。すると葵は篠原を睨みつけて、
「この役立たずが、操縦できないって言うのよ。何のために防衛省にいるんだって、今文句を言ってたところなの」
「何だ、そんな事か。それなら私ができるぞ」
あっさり言う薫に、葵は唖然とした。篠原はにんまりして、
「さっすが、薫ちゃん! どこかの一族の長の娘とは出来が違うね」
美咲は思わず目を伏せた。案の定、篠原は葵に殴られた。しかし、薫はそれには全く反応せずに、
「その男、虫の息だな。早く潜水艦に乗せろ。救命装置くらい搭載されているはずだ」
「あ、そうだね!」
早くも復活した篠原が応じ、器用に下ろされたタラップを手を使わずに昇り始めた。
「鑑を頼む」
薫は美咲に三女を渡すと、次女を背負い直し、篠原に続いた。
「ふう……」
葵は、薫の万能ぶりに思わず溜息を吐いた。
「所長?」
爆発がますます激しくなって来たので、美咲が葵を促した。葵はハッとして美咲を見ると苦笑いして、
「私も薫を見習って、いろいろな免許を取ろうかな?」
すると美咲はクスッと笑い、
「でも、薫さんは架空の人物になったからできたんですよ、所長。通常はそんな事は不可能ですから」
「それもそうか」
葵は肩を竦めると、タラップを昇った。美咲がそれに続いた。
大原からの連絡を受けた茜は最初はその話に驚愕したが、
「心配ご無用です、大原さん。組織の規模は敵の方が数段上でしょうけど、怖さだったら、所長の方が上ですよ。きっと、所長の事を知らない人なんでしょうね。もし、知っていたら、絶対にそんな事しませんから」
愉快そうに返して来た。大原は苦笑いして、
「そうかもね。敵も命知らずな事をしたよね」
「そうですよ。一生後悔すると思いますよ」
茜の声があまりにも陽気なので、大原は、
「茜ちゃん、一緒にいられなくて、つまらないだろう?」
すると茜は、
「そんな事ないですよ。そのお陰で、こうして大原さんとたくさん話せたんだから」
「ありがとう、茜ちゃん」
茜のストレートな感情表現に大原は思わず赤面してしまった。
一方、先に島を脱出したラファエルは、ミカエルや葵達が全員爆死したと思い、一人でシャンパンで祝杯を上げていた。
(そして俺はもっと上に行く。最終的には、世界の経済をこの手に握る)
ラファエルの狡猾な笑みが強くなった時、警報が鳴り響いた。
「何だと!?」
ラファエルはグラスを放り出して、レーダーを覗き込んだ。警報の相手は、その形状から島で爆発したはずの同型の潜水艦のようだった。
「どういう事だ? ミカエルには操縦能力はないはず……」
そこまで考え、ラファエルはもっと嫌な事に気づいた。
(まさか、忍者達も無事なのか……?)
すぐに殺してしまっては面白くないと考え、小出しに爆発をさせた事を後悔した。
(しかし、潜水艦にどうやって辿り着いたんだ? あの超硬質プラスチックは、絶対に破壊できないはずだぞ。仮にあの神無月美咲でも、あれは壊せないはず……)
ラファエルは、美咲が奇想天外な方法で壁を崩したとは夢にも思っていなかった。
(とにかく、敵は全て殲滅する!)
彼は艦首を回頭し、魚雷の発射準備を開始し、ニヤリとして発射ボタンに指をかけた。
「む?」
ラファエルは奇妙な事に気づいた。葵達が搭乗していると思われる潜水艦の速度が異様に速いのだ。
(信じられない……。連中の潜水艦はこちらのおよそ倍のスピードで航行しているぞ……。何故だ?)
ラファエルはパニックになりそうだった。
「だが、魚雷は防ぎようがないだろう!」
ラファエルは自身の動揺を打ち消すように叫び、発射ボタンを押した。次の瞬間、発射孔から魚雷が射出され、葵達が搭乗していると思われる潜水艦を目指した。
「終わりだ!」
自分を納得させるために、ラファエルは再び大声で叫んだ。レーダーを覗くと、魚雷の光点が一直線に進み、目標物に接近して行くのが映っている。
「よし!」
ラファエルは撃沈を確信し、右拳を握りしめた。ところが、葵達の潜水艦と思われる光点は不意に進路を変え、魚雷をかわしてしまった。魚雷の光点はしばらく進み、その後方にあった岩礁に当たって爆発してしまった。
「何だと!?」
ラファエルはレーダーにしがみつき、我が目を疑った。
「そんなバカな事があるか! 魚雷をかわすなど……」
だが、その前に航行速度が異常に速かった事を考えると、かわした可能性も否定できないとも思えた。
「ならば、かわせないくらい発射してやる!」
ラファエルは魚雷の発射孔を全て展開させ、全弾を発射した。残り五発の魚雷が海中を進み、葵達の潜水艦へと向かった。しかし、そのどれもがかわされ、魚雷はまたしても虚しく海底で爆発した。
「……」
ラファエルは、最早何が起こっているのか理解できなくなっていた。そうしている間にも、葵達の潜水艦はその距離を詰めて来ている。
「くそ!」
ラファエルは我に返り、すぐさま艦首を回頭させ、その場から逃げ出した。恐らく艦にはミカエルが乗っている。そして、彼は必ず自分を殺そうとするだろう。自分が裏切ったのを知ったミカエルは、忍者達に協力しているはずだ。捕まる訳にはいかない。ラファエルは全身から汗を噴き出し、高まる鼓動を感じながら、必死になって操縦をした。
葵達が乗り込んでいる潜水艦は、ラファエルが発射した魚雷を全弾かわし、着実にその距離を詰めつつあった。
「それにしても、潜水艦てこんなに速く進めるものなの?」
葵は想像以上に速いので、目を見開いている。美咲も同様だ。篠原は艦の後方にあった医務室に備えつけられていた酸素吸入器と生命維持に必要な機器類を薫と共にミカエルに取り付け、応急措置をすませ、薫の妹達もベッドに寝かせて操舵室に戻って来た。
「どうだ、うまくいっただろう?」
薫がニヤリとして葵を見た。葵は薫に振り返り、
「驚いたわ。貴女の言った通りね。それにしても、この
薫の答えを聞こうと美咲と篠原も彼女を見た。
「そんな事はない。この艦は特別だ。私が少し細工をしたからな」
薫は事も無げに言ってのけた。葵も美咲も篠原も、揃ってポカンとしてしまった。
「どんな事したのさ、薫ちゃん? 今後の参考のために教えてよ」
篠原がニヤニヤしながら言うと、薫は彼を見て、
「それはできない。これから先、またお前達と事を構えるかも知れないからな」
葵と美咲はその言葉にハッとしたが、篠原は、
「何だよお、星一族の婿になる俺だけには、教えてくれたっていいじゃないか、薫ちゃーん」
甘えた声でねだったが、薫は、
「ダメだ。お前自身で探してみろ。それほど難しい事ではないぞ」
そう言いながら、また余計な事を言った篠原が葵に拳骨を食らうのを見てフッと笑った。そして、
「さて、そろそろ逃亡者の艦に追いつく頃だな。出る準備をしてくれ」
葵と美咲を見た。葵と美咲は黙って頷き、薫と共に狭い操舵室から出て行った。
「後は頼んだぞ、篠原」
薫は操舵室の扉を閉じながら言った。
「了解!」
篠原は戯けて敬礼で応じた。
葵と美咲と薫は潜水艦に備えつけられた潜水服に身を包み、艦を出た。水深はそれ程深くはないので、彼女達はすぐに水圧に慣れ、目の前に迫るラファエルの乗艦へと向かった。ラファエル自身が今現在どういう状況なのかは葵達には知る術はなかったが、追いつかれてパニックになっているのは想像に難くなかった。
(ミカエルも決して誉められた人間じゃなかったけど、それ以上のクズね。何発殴ろうかしら?)
島を脱出する時、葵はミカエルから、ラファエルは脳科学者で、戦闘能力は全くないと聞いていたので、ボコボコにしてやろうと思っているのだ。それを察した美咲は、葵をある程度のところで止めようと思っていた。三人は程なくラファエルの乗艦に取り付いた。するとそれを確認した篠原が、薫に教わった操縦方法で艦を寄せ、ラファエルの乗艦を海上に押し上げるように艦底部に入った。ラファエルはそれに気づき、回避しようとしたが、速度が違うため、どうする事もできず、そのまま海上へと押し上げられてしまった。ハッチが海の中から出ると、薫はそれを手際よく開き、中に飛び込んだ。葵と美咲がそれに続いた。
「はあ、重い!」
葵達は素早く潜水服を脱ぎ捨て、通路を走って操舵室に向かった。
「ラファエル、覚悟はできているわよね!」
葵があまりにも嬉しそうなので、美咲は呆れてしまった。
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