第五章 月と星の集結
美咲はムッとした顔で葵を見て、携帯を操作し、外務省の神戸典に連絡を入れた。神戸は携帯に張りついていたかのような早さで出た。
「神無月さん、一体何があったんですか?」
彼の第一声がそれだった。美咲は苦笑いして、
「ごめんなさい、神戸さん。ちょっといろいろあったものですから」
そして、葵を見る。どこまで伝えていいのか、判断を仰いでいるのだ。葵は黙って頷いた。美咲は頷き返して、事務所であった事を全て話した。神戸はしばらく黙ったままになり、聞いているのかいないのかもわからない程応答がなかった。
「神戸さん?」
思いあまって、美咲が声をかけると、
「あ、すみません。あまりにも衝撃的なお話だったので、ちょっとびっくりしてしまって……。それで、僕はどうすればいいのでしょうか?」
長い付き合いなので、神戸には自分の立場がわかっているようだと美咲は思った。
「神戸さんにお尋ねしたいのは、今現在、国際的なテロリストで、日本を標的にしているような組織があるかという事なのですが?」
「テロリスト、ですか?」
神戸の声がやや裏返った。心当たりがあるのだろう。彼は溜息を吐き、
「日本は、比較的その手の組織に狙われない国なのですよ。何よりも半世紀以上、他国と戦争をしていないですからね。ですから、アメリカ合衆国や西欧諸国のようにテロが起こりません」
「そうですね」
美咲は日本が平和なのを改めて感じた。神戸は更に、
「多くのテロは宗教絡みで起こるものが多いのですが、そればかりではなく、民族紛争絡みでも起こります。日本は民族紛争がないのもテロが起こらない理由の一つかも知れません。複雑なところでは、宗教と民族の両方が絡んでのテロも起こっています」
世界を震撼させているある過激組織の起こした紛争は、まさにそれだろう。
「テロは大抵の場合、それらのいずれかの理由で起こされるのですが、最近になって、どのカテゴリーにも属さないテロが起こるようになっているのがわかってきました」
「どのカテゴリーにも属さないテロ、ですか?」
美咲が鸚鵡返しに尋ねると、
「そうです。その大元が、どうやら合衆国にあるらいしのです」
「アメリカに?」
美咲はびっくりして葵を見た。葵は「スピーカにして」と声を出さずに告げた。
「はい。まだ正確な情報ではないのですが、『真実の星条旗』と名乗るテロリスト集団が存在するようなのです」
「真実の星条旗、ですか」
そのネーミングセンスは酷過ぎるな、と葵も美咲も思った。神戸は、
「はい。その組織は、まさに依頼に応じてテロを起こす集団なのだそうです」
「依頼?」
美咲は目を見開いて、葵を見た。葵は肩を竦めて、
「漫画の世界ね、まるで」
そう呟き、顎をしゃくって先を促した。美咲は頷き、
「それで?」
「これは在米大使館からの情報なのですが、その集団の人間が、日本に潜入したかもしれないというのです。只、全くの非公式なものなので、警察庁や防衛省にも伝えてはいないのです」
実際に襲撃されていなければ、葵達もそんな情報は眉唾物だと思っただろう。しかし、現実に如月茜がその組織の人間と思われる白人の男に狙われ、月一族の人間が日本各地で変死しているのだ。「真実の星条旗」というテロリスト集団が実在すると思うしかない。
「貴重な情報をありがとうございました。また何かありましたら、連絡します」
美咲はそう言って通話を終えようとしたが、
「あ、あの、神無月さん、訊きたい事があります」
神戸が慌てた様子で引き止めたので、
「はい、何でしょうか?」
首を傾げて尋ねた。すると神戸は、
「防衛省情報本部の篠原さんから伺ったのですが、神無月さんは現在警視庁の所轄署の刑事さんと交際されているとか……。それは本当なんですか?」
全く思ってもいない事を質問されたので、美咲は唖然としてしまった。
「あのバカ!」
葵は怒りに震えて両拳を強く握りしめた。
「あの、神無月さん?」
神戸が声をかけた。美咲はハッと我に返り、
「そんな事ありませんよ。私はどなたともお付き合いしてはいません」
顔を引きつらせたまま応じた。神戸は、
「そうでしたか。また僕は篠原さんに騙されるところだったのですね? 以前も、神無月さんが衆議院議員の 方とお付き合いされていると聞いた事がありまして、その事実はないと進歩党の最高顧問をされていた岩戸先生に教えていただいた事があるんです」
「そ、そうなんですか……」
美咲は嫌な汗が出そうだった。
「あの唐変木、今回の件が片づいたら、ボッコボコにしてやる!」
葵は指をボキボキ鳴らして叫んだ。
「あの、僕、何かまずい事を言ってしまいましたか?」
葵の雄叫びが聞こえたのか、神戸は探るような口調で美咲に尋ねた。美咲は苦笑いして、
「そんな事ありませんよ。お気になさらず。では」
神戸がまだ何か言おうとしているのを敢えて気づかないふりをして、通話を切った。
「神戸君に気を遣わせちゃったかな?」
葵は気まずそうに笑って言った。美咲は自分の机に着き、
「そういう世界の人ですから、大丈夫じゃないですか? それより、篠原さんに所長が制裁を加える方が、神戸さんに影響があると思いますよ」
すると葵は肩を竦めて、
「あいつには理由を言わずに制裁を加えるから心配要らないわよ」
それを聞いて、
(篠原さんがちょっとだけ可哀想)
美咲は篠原に同情してしまった。
「無用心だな、ロックもせずに」
その時、いきなり星薫が事務所に入って来た。葵と美咲はハッとして彼女を見た。
「無用心も何も、このビルのセキュリティを掻い潜ってここまで来られるの、あんた達くらいよ」
葵は呆れ顔で薫に応じた。薫はチラッと後ろを見た。すると、ショートカットの髪を真っ赤に染めている円らな瞳の女性とツインテールの髪にクリッとした目の女性が入って来た。薫の妹にして、星一族の二番手、三番手でもある次女の
「篝、鑑、やめろ。今は月一族と争っている場合ではないと言ったはずだぞ」
薫が低くて凄みのある声を発すると、途端に篝と鑑はシュンとした。
「薫さん、もう戻って来たんですか?」
嬉しそうな顔で茜がロッカールームから顔を出した。彼女は篝と鑑を見てギョッとしたが、
「ひ、久しぶりね」
辛うじて笑顔を作って言った。だが、篝も鑑も茜を無視した。篝が薫を見て、
「姉様、いつまでここにいなければいけないの? 気分が悪いんだけど」
鑑も鼻を鳴らして、
「篝姉様に同意。早くこんなところ、出ましょうよ、薫姉様」
すると薫は二人の顎を一瞬のうちに掴んで、
「やめろと言ったのが聞こえなかったのか? 耳掃除が必要なのか?」
目を細め、耳元で囁いた。篝と鑑の顔から血の気が引くのを見た茜は、
(所長の方が優しい……)
チラッと葵を見た。
「何?」
茜がどうして自分を見たのかわからない葵が尋ねると、
「いえ、何でもないです」
茜は苦笑いして応じた。薫は二人の妹から手を放して、葵を見た。
「それで、他に捕まえたっていう連中はどうだったの?」
葵が薫に尋ねた。薫は目を細めたままで、
「ここに連れて来た男が頭を破裂させたのとほぼ同時刻に死んだようだ」
葵と美咲と茜は互いに顔を見合わせた。
「気づかれたって事?」
葵は探るような目で薫を見た。薫は目を元に戻して、
「そのようだ。手がかりは消滅した」
すると葵はニヤリとして、
「そうでもないわ。外務省から情報を入手したから」
「何?」
今度は星三姉妹が揃って葵を見た。葵は手短に神戸から得た情報を三人に話した。篝と鑑は驚いたようだったが、薫は全く動じた様子がない。
「依頼を受けてテロを敢行するのか。我らと変わらぬではないか?」
薫は篝と鑑を見て、フッと笑った。
「確かにそうかも知れないけど、でも今は違うわ。私達は金で動く訳ではないし」
篝が姉の言葉を否定した。鑑はそれに黙って頷き、同意してみせた。そして、
「それに我らは仲間をあのようにして始末したりはしない」
その反論に薫は満足そうに笑みを浮かべ、
「そうだな」
三姉妹の話を聞いていた葵だったが、そこまで来て気になった事を尋ねた。
「それで、連中の遺体はどうしたの?」
篝は葵を見て、
「もちろん、足がつかないように始末した。安心してくれ」
葵はその返答に唖然とし、美咲と顔を見合わせてしまった。
そして、
「始末って、どうしたのよ?」
葵が何とか気を取り直して質問した。今度は鑑が、
「私は川の近くで倒したので、付近にあった丈のある草で隙間なく覆い、手頃な大きさの石を重石代わりにして流した。程よい距離で沈むから、そう簡単には見つからない」
葵はまた唖然とした。次に篝が、
「私は海の近くだったので、岸壁に付着していた藤壷を取り、遺体に付け直し、そばにあったボートで沖に運び、鑑と同じく石を重石代わりにして沈めた。深さもあるところだったから、当分上がって来る事はない」
二人共、ごく当たり前のように話したので、茜も突っ込みを入れる事ができなかった。
(やっぱり、月と星は相容れないわね)
葵は項垂れていたが、何とか顔を上げて薫を見ると、
「その遺体は警察に回収させるわよ。さっき話したテロリストの組織のメンバーだとすると、DNAを採取しておく必要があるから」
薫は表情を変えずに、
「それは構わない。篝も鑑も、自分達の痕跡は残していないから」
それを聞いて、葵は溜息を吐いた。そして美咲を見ると、
「美咲、皆村さんに連絡して、遺体の回収をお願いして」
美咲は苦笑いして、
「遺体がどうしてそこにあるのか訊かれたらどうしますか?」
葵は肩を竦めて、
「そしたら、『それだけは言えないんです』って、あんたが言えば、あの人、多分それ以上訊かないと思うよ」
「もう!」
美咲は面白がっている葵にムッとしてみせてから、携帯を開いた。
「お前の男はどうした? 帰ったのか?」
薫がまた唐突に篠原の事をそう言ったので、葵はキッとして、
「あいつは私の男じゃないわよ!」
「では、私が誘惑しても構わないのか?」
薫が真顔で言ったので、葵だけではなく、美咲も茜も、そして篝と鑑もびっくりして薫を見た。
「冗談だ」
薫はニッとして言った。皆、唖然としてしまった。
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