3 騎士アミリア
睨み合う。相手に隙ができないか目を凝らす。
たらり、冷や汗が自分のこめかみをつたって落ちていくのをユウジは感じる。
相手は二刀流。あのなれた体勢から見るとおそらく相当な剣の使い手だろう。
・・・しかしこのまま睨み合っているだけではらちがあかない。
「やあああああああっ!」
覚悟を決めて、ユウジは敵に向かって突っ込んだ。
ギィィィンッ
アミリアが立てていた一方の剣とユウジの剣の刃がぶつかり合って金属音を立てる。彼女のもう一方の剣の刃が空を切ってわき腹に向かってくる。時間的に触れ合ったころにユウジが素早く飛びのく。
「タカシ、背後に回れ!」
とっさにアミリアは背後を向いた。タカシが3メートルほど離れて短剣構えの姿勢をとっている。
「ユウジ、気をつけろ」
「わかっとる!」
叫び返して再び剣を構えなおす。相手は後ろと前を交互に見ながら攻撃のタイミングを見計らっている。そしてアミリアが前を向いた瞬間、
「食らえ!必殺・飛ばし系!」
タカシがほぼゲーム感覚で短剣を彼女に投げつけたのだ。彼女の体が完全に後ろを向いた。2本の剣で短剣を落とそうとするところにユウジが飛び掛っていきそして・・・
「な・・・何っ!?」
ユウジの困惑と賞賛が入り混じった驚きの顔が見えた。アミリアが地面にすとっと着地する。もちろん剣は持ったまま。タカシが悔しそうに大声で言った。
「バック宙とは・・・くそっ!俺の必殺・飛ばし系が効かないとは」
「いいからタカシ、早く剣を・・・」
「遅いっ!」
高い声が飛んだ次の瞬間、斬りつけられた。鋭利な刃物の切っ先がユウジの右手の甲を裂く。彼は剣を取り落とし、血がどくどくとあふれ出る傷口をかばった。
「おい大丈夫かユウジ!くっそー・・・剣は落としちまったし」
「長剣を使えタカシ!おれは・・・くそう、なんでだ?」
「その程度だったの?帝国はあたしをなめているみたいね」
アミリアは攻撃をいったんやめて彼女の後ろでひざまずいているユウジを振り返り、冷ややかな目で見た。タカシは長剣を抜こうとカチャカチャやっている。
「そんな手の甲の傷ぐらいでうずくまるなんて・・・」
「いや・・・そうじゃない。痛くないんだ」
「はあ?何言ってんのあんた。おかしいんじゃない?」
彼女がユウジのほうに近づいていく。タカシは長剣といまだ格闘中だ。まったく、そんなもん一瞬で抜けるだろうが。
「いや・・・本当だ」
5センチにわたる傷を見つめる。ここの世界は一体何なんだ?言葉は通じるしおなじみの動物(馬)はいるし太陽らしき物体はあるし変な人間はいるし何気にファンタジーくさいし手の甲に受けた傷は痛まないし!
・・・なんだかここの世界にあるものすべてに腹が立ってきたような気がする。
「でさあ、怒ってないでどうするの?まだやるの?」
ユウジはアミリアを見上げた。いつの間にか剣をしまっている。怒りを通り越して穏やかな表情だったが、あきれたような色が混ざっている。ひょっとしてまともに戦っていなかったのか?とも思った。
「・・・・・・・・・」
ユウジはあえて黙っていた。タカシは長剣を引っ張り出そうとしたがムリだったらしくこちらに向かってきて、誰にとでもなく問いかける。
「・・・あのさあ、ちゃんとした剣の抜き方知らないから」
「・・・だから?」
アミリアが本当にあきれた顔で問い返す。タカシは大丈夫か?とユウジに問いかけ、手持ちの荷物から薬草らしきものを引っ張り出し、ユウジに手渡す。
「・・・抜き方、教えてもらえないかなーって」
「タカシ、それよりこの不思議ーなことを・・・」
「・・・あんたらどーしようもないわね」
はあ、とため息をついてアミリアは少し考えてこう言った。
「行く」
主語と述語がない一言に、二人は間抜けな顔になった。
「何馬鹿みたいな顔してるのよ。あんたたちのご主人様のところへ行くって言ってるの」
あまりの思いつきに二人はさらにムンクの叫びの間抜け面バージョンになった。もちろん顔の横に手は当てていない。ユウジの場合右手が無理である。
「いいじゃない。あんたたちはもともとあたしを捕まえたくてここに来たんだから。ご主人様にとってはおいしい話」
「そう言っても・・・ん、まあいいか」
「おいおいおいユウジ君、納得してどうするんだい?リトル・ガールの言いなり?」
「何、リトル・ガールって。どういう意味?」
アミリアが怪訝な顔でタカシに聞く。ユウジは思わず手の傷を確認しながら苦笑する。血はもう止まっていた。
「え・・・?知らない?英語」
「えいごって何?護衛なら知ってるけど・・・」
アミリアの変な誤解を遮ってユウジは言った。
「もういいじゃないか。決まったらさっさと戻ろう、タカシ」
「・・・それで、あのリトル・ガールってどういう意味だったのさ?」
せっかくついていってあげるんだから馬1頭よこしなさいと言われて、タカシがユウジの乗っていた馬に相乗りすることになった。また足場の悪いこけそうな道をガタガタゆれながら城に帰る途中、アミリアは聞く。
「しつこいなあ・・・いいよ教えてやるよ。小さなお譲ちゃんって意味だよ」
「あたしは小さくないけどね・・・」
と彼女は言ったかと思うと、片手を斜め上に降って取り出した物体をタカシのほうに投げつけた。
ひゅっ、と音がして、それはタカシの後頭部を危うく掠めながら金属音を立てて落ちた。
「ひいぃ、なんてことを・・・」
「ちゃんと当たってよ・・・取りに行くの面倒くさいんだから」
「当たったら痛いだろうが、お前。そこら辺がリトル・ガールなんだよ」
はははっと笑いながら、ユウジは二人に向かって言った。
「もうすぐ城だぞ」
「はーい」
アミリアはそう言って馬の上に戻った。
「・・・で、わざわざ来たと?」
「ええ。その脳内で何を考えているのかちょいと知りたくなってね」
「・・・ふん」
王の間にて、アミリアとジルは対面中だった。お互い3メートルはなれたところから冷ややかな目をして相手をにらみつけている。アミリアにはどうやら自分から来た覚悟はあるらしい。
「単刀直入に言うが、すぐにネガサスを元に戻したほうがいい。一般市民たちが被害を受けている。そのおかげでアルジョスタも食糧不足なんだから」
「何だ、黒の堕天使は農作物を荒らすのか?やつらは肉食だ」
分かっていながらそんなことを言ったのだろう。アルジョスタに協力する人が増えて食べ物がないらしいと見る。ジルは皮肉な笑みを浮かべてアミリアを見下ろした。どうやらお堅い男だと思っていたがユーモアセンスはあるみたいだ。
「いいからさっさとやりな!身を焼かれないうちに!」
彼女はそう言うなり、右手剣を取り出して気力であっという間に作り出した火球をジルに向かって剣で投げつけた。が、
「あいにく私は無属性だからな」
やっぱり皮肉っぽい言葉とともに自分の心臓付近に飛んできた火の玉をあっという間に両手を閉じて潰した。ついでに指をパチンと鳴らしたら、いつの間にかアミリアの腕が後ろに回って手錠をかけられていた。ユウジが息を呑む。
「なっ・・・・・・」
「ユウジ、タカシ、こいつを連れて行け。大丈夫、腕は使えないだろう?」
こう言ってアミリアから顔をそらし、ふっと笑って独り言をつぶやいた。
「今夜は祝杯だ。彼らが反乱組織の主君を捕らえたからな」
グラスが鳴る。その中身を飲み干し、グラスを丸テーブルに置いてジルが不思議そうな顔をして言う。テーブルの上には謎の食品がわんさかとある。その中の1つはタカシがつついてみたが馬肉だったりするらしい。後はアリウル野菜っぽいもの。ついでにどこかの港で取れたらしい地球のものと似ている魚介類。
「それにしても・・・向こうから来るとは思わなかった。そなたたちはどんなことをやった?」
「あー・・・別に何も」
タカシがぼんやり答えた。・・・ユウジの意味不明な発言で戦闘が中断させられたのだ、とはさすがに言いにくい。
「そしてユウジ・・・?手の甲の傷は彼女に?」
「ああ。大丈夫だ、問題ないし」
そうだ・・・この傷。何も痛みを感じない。受けた瞬間も、手を動かしている今も。ジルはさらにこう言った。
「さて・・・。私からのお願い事はこれだけなんだが・・・二将軍殿、何がやりたいですか?」
「え、終わり?じゃあ何で俺らを将軍とやらに任命したんだい、ジルさんよぉ」
タカシがこの星でのフォークらしい二又の食器というのだろうか。それを置いて言った。ジルは一瞬ぽよんとした顔になってからふっと笑ってこう答える。
「そうだな・・・まずは堅苦しい敬語はなしにしようか。私の話し相手になってくれてもいいし、草むしりをしてくれてもいいし、城下町の見回りなど兵士と一緒にやってくれてもいい。少なくともあの少女騎士を連れてきたんだから尊敬はされるさ」
タカシが崩れた言葉遣いをしたからだろうか、早速ジルは柔らかい口調で喋りだす。昨日よりもずっと親しみがこもっている。この人は信用できるかもしれない。
「草むしり・・・むなしい」
ユウジは思ったことそのまま言ってみた。ジルが食卓に頬杖をつきながら聞いてはははと笑う。
「やっぱりここは城下町の見回りでしょう、ユウジ君。一番儲かりそうだし」
タカシは調子に乗って喋った。ジルがすかさず言う。
「そういうことでいいかい?ユウジ、タカシ」
「ああ。一般人にとってもいいはずだし・・・給料はもちろんもらえるよな?」
ユウジも調子に乗って言った。ジルはこの話の締めくくりにとこう言った。
「当然だよ。嘘はつかない」
「・・・ったく、詰まんないところだね、牢屋って場所は」
一方こちらはアミリアである。・・・退屈しているようだ。窓くらいつけなさいよ、と言いたいのをこらえてはあ、とため息をつく。番兵に聞こえると鬱陶しいからだ。
今頃は・・・祝杯でもあげているかな、3人。一体あたしのもとに来たあの2人は・・・なんだったんだろう?アルジョスタにはジルの情報は通じない。全部知っていたはずなのに・・・なんであたしはこんなところに?
ふと、彼女は耳を澄ました。足音が聞こえる。やがて自分の牢屋の前で止まり、番兵に向かって話しかける。
「おいダン、酒1樽ほどもらってきたぞ。ジル様は超ご機嫌だからな、いつもと違ってこんなに分けてくれたのさ」
「おお、でかしたレン!グラスは?あ、持ってきているか」
・・・なんと番兵のもう一人が戻ってきて酒盛りを始めた。座らされて手には手錠、仕方ないのでアミリアは足だけでズリズリと前に進む。当然声は立てない。番兵二人の笑い声が聞こえる。レンと呼ばれたほうがダンと呼ばれたほうにもっと飲め、もっと飲めよとけしかける。
しばらく時間がたつ。どうやら片っぽはいびきをかいて寝ているらしい。アミリアは退屈して隅っこに戻ろうとした。と、
「今開ける、早く逃げて、手錠も解くから」
飲んでいたはずのレンが蝋燭の明かりでできた影を個室に伸ばし、立っていた。
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