第三十章 真実の星条旗の裏側

 ラファエルは美咲の先回りに仰天していたが、やがて笑い出した。

「何がおかしいの!?」

 美咲はムッとして尋ねた。ラファエルは笑いを堪えながら、

「あんたがここに来たという事は、ミカエルは負けたのだろう?」

 美咲はどう答えようか迷ったが、

「私がこちらに向かった時は、まだ決着はついていなかったわ」

 嘘を吐いても仕方がないと考え、本当の事を話した。するとラファエルは真顔になり、

「なるほど。だとすると、まだ状況は不安定なままなのか?」

 美咲はラファエルの考えている事が読めないので、

「どういう事なの? 貴方はミカエルの仲間ではないの?」

 ラファエルはフッと笑って、

「俺達は誰も仲間だと思ってはいないよ。それが俺達の強さだけど、同時に弱さでもあるんだな」

 ますます意味不明な事を言い出した。美咲は眉をひそめて、

「何が言いたいの? それより、貴方は何故一人で逃げようとしていたの? 貴方達の目的は何?」

 ラファエルはじりじりと後退りしながら、

「俺達の目的? そんなの、決まってるだろ? アメリカ合衆国の転覆さ」

「ええ!?」

 美咲は予想と全く違った事を言い放ったラファエルに驚愕した。

(ミカエルも、他のメンバーを駒だと言っていた……。この人達は何をしようとしているの?)

 ラファエルは美咲を見たままで、

「ミカエルは多分、あんたのボスに負けるだろう。だからこそ、クライアントはこの依頼をしたのだろうからな」

「クライアント?」

 美咲はその言葉に引っかかり、鸚鵡返しに尋ねた。ラファエルはニヤリとして、

「ああ、そうさ。俺達は依頼を受けて、あんた達の仲間を殺したのさ」

「そのクライアントって、誰?」

 美咲はラファエルに一歩踏み出して語気を荒らげた。ラファエルは肩を竦めて、

「へえ、あんたもそんな声を出すんだ? 水無月葵と違って、お淑やかなレディだと思っていたんだけどな」

 美咲はラファエルの言い方に腹が立ったが、

「それが大和撫子よ。やる時はやるのよ」

 冷静に返した。ラファエルはまたニッとして、

「なるほどな」

 美咲はラファエルの落ち着きようを変に思い始めていた。

(この人、最初と違う。今は落ち着いているわ。何故なの?)

 他にも仲間がいて、救助に来るのか? そう考えたが、すぐに打ち消した。

(もしそうなら、最初にあれほど驚いたりはしない)

 そして、もう一つの答えに辿り着いた時、

「じゃあね」

 ラファエルは壁を回転させて、その場からいなくなってしまった。

「くっ!」

 美咲は慌ててラファエルが消えた箇所の壁を探ったが、継ぎ目がわからない。

(移動したの?)

 彼女は力で壁を壊そうとしたが、全く動かせないので、考え直した。

(あいつの動向も気になるけど、真実の星条旗のクライアントって、一体誰なんだろう?)

 美咲は元来た道を戻った。

(逃げ出そうとしていたという事は、答えは一つ。多分、この島を跡形もなく吹き飛ばすつもりね)

 それしか正解はないと思われた。そして、葵達が戦っている場所へと急いだ。


 自衛隊の基地に一人でいる如月茜は、眠気でついウトウトしてしまったが、携帯のバイブが震えたので、ハッとして目を開いた。

「大原さん?」

 茜はすぐさま通話を開始した。

「茜ちゃん、大丈夫?」

「大丈夫ですよ」

 茜がすぐに出なかったので、大原が心配したようだ。茜は苦笑いした。

「こちらでいろいろとわかったから、伝えようと思ったんだけど、今、平気かな?」

 大原は茜の状態を尚も心配していた。茜はバツが悪くなり、

「ごめん、大原さん。さっき、ちょっとだけ眠ってしまったみたいなの。具合が悪い訳ではないから、安心して」

「そう? それならいいんだけど」

 大原は、中央情報局から聞き出した事を茜に伝えた。その大半は、葵達が偽者の情報局員から聞いた話と同じだった。だが、

「だけど、ここからは本当の事なのか判断がつきかねるんだけど、真実の星条旗という存在は、あくまでCIA内部の特殊部隊の名称で、合衆国政府を裏切った者達ではないという事なんだよ」

 大原の補足に茜はびっくりしてしまった。

「じゃあ、所長達が戦っているのは、情報局の特殊部隊だっていう事なんですか?」

 茜が尋ねると、大原は、

「そこはあやふやなんだよ。それ以上は話せないと言われてしまったから、推測でしかないけど、どうやら情報局側は、彼等と連絡が取れなくなっているというのが真相らしいよ」

 茜は頷いて、

「という事は、やっぱり、真実の星条旗はCIAに所属していないと考えた方がいいのですね?」

「恐らくね。もう少し、調べてみるよ」

 大原が言うと、茜は、

「無理しないでね、大原さん。所長達なら、大丈夫だろうから」

 大原は茜の言葉に感じるものがあったのか、黙り込んだが、

「僕もそう思うけど、それでも調べてみるよ。わかり次第、連絡するね」

「今度は寝ないで待ってるね、大原さん」

 茜が言った。

「無理しなくていいよ、茜ちゃん。じゃあね」

 大原が通話を切ると、茜も携帯を閉じ、フウッと溜息を吐いた。


 葵とミカエルの攻防はまだ続いていた。葵は自分の力を測りかねており、ミカエルの動きを封じられる程度の打撃を加えあぐねていた。

(こいつ、予想以上にタフなのかも……)

 葵もこれほど長時間「鬼の行」を発動し続けた事はなかったので、疲労して来ていた。

「葵の方が先に参ってしまいそうだな」

 薫が呟いた時だった。彼女は微かな振動を感じた。

「どうした、薫ちゃん?」

 不意に周囲を見渡し始めた薫に篠原が声をかけた。薫は篠原を見て、

「微かだが、揺れを感じた。下からだ」

「揺れ?」

 篠原は何も感じていなかったが、薫がそう言うのならそうなのだろうと思い、自分でも感じようと神経を研ぎ澄ませた。

「え?」

 葵も同じように揺れを感じた。それはミカエルもだった。

「何だと?」

 彼にはそれが何を意味するのか明確にわかったようだ。葵から距離を取り、壁に背を貼り付けた。

「何?」

 葵はミカエルの反応を奇異に感じ、彼を睨みつけた。するとミカエルはフッと笑い、

「残念だが、勝負はここまでだ。裏切り者が現れたのでね」

 葵は眉をひそめて、

「裏切り者?」

 ミカエルはスウッと両腕を壁に這わせながら、

「そう。ラファエルと言うメンバーの中でも一番のワルが、俺を裏切って逃げ出したようだ。もうすぐこの島は跡形もなく吹き飛ぶ」

「何ですって!?」

 葵は仰天して叫んだ。薫と篠原もハッとしてミカエルを見た。

「あんたと決着を付けられなかったのは残念だが、裏切り者は絶対に許さないのが俺の主義でね。そちらを優先させてもらうよ」

 そう言い切らないうちに、ミカエルは壁のどんでん返しを使い、その向こうに消えた。

「待ちなさい!」

 葵がすぐさま駆け寄って壁を叩いたが、ビクともしなかった。

「恐らく、連中のみが知るパスワードで開く扉なのだろう。破壊は難しいぞ」

 薫が葵に近づいて告げた。葵が薫に何か言おうとした時、先程よりはっきりわかる振動が伝わって来た。

「おいおい、奴の言った通りなのか? どこかで爆発が起こっているようだぞ」

 篠原が言った。葵は深呼吸を繰り返して、鬼の行を解除し始めた。

「早くここから脱出しないと、危険です!」

 そこへ美咲が戻って来た。篠原は彼女に頷き、

「美咲ちゃんは薫ちゃんと先に行ってくれ。俺は葵と一緒に行く」

「でも……」

 美咲はまだ深呼吸を続けている葵と篠原を交互に見た。

「行くぞ、美咲。逃走経路を確保するのが我々の務めだ」

 薫はそう言って駆け出していた。美咲は、

「所長、篠原さん、ご無事で」

 そう言い残すと、薫を追って、螺旋階段を滑り降りた。篠原はそれを見届けると、葵を見た。葵は篠原に目で「行きなさいよ」と合図したが、篠原は葵に近づき、

「お前を待っているよ。早く終わりにしろ」

 フッと笑うと、彼女の肩に手をかけた。振動が更に激しさを増し、焦げ臭い匂いも漂って来た。

(バカなんだから、全く!)

 葵は篠原に感謝しながらも、言葉には出さなかった。そして、鬼の行の解除を急いだ。

(こんな事なら、ここまで深くしなければよかったわ)

 戦いがこれほど長くなるとは予想できなかった上、想定外の事が起こったのだから、仕方がないと考える事にした。


 どんでん返しを使って、地下通路に一気に降りたミカエルは、裏切り者であるラファエルを追いかけた。

(あいつは最初からこうするつもりだったのか? だとすると……)

 ミカエルはラファエルの考えを読み、通路の四叉路を左折した。

「お前だけは絶対に逃がさないぞ、ラファエル!」 

 ミカエルは走るスピードを上げた。やがて彼は広くなった場所に出た。そこは海に出る格納庫で、脱出用の潜水艦が接岸されていた。だが、

「何!?」

 すぐ目の前にある潜水艦に進もうとした彼を見えない壁が阻止した。

「これは……?」

 ミカエルが唖然としていると、潜水艦の搭乗口からラファエルが姿を現し、

「残念だったね、ミカエル。あんたはやっぱり失敗作だそうだよ」

 ミカエルはラファエルを射殺さんばかりに睨みつけ、

「失敗作だと!?」

 ラファエルはニヤリとして、

「そうさ。あんたは自分の事を人を超えた存在、超人スーパーマンだとでも思っているのだろうが、大間違いなんだよ」

「どういう意味だ!?」

 ミカエルは目の前の透明な壁が叩いても蹴ってもビクともしないので、歯軋りして怒鳴った。ラファエルは貶むような目でミカエルを見ると、

「あんたは遺伝子工学の技術で生み出された人工的な超人に過ぎない。生まれついての超人ではないのさ」

「嘘だ!」

 ミカエルは目を血走らせて激高し、唾を飛ばして叫んだ。しかし、ラファエルはせせら笑って、

「嘘じゃないよ。俺はあんたを生み出すための計画に参加していたんだからな」

 ミカエルは目を見開き、硬直してしまった。何かを思い出したのだ。ラファエルもミカエルの様子に気づき、

「記憶の断片が甦ったようだな。そうなんだよ。あんたは超人なんかじゃない。遺伝子操作によって生み出された只の怪物なのさ」

 ラファエルの非情な宣告にミカエルは絶叫した。

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