真奈美リポート



「・・・い、今何て言ったんだ、おい」


「・・・あいつ、高橋、俺、高橋のこと好きかもしれない」


「は・・・・・・?」


おい、直樹、お前へんてこな夢でも見ているんじゃないのか?アドベンチャーゲームしすぎて、自分が主人公になって、冒険しながら奈緒姫を助けに近藤城に行くんじゃないんだぞ。


「分かっている、分かっているさ、大変なのは」


そうじゃなくて。


「おい、マジかよ」


「マジだよ」


「・・・高橋奈緒っていったい・・・」


「・・・・・・」


「・・・・・・・・・」


「なあ、哲哉」


「え」


「高橋に誰が好きなのかって聞いてきてくれないか?」


うげっ、やばい。俺たち、両想いなのに、それじゃあ直樹はどうなるんだよ・・・・・・


「・・・・・・自分で聞けよ、そんなことぐらい」


恐ろしくなって答えをそらした。いまさら奈緒にそんなこと聞いたら「お前は大馬鹿か!」と言われてゲンコ一発食らうだけだ。ましてや結構カッコいいだけの俺だし。


「頼みます、1000円あげるから」


「いらねー」


「なしてそんなこというねん」


「関西風に言ってもそんなものいらねー」


「だから何でやねん!勝ちたいねんっ!」


「阪神タイガースじゃねえだろ!?何に勝つんだよ!」


「じゃあ3000円」


「金の問題じゃねえってば」


「けち・・・・・・」


「けちじゃねえ。自分の財政状況を考えろ。お前今3000円も持ってねえだろ」


「まあ、そのとおりだけど」


ぎゃーぎゃー言っているうちに奈緒の話からそれた。でも、その時後ろから俺らの話を聞いていた彼女には、全く気づかなかったんだ。






教室ではやけにざわざわしていて、みんな落ち着きがなかった。


「どうしたの?」と話しかける相手もいないので、そのまま静かに自分の席に座っていた。いつもなら近藤たちがベラベラ悪態をついてくるのだが、今日はそんなそぶりも見せずにあたしから大体5メートル離れたところで固まって興奮して喋っている。


「だからさあ、聞いちゃったんだよ」


「すごい、それってスクープ」


途切れ途切れにせりふが聞こえてくる。何なんだろう?話の内容がもっと知りたい。


「だから、あいつが来たら川田を真っ先にそいつから離すわけ。・・・でもそれを誰に頼もう?」


こんなせりふが聞こえてくる。哲哉?何か関係があるの?そいつから離すって、哲也とたいてい一緒にいる人?そうなのかなあ。


「高橋は?」


「しっ、聞こえる」


近藤が言った。


「いいじゃん、もう大丈夫じゃないの?」


これは武内だ。全く、悲しいかな、一人になってからというもの、始終みんなの声を聞いてきたので、ちょっとした声を聞いたら誰の声かすぐ分かるようになってしまった。


「大丈夫じゃないじゃない」


これはまたまた近藤。


「でもさ、かといってハブ2人でつるまれて逆襲されたらいやじゃん」


直美だ。


「・・・それもそうね」


あたしは3人の、いや、面白い話に集まってきたその他の人まで集まった団子の方向から目をそらした。


「あんたが言いに言ってよー」


「えー、何で」


あたしがまだいやなんだろうな。いや、それともこれまでのことでちょっぴり罪悪感を感じているのか。


考えあぐねた結果、あたしのことがまだいやなんだ、と彼らは思っているということにした。


「高橋さん」


見上げると、直美だった。


「何?」


「あ・・・よかった、普通に接してくれて。あのね、ちょっとこっちに来て?」


「あ・・・うん」


あたしは立ち上がって、団子のほうへ歩いていった。なんだかちょっと背が高くなったような気がした。






「はぁ、はあ・・・お前遅刻だぜ?あ・・・はあ」


「しょうがねえだろ・・・はあ・・・直樹が寝坊、したんだから」


「お前も・・・はあ・・・家の前で待っているんじゃねえよっ・・・はあ」


「黙れバーカ!・・・はあ」


彼らはスクールロードを失踪中である。寝坊したのは倉田。それを待っていたのは哲哉。


「待ってるなら・・・はあ・・・先に行けよな」


「あ、あと少し」


「あ・・・はあ・・・はあ・・・もういや」






びっくりした。ちょっと信じがたい光景が目の前にあった。


「・・・ごめん、今までのことほんっとうにごめん」


近藤はあたしの目の前で土下座していた。


「・・・・・・いいよ、もう。で、話って何?」


「あ、よかった、許してくれないかと思った。あ、あのね」


近藤が口を開きかけた。それを武内が継ぐ。


「あたし、聞いちゃった。倉田が高橋さんのこと好きなんだって。帰り道、っていうか、あたし倉田や川田君とかと帰り道一緒なわけ。で、彼らはあたしの前にいたの。それで、倉田が川田君にそう言っていたのを聞いちゃったのよ、マ・ジ・で」


「マジで。マジ・・・で?」


「あたしたち、何かあいつ気に食わないのよね。あなたのときも自分だけ責任逃れようとするし」


「だから、もういっそのこと無視しちゃおうかと」


「・・・ふーん」


「ねえ、協力してくれる?」


近藤の懇願するような目が私に降りかかってくる。


困った。本当に困った。なんでこんなにしんどいんだ?今日は体調がさえないのか?それともまだ朝だから体が眠いって言って、だるい・・・・・・?


「高橋さん?どうしたの、体調でも悪いの?」


直美が言った。


「・・・あ、ごめん、それと、高橋さんじゃ呼びにくいと思うから奈緒でいいよ」


「え、いいの?」


あ、ありがとう、じゃあそうするね、とその言葉を彼女たち、周りが聞き取って理解したのを受け止めると、目の前が真っ暗になった。






 目が覚めたとき、ひどくすっきりしない気分だった。




「ただの貧血です」


保健の先生の声が聞こえた。


「ああ、よかった」


そして、そばには近藤、武内、直美がいる。


何かが満たされない。何かが欠けている。何だろう?何かいらいらする。何かが今にも暴れだしそうだ。起きた直後、あたしはそう思った。






そっちじゃない。


どうやらデンジャラス区域に入ってしまったみたいだね?


ここには看板や目印がない。


柵もない。


あるのは人生の断崖絶壁。そこを落ちたら、どういうことになるか分かっているね。


あ、分かっていないようだね。


いいさ、そのまま先に進んじゃいなさい。そして、棘の道を勇者のごとく突き進みなさい。


もしかしたらこれが最後の忠告になるかもしれません。






「ついたー!セーフ、間に合った」


どうやらまだショートホームルームは始まっていないようだ。俺は倉田に話しかけようとした。


「直樹・・・・・・」


「あん?」


肩をぐいっとつかまれて、俺は後方に後ずさりした。見ると、斉藤だった。こいつ、以外に力があるんだなあ・・・・・・


「ちょっと、川田、来て」


顔は普通だった。むしろ、面白いことを見つけて愉快で仕方がないって言う顔―――


「あれー、哲哉?おーい、斉藤、何処連れて行くんだ?」


斉藤は何も言わずに、俺を教室の隅で固まっているみんなのところへ連れていった。まるで団子のようにみんな固まっていた。その中には奈緒もいた。


「あのさ、川田、ちょいと協力してくれないかなあ?」


近藤だ。近藤がまた何かたくらんでいる。今度は何だろう?


「あ、そんな怖がらなくても・・・・・・」


ふと気づいた。みんな、中学生なんだ。そういう顔をしている。一瞬怖い、これは異次元の人間たちだと思ったけれど、近藤のさっきの言葉でなぜか、何かが、言葉では表せない何かが・・・・・・。つかめたような気がした。


「あのね、倉田って奈緒のことが好きなんでしょ?」


武内が言った。


「え、何でそのことを・・・・・・」


「ほら、やっぱりあいつ、倉田、言ったんだ。証拠、あるよ。みんな信じて。二人があいつの言葉聞いていたんだから」


「は・・・?お前ら」


中学生の顔だ。紛れもない。俺にはわかる。そう信じる。


「あのさ、倉田無視しようよ」


「何を根拠に・・・てか奈緒、何でこんなところに?」


一瞬、みんなきょとんとした目になった。訪れる沈黙。


「あ・・・俺なんか変なこと言った?」


「・・・今、奈緒のこと呼び捨てに・・・・・・」


はっ。やってしまった。


顔が赤くなったのがわかった。


「そうなんだ、えー・・・?何がだろう・・・」


近藤は手で口を押さえている。よっぽどびっくりしたんだろうか?武内の場合は呆然、藤田は知っていたけどちょっと・・・と言う顔だ。肝心の奈緒はなんと涼しいかおだ。


「あ・・・俺の、その、ばれちゃった?」


口に笑いと一緒に引きつりがきた。


「ま、いいじゃん。それはそれで。直美、もう新しい彼氏できたもんね」


「え、そうなの?」


「落ち込んでたところを先輩に慰めてもらったんだって。それが今の彼氏!」


「やだ、もう、ばらすなって言ったじゃない」 団子の中に笑いがはじけた。でも、その外には一人、団子を見つめて怪訝な顔をするものがいる。


「あ、協力してくれる?あいつ、無視するの」


混乱していた。倉田のこと、近藤の頭の中にはそのことしかないのかと言うこと、奈緒のこと。


「・・・・・・」


「哲哉、どうする?」


奈緒が問いかけてきた。自分の身を守るため・・・・・・みんな何も言わない。


「・・・・・・・・・あ、え、うん、協力する、するよ、うん」


もう後には戻れない。

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