9 イリスの事情

「・・・ラクスさんは、何故アルジョスタのメンバーに加わったんですか?」


レンが、隣を歩くラクスに尋ねた。それまで全く喋らずにレンの話を聞いていただけの寡黙な彼は、弓を肩にかけなおしながら答えた。


「・・・ただ王のやっていることが間違っていると思ったからだ。だが・・・最近自分は何のためにこんなことをしているのか疑問に思うときがあるな」


何のために、か・・・


確かに、兄は間違ったことをしている。現在、テガサスは聞いたところ一頭しか残っていないらしいし、ネガサスの方も着々と退治されているとの噂も聞く。まったく、そんなことをしては彼らを元に戻せないじゃないか・・・。イリスの手前のフィリ村では商業大都市の色々な情報が入ってくるらしく、前に羅列した噂も情報源は村からだ。実際彼らも闇市の話だの、何処でやる祭りの話だの、土地物件や空き家の売値の情報まで聞いた。ただ、村に行き着くまでも村を出てからも、変な物体や生き物が道中二人の前に飛び出してきて襲いかかったり、生きたまま食いつこうとしたことは多々あったが。


「それにしても、遠いな・・・」


レンは呟いて、あっという間に両手の間から一振りの長剣を生み出した。それを見てラクスが言う。


「・・・いい勘だな。そんなことより、お前は剣よりも召喚術や竜秘術のほうがいいような気が・・・っと、来るぞ」


呼びかけにこたえて、レンのペンダントが鋭くきらりと光った。






アーシャ?


それだけで消えちゃうようなあんただったっけ?


いつまでもそんな場所にはいられない。アミリアは重い足取りでその場を後にした。とりあえず今、セザーニアは杖代わりだ。


あの大ムカデの下に、彼女が、アーシャがいる。もし生きていたとしても、彼女が砂漠でしょっちゅう欲しがっていた水がない。


・・・今はただ、歩き続けなければ。自分まで死んでしまっては、元も子もないじゃないか。来た意味がないじゃないか。






レストアの都が見えてきた。






昔、というか一年前に、やっぱりアーシャと二人でこの都を訪れた。そこの華折道でアルジョスタのメンバーを増やそうとして二人して引っ掛けてきたのが、他ならぬラクスだった。


・・・自分がメンバー勧誘のためによく使っていた手が今役に立つだろうか?アミリアは華折道の入り口に立って、考えた。誰か大切なものを探すのを一緒に手伝ってくれない?


・・・いや、もうこんなことをしないためにわざわざ重たい金銭を持ってきたんじゃないか。そんなことより、六書のうち一冊でも見つけなければ。


彼女は華折道に背を向けた。華折道でのアーシャとの思い出が頭を掠めた。






選ばせてもらった部下の三人とともにラライの町へユウジとタカシが着いたのは、夕暮れ前だった。


「ここからがぁ一苦労なんだよねぁ、将軍閣下」


・・・一人はもちろんガルシュ小隊長。彼は眉間にしわを寄せて、訛りのきついアリウル西部の言葉で喋る。


「ああ、どうやって彼らを探すか・・・まずは一泊したほうがいいだろう」


ユウジが言った。彼らは広場へ足を踏み入れる。


「それにしても・・・なんだか素朴な街ね」


・・・あのさばさばした言い方、これはサラだ。ということは、


「あ、あのう・・・泊まる前に街の人に色々聞いてみては、いかがでしょう?」


・・・でた、少々遠慮しすぎのユリカ。揃いも揃って図書室のヴィーナ姉妹と濃厚なガルシュ隊長を選ぶ気になったのはいったい何故か?


遊んでいた子供たちが、やはりぎょっとして五人を見た。あの時と同じだ。何故ラライの人々は城の人間が来るとああいう風に身を引くのだろう。


「お前ら、この街に何のようだ?」


気づくと、五人のまわりにはいつの間にかずらりと銀色に光る十二本の剣と、同じ数だけの武装兵がいた。


「なんだぁ、俺らぁ何もしねえぞぉ?」


ガルシュ小隊長がとぼけた声を発した。が、しかし、


「問答無用!・・・どうせ仲間をひっ捕らえに来たんだろう!かかれ!」


無防備な五人に、十二人が刃を閃かせ一斉に向かってくる・・・






「これで終いか」


「そうみたいですね」


数分後、突然変異したと思われる大トカゲの群れが生気もなくそこらに散らばるようになると、レンとラクスはその場を立ち去った。


「イリスまであとどのくらいですか?」


レンがラクスに聞いた。


「・・・さあな。野宿になるかもしれん」


・・・そんな距離などに興味はなかった。あたりはすでに夕暮れ時を迎えていた。木々は黒々とした影を森の小道に落とし、日没が近いことを告げる。


・・・なにやら出てきそうな気配がする。不安を紛らわすため、レンはまた隣の寡黙君に話しかける。


「・・・ラクスさんはイリスに行ったことがありますか?」


「・・・ああ、一回だけな。少々ゴミゴミしてるが、治安のいい街だ。だが、その中に一軒だけボロい空き家があったな」


「・・・それは、どんな?」


「正直、気味悪かった。入ってみたら・・・」


「・・・みたら?」


「以外にも・・・双頭獣の毛皮があった」


双頭獣の毛皮?よっぽどの資産家でないと持っていないような代物だ。その名のとおり頭が二つ、一つの頭を跳ね飛ばしたら2倍になって復活してくるやつだ。つまり、頭を二十四にするには、双頭獣の頭を片方だけを切り落として、あとは合計三つまとめて3回ぶった切ればいいはずだ・・・たしか。ちなみにあいつは、頭の数が増えれば増えるほど価値がなくなる。


「双頭獣・・・ですか」


予想だにしなかったボロ家の真実に、レンは目を見張った。


「ああ・・・しかも、頭は二つのままだ」


・・・双頭獣だけに、相当だ。


レンは思わずくだらない洒落を考えてしまった。いまだ全く笑顔を見せないラクスに向かって言ってやろうかと思ったが、やめた。言ったところで何にもならないだろう。相手が相手だからな。当のラクスが、後ろを歩いているレンに向かって振り向いて言う。


「しょうもない洒落が思いつくだろ?」


ついでに彼はにやりと笑った。なんだ、狙っていたのか。


レンはくすっと笑って少し下を向いた後、再び顔を上げた。


「考えてることは同じですね」


そんなことを話しているうちに、あたりはすっかり紫色になっていた。頭上で星が瞬いている。また、ラクスが言った。


「・・・やはり野宿か」


実際、イリスは遠かった。ただ、彼らは確実に街の入り口の近くと思われるところまで、すでに来ていたのだ。ただ、その存在がなかったら近かったのだけれど。






全員男。これがやり口か?


ユウジは一人を組み伏せた。いくらなんでも十二対五はきついぞコラ。組み伏せた相手がくぐもった声を出した。


タカシは短剣を相手の腕に向かって投げた。やった、ヒットだ。相手が腕に短剣を受けて呻く。


ガルシュ小隊長は、二人まとめて足の腱を斬った。よぉっしゃあぁ、これで動けねえぇだろう。斬られた二人は重傷らしく動けずにサダコ化している。


サラは三人を相手に猛威を振るっていた。女だと思ってなめてんじゃないわよ。たちまち3人は体のいたるところに軽傷を負ってしゃがみこんだ。


ユリカが、豹変していた。こっちは五人相手だ。いつの間にか右手に短剣、左手に長剣というどこか間違った二当流スタイルになって、あっという間に三人の腹を切り裂いた・・・命に別状はない程度だ。


「ぁぁぁぁぁああああああっ!」


残った二人が雄叫びを上げて、彼女の後ろから迫ってくる。危ない――


ユリカは、空中に飛び上がり体を一捻りさせて閃く刃を避けた。


急に目の前から倒すべき人物がいなくなり、向かっていった二人が刃の音に後ろを向く。向いた瞬間、それが間違いだったと気がついた。一瞬あとに、自分の肩から鮮血が噴出すのを彼らは見た。


「・・・アルジョスタは所詮、こんなもんだったんですね」


斬った本人は、首をかしげてこう言った。ユウジとタカシは思わず目を丸くする。それを見てサラが言う。


「言ったでしょ、彼女の腕は本物だって」


そのとき、ユウジに組み伏せられていた一人がいくらかへしゃげた声で言った。


「貴様ら・・・ここに何をしに来た?」


何を?あ、そうだ、忘れていた。エリーに言われた、というか紙に走り書きしてあった、あの言葉。言った本人の上に乗っかっていたユウジが答えた。


「・・・アルジョスタの女黒騎士を探しているんだが、知らないか?」


「返答は・・・仲間を手当てしてからにしてやろう」


それを聞いて、ユウジはごくりとつばを飲み込み、振り返って血のついた剣を持ってピンピンしている四人に言った。


「・・・手当てしてやってほしい。無駄に命を失くしたくないから」


王国側の五人は、近くにあった宿に十二人を運び、このなかで最も経験をつんだと思われるガルシュ小隊長の指導のもと手当てをしてやった。幸いユウジが言うほどでもなく、全員死に至るほどでの傷ではなかったが。


ユウジに組み伏せられていた最も傷の少ない一人がベッドにあぐらをかいて座りながら、五人に向かってたずねる。年はどれぐらいだろうか・・・ガルシュ引くユリカぐらいか。


「女騎士を探していると言っていたな、あんたら」


「あっ・・・ああ。いやなに、捕らえるわけじゃないさ」


タカシが相手の疑った表情を見て付け足しながら答える。それでも、彼は依然顔をしかめたままだ。やがて、こう口にする。


「・・・アミィなら、探し物しにどっかへ行ったさ。彼女含めて四人を二人に分けてな」


「・・・へ?」


予想外の答えに、ユウジもタカシも変な声を出した。何だそれは、聞いてないぞ、そんなこと。聞けるはずもないが。相手はさらにこう言う。


「・・・会いたかったら、レストアでもイリスでもフィリでもセドルの街でも探し回るんだな。有力なのがあんたらの近くにいるさ・・・そう、すぐ近くに。アルジョスタの奴らは色々なところに散らばっているんだぜ・・・?」


最後のほうで、彼は不敵な笑みをちらりと見せた。


・・・近くに?


そういえば、セドルってジルに地図で教えてもらったけど、太陽の当たらない街のことか。ユウジは思った。ここからはずいぶん遠いはずだ。


探し回るしかないのか・・・やっぱり・・・。






「・・・ごくろうだった、セナイ」


「はっ・・・」


若王の相手は難しい・・・。そう考えながら、会議室の重い扉を長年魔物狩りで鍛えてきた上腕筋を使って、思いっきり力を入れて閉めた。


自分も同じような年なのに、遠い存在のような気がする。何が足りないのだろう。


ジアロディスのことは、本人から聞いている。過去も、やったことも、彼の想いも。それだけ自分は信頼されていると思っていいのだろうが、そんな孤独で悲しい彼を見ていると、彼をだまして裏切っているその事実が、心に短剣となって刺さってくる。ずきずき痛み出す。


王、すみません・・・。


誠実な彼だから、上手くかわして生きることができなくて、板ばさみになって必要以上に苦しむ。


おそらく自分は、彼にとって一番の相談相手の一人になるのだろう。最近得体も知れない二人が城に来るまで、自分は本当に苦しくて耐えられなかった。若王の相談相手が二人も増えて、少し肩の荷が下りた気分だった。


だが、それはそれで自分を苦しめた。


距離が少し遠くなっても、事実は変わらない・・・


ソレハ、ウラギリ。


セナイは気分が変わって、適当な服に着替えてから城外に出た。夕刻の茜色の城下町はまだ人でにぎわっている。


・・・その中に一人の人物を見つけた。暗い色のマントを全身にすっぽり着込んでいる。はっと気がついて怖くなる。相手は自分を知っている、それであって自分の正体も知っている。思わず首を振った。顔面を軽く手で覆う。


もう一度その人影を見ると、相手が、自分に気づいた。そのままこちらにすたすたと向かってくる。


自分の目の前にその人物は立ち止まる。そして、こう言った。


「・・・久しぶりだな、わが反乱組織の仲間よ」

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