4 逃走と夢
「え・・・って、何で?番兵が何で犯罪者を出すのよ?」
アミリアは驚きを隠せない表情で訪ねた。レンはすました顔でそれに答える。
「僕はそれがいいって思ったから。それにもし見つかっても多分大丈夫だし」
「そうじゃなくて、根本的な理由は?」
その言葉が聞こえたとき、レンの顔が渋った。
「・・・あいつは、ジルは・・・僕の兄だ。それに・・・僕はあいつにそそのかされて兵士になっただけだし、こんな所嫌いだし」
あたりがしーんとなった。信じられない。再びレンがこう喋った。
「・・・あ、でもジルは僕を信用しきってる。けっこう使えるらしい・・・でもいつもあいつは僕には辛く当たるけど」
「でも・・・」
アミリアが言いかけたが、遮られた。どこからレンは鍵を持ってきたのか、ガチャガチャと扉の錠が鳴って、耳障りな音をたてて扉が、開いた。
「・・・一体その鍵はどこで?」
アミリアが聞くと、彼はさらっとこう言った。
「ケージの中に囚われている金色の小鳥さんから貰ったのさ。さあ、はやく。後ろ向いて腕かして」
「あ、うん・・・」
言われるがままに後ろを向き、腕を上げた。レンの手が手錠とアミリアの手首に触れる。あたたかい。・・・え、手だけ?手だけで開くものかと思ったが、不意に手錠が熱くなり、外れた。
「え・・・どうやって?」
アミリアが不思議がって言った。いったい鍵もなしにどうやって手錠を解いたのか。
「ちょっとね。特別なものがあって。さあ、はやく!こっちだ」
レンは手錠を床に落とすや否やアミリアの手首を掴んで牢屋の右側に向かって走り出した。
・・・目の前には純白のペガサスがいる。5~6頭ぐらいだろうか?そこにはペガサス見物人もいた。
その日ラライの町へ飛翔し、降り立った彼らに、無邪気だった自分が手を伸ばす。彼らはほとんど自分に気づいていない。自分も周りの人と離れている。
と、その時だった。
まだ若い一頭が自分に向き直り、後足で立っていなないた。周りの見物人がいっせいに白のかたまりの方向を見る。ペガサスが砂煙を上げて着地し、そのままの体勢から勢いで前足を使って自分の腹を一発、蹴った。
自分がうめき声を上げて、倒れる。その上にさっき自分を蹴ったのとは違う別のもう一頭がのしかかってくる。自分は歯を食いしばって天井を見る。鼻息も荒く、さらに自分は蹴りを何発も入れられた。腕で頭をかばいながら背中や腹に連続で来る痛みに耐えた。時々痛みの中にいななきが聞こえる。大きな翼ではたかれた。
左足に、激痛が走った。乗られて、折れた。痛い。思わず声を上げる。痛い。涙が流れたのが分かる。もういじめに全頭加わったのだろうか・・・?
「ビィ シュラット!ルシア、ラフィット、ウィリン、ナール、レギュラス!」
声がしたそのとき、衝撃を感じなくなった。閉じていた目を開ける。ラライ語・・・?ペガサスの使い手だろうか・・・?
足の痛みを見るため起き上がった。左足の激痛に襲われ、また涙が頬を伝わる。顔を上げて見えたのは飛び去るペガサスたちと背の高い黒髪の女性と、まだ幼い少女だった。
急にペガサスたちへの怒りが涙とともに溢れだしてくる。
「お母しゃん、このお兄ちゃん怪我してるよ?」
その少女・・・黒髪を二つに分けくくり、深い緑の眼をした子は、どうやら駆けつけてきてペガサスたちを止めたらしい背の高い女性にそう告げ、純粋な目で自分の目の奥をまっすぐ見つめて、言った。
「お兄ちゃん、大丈夫?」
そこで、目が覚めた。
「なんだあジル?結構うなされてたけど大丈夫か?」
心配そうにタカシが自分の顔を覗き込んでいた。酒の勢いで食卓で突っ伏して眠ってしまったみたいだ。
「・・・あ、ああ。夢を・・・」
ジルは唾を飲み込んで返答した。あの少女・・・見覚えがある。他の場所でどうやら・・・いつか・・・見たような気がする。と、ユウジがすぐそばで喋った。
「・・・まあ、あんだけ飲んだんだからな。眠ってうなされてもおかしくないさ」
見ると、ユウジはアルコール度の高い酒をまだチビチビと飲んでいた。
「強いんだ、酒・・・」
ジルは感嘆して言った。ユウジがにやりと笑って答える。
「まあな」
その言葉が聞こえたすぐ後に、ふと、ジルの表情が変わった。天井を鋭い目で見る。そして、ひとこと言った。
「・・・誰かが走っている足音がしないか?」
「え・・・いやだなー、誰か逃走中とか・・・?」
タカシが半分冗談で言った。が、直感でジルはすぐさま言った。
「エリーのやつ・・・さては・・・レン・・・!おい二人とも、はやく兵士たちをこの城の出口に配置させるんだ!」
ひやりとした石の通路を二人の人影が灯りに照らされながら走る。レンは、アミリアの手首を掴みながらこの城のほとんどの兵士の知らない隠し通路を走っていた。
「こっちだ、はやく!」
道が二つに分かれた。どちらかが外に出る道なのだ。今まで走ってきたところはちょうど広間の上だ。今頃あの3人が宴会をしているに違いない。万一、気づかれでもしたら・・・。
「止まって・・・」
レンはそう言うとともに分かれ道の一歩手前で止まってアミリアの手首を離し、彼女の前で腕を広げた。
「何・・・」
「しっ。足音が・・・他の・・・兵士」
それだけ言って頭だけ分かれ道の方に出し、左右の安全確認をしてから言った。
「行くぞ。左の道だ」
再び自分の手首が彼に掴まれる。アミリアは不安になりながら自分たちの足音が誰にも聞こえませんように、と念じてみた。・・・たいして意味もないけれど。
暗い。通路の床が見えない。こけそうになる。でもとりあえず体勢を立て直しながら走る。レンは、速い。不意に、他の兵士の声が聞こえるような気がした。
「ねえ、何か聞こえ・・・」
アミリアが聞こうとしたが、レンにはもうどうでもよかった。彼は1つの木戸の前で急停止し、わずかに残った勢いで戸をアタックオープンした。そして、こう言った。
「着いた、出口だ」
その時、アミリアはレンの胸元にあるペンダントに目が吸い寄せられていた。レンが、彼女の視線に気づく。
「はやく出ないと・・・ん、どうかした?」
「このペンダント・・・似てる」
「何に?というかほら、そこ出口だからはやく行きなよ!」
レンは固まっているアミリアに説得を試みた。が、彼女は息を呑んだまま動かない。そして、自分の胸元で服に隠れている深紅と薄青の宝玉のはまった竜のペンダントをつかみ出す。
「これ・・・一緒?」
「あ・・・・・・」
自分の持っているもののレプリカか?それはレンの首にもかかっていた。ただはまっている石が・・・違う。縦に並ぶ純白と、漆黒。あと、何もはまっていない穴が2つ。
「どういうことだ・・・?」
「・・・もしかして、もとは一緒だった・・・」
二人は顔を見合わせた。と、そこに突然、
「いたぞー、はやく2人をとっ捕まえろー!」
レンもアミリアも同時に後ろを振り返った。おーっ、と掛け声がかかって、いつの間にか後ろにいた兵士たちが自分たちめがけて剣を抜き襲ってくる。
「ほら、外へ!さあ、来い!」
レンはさっきアタックオープンした戸からアミリアを外の暗闇へ突き飛ばし、自分は敵に向かい合い、手を合わせ一言唱えた。
「闇より出でし精霊よ、愚かな者達を暗闇へ突き落とせ!ラフィム!」
かっと目を開いたレンの合わせた手から、暗黒の空気が漏れ出す。兵士たちがぎょっとしてレンの3~4メートル手前で急停止した。
「え、ちょっと?」
「はやく!逃げるんだ!君は逃げて・・・生きるんだ!ここは僕が何とかするから!」
「・・・じゃあ任せたわ!」
言われるままに、アミリアは闇の中へ走り去った。
レンの手の中から、黒い影が飛び出す。それは、真っ黒に妖しく光りながら兵士軍団の方へ光のような速さで、突進した。
「うわあぁぁ!逃げろ!」
彼らはレンに背を向けて慌てふためき逃げようとした。が、そこに、よく通る声が響き渡った。自分とよく似た、それでいて自分より低い・・・
「光をもってして闇を葬る!ステアー!光よ出でよ!」
その時、レンの目が大きく見開かれた。闇が消え、あたりは真っ昼間のように明るくなった。
「・・・一体。貴様はどんな罪を犯したのか分かっているだろうな?レン・・・エリーにも」
後ろ手に手錠ではなく、もはやジルでしか開けられない特別な手かせが嵌っていた。自分は見事に、兄に負けた・・・超えられないのか?自分はこの男を・・・。レンは王の間で兵士に槍で首を脅されながらうなだれていた。
「・・・答えは?」
「・・・・・・」
「答えは、と言っているだろうが!」
ジルの声が荒くなった。レンは頭を上げ、小さいながら透き通った声で言った。
「・・・あんたは間違っている」
それを聞いて、ジルの眉間に縦皺が一本増えた。そして、雷のような声で怒鳴り返した。
「間違ってなどいない!私は自分のなすべきことを果たそうとしているだけだ!」
「・・・聞くが、何でテガサスたちを黒にする必要がある?自分の忌まわしいまだ純粋だった時の記憶を・・・彼らは、テガサスたちは、ただ遊び半分であんたを侮辱しただけだ・・・何故、自分より弱いものを変えることで消そうとする?消えるはずのない記憶を。過去はもう変えることはできない、兄さん。それが何で分からない?」
レンの透き通った声が最後まで鳴り終わった途端、ジルの顔色が一変した。つつかれた記憶が自分の中で傷を再び開かせ、血を流す。彼はそれでも幾分か小さくなった声で叫んだ。
「・・・ひ、人前で私をあ、兄と呼ぶな!」
しかも、噛んだ。レンは薄笑いを一瞬浮かべ、こう言った。兄と同じ多彩色の目はらんらんと光っていた。
「せいぜい自分のやっていることを振り返って見てみるんだな。期待してる、我が兄よ」
ジルは正直かなり参っていた。それでも声を絞り出し、言った。
「3日後に、反逆の罪で処刑だ。貴様もせいぜい火の中で楽しむんだな」
もういやだ。自分だけ・・・自分だけだった。あの時以来親にもほとんど見離されて、自分の血を分けたたった一人の弟が伝説を受け継いだ。肉親に見放されたからこそ、なんとかして見返してやりたかった・・・
ジルは、そばにあったマントを引っつかみ肩にかけ、さっさとその場を立ち去った。酔ったせいもあったかもしれない、気分がひどく悪かった。思わず頭を抱えた。
「火刑か・・・」
後に残されたレンは、兵士に強く圧迫されてむせ返りながら、言った。
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