上には青空
「いやあーもう最高だったよ!あたしたちが目の前に現われたときのあいつらったら!ほんとにメンタマ飛び出るほどひん剥いて凍り付いてたんだから!あはははははは・・・」
ほこりにまみれ、切り傷擦り傷をところどころに負いながら帰ってきた近藤夏希を見たみんなは最初こそびっくりしていたものの、次第に慣れて向こうであった事についてあれこれ聞くようになってきた。一方の夏希は何か吹っ切れたのか大声であったことについて笑っていた。そばにいる奈緒は控えめで大して何も言っていなかった。怪我もまったくないみたいだ。
「・・・元気になったね」
残りのビニール入りの落ち葉を運びながら、そんな彼女の様子を汗を流しながら遠くで見ていた直美が言った。口調はどこかほっとしていた。
「ん、これで一件落着?」
前を歩いていた真奈美が振り向きざまに言った。大量の汗をかいている。
「・・・見たところそうみたいだけど。それにしても重い・・・」
「んじゃ手伝ってもらおうか。おーい斉藤、ちょっとこれ運ぶの手伝ってくんないかな」
真奈美が大声で斉藤を呼んだ。華奢な彼はさっさとこちらの方向へ走ってくるとこう言った。
「はいよ、1個貸して」
それから彼は落ち葉の袋をひとつ直美の右手から受け取り、先頭に立ってまたさっさと歩き始めた。
「軽くなった?」
再び真奈美が聞いた。直美はこう返した。
「うん。応援呼びありがと」
直美はそう言って初夏の青空を見上げた。気温に合ったさわやかな風が吹いている。真奈美がさばさばとした口調で言った。
「・・・さあ、先生来ないうちにやっちゃおうか!」
「うん!」 直美は朗らかに彼女の呼びかけに答え、重い袋を無理して持ち上げながら校庭の中心にある丘になった落ち葉の山に向かって真奈美と一緒に走り出した。風と同じ、自分の心も風になったみたいにさわやかだった。
南東の少々強い風あり、ライターはオッケイ、クラスのみんな全員点呼完了。
奈緒は思った。ここにいるみんな、絶対何かモヤモヤしたものを抱えているはずだ。あたしがここに来てからよくないことばっかりだったし、あたしたちの醜かった争いに影響されてきているんだろう。
「みんなそろったな。じゃあ始めようか、奈緒・・・」
哲哉は全員いるかもう一度確認して隣にいるライターを持っていた奈緒に話しかけた。奈緒はちらり、しゃべり終えた哲哉の横顔を見てそれから口を開いた。同時にライターの火をかちりと点けた。
「点火」
それを聞いた哲哉はあのときのことを思い出していた。奈緒のにやりと笑ったどこか憎めない悪戯顔、小さくてでも強いライターの火、地面に散らばった嫌がらせ手紙の数々。あのときの風の様子、太陽の暖かい光、みんなの表情、言葉、全部覚えている。
哲哉が色々考えている間に、地面の落ち葉やその他色んなものに奈緒がつけた火はパチパチという音を出してみんなの穢れた思い出に燃え広がっていった。それに気づいて燃えているものの方向を見る。
奈緒がにやっと笑った。あのときの笑顔とはまた違った笑い方で。黒い目が自分のほうを向いて唇が動く。
「潮時かな、哲哉」
潮時?何が?誰のことか?まったく意味が分からなくて、哲也は聞き返した。
「え?何のこと?」
すると奈緒はこちらへ近寄ってきて背伸びしながら彼に耳打ちした。
「結構疎いんだね。夏希と倉田のことだよ」
「ああ、仲直りの時ってことか?」
それって潮時って言うんだろうか・・・哲哉は違うことを考えた。そして首をうろうろさせながら倉田を見つける。そこにいると確認してから、近藤夏希を探す。二人はお互い知らないようだが、思ったより意外と近くにいた。
ため息をついて、青い空を見上げた。そういえば先生はどうしたんだろう?あれから、奈緒と近藤が出て帰ってくるまでの間から随分時間は経ったはずだけど・・・。忘れているのか?校長の呼び出しを食らっているのか?それとも・・・
・・・まあ、いいや。彼はぐーっとのびをして焚き火の方向を向いた。
浄化の炎が自分を包み込んでいくような感じ。あの時はそうだったかな?あれはストレス解散だったけど、これは・・・
違った感じ。
「・・・いいよ、もう。俺だって・・・」
ふと自分の耳に倉田の声が聞こえたので、哲哉は反射的にそっちのほうを向いた。近藤と彼が焚き火よりちょっと離れたところで向き合っていた。他の生徒は何処からか太い棒切れまで持ってきて燃えないよーとか騒いでいる。少なくとも彼らは楽しんでいるみたいだ。
全て誤解は解けたかな?クラスメートを順番に振り返って見たら、子供が遊んでいるのを見ている保護者のような気分になった。奈緒が目の端に映る。彼女は哲哉の視線に気づくとふっと微笑んだ。
脱出おめでとう。
「・・・まあ、お前にも色々あったわけだし。俺だって色々言えた立場じゃなかったかも知れないけど」
「ううん、全部あたしが悪かったんだ。八つ当たりみたいにしちゃってさ・・・」
最後の被害者っぽくなった倉田に、夏希はこう告げた。そして一息入れてからマジメな表情を崩して続ける。
「・・・あたしもっとストレス発散できる部活、やろう」
まだまだ色んな辛いことがあるかもしれないけど。
「なんかいいねー・・・」
「うん、いいねー・・・」
ぼよーんとした表情で、先に口を開いた真奈美と直美は青い空を見上げていた。直美がちょっとしてからこう言った。
「なんかやっと抜け出したって感じだね」
抜け出した?どこから。真奈美はん?と思って直美のほうを向いて聞いた。
「え、何のこと?抜け出したって」
「ほらあ、あれ・・・なんかうちのクラス、ギクシャクしてたじゃん?だから・・・えっと、あれだよ。ギクシャクのトンネルからやっと抜け出したって感じ」
なるほど。確かにそうだった、最初は川田、次が奈緒、倉田。その前は直美だって私だって他の子だっていろいろあった。真奈美はさらにこうも思った。その前に夏希が傷ついていたんだよね。
これで終わる、私たちの、トンネル。後にはもっと長いのがあるだろうけど。
これからも、とまらないで歩く。
みんな、ぎゃあぎゃあ騒いでいた。午後もだいぶ過ぎた。3時半ぐらいかな。そのとき、声が聞こえたのは。
「こらあ、校庭のど真ん中でお前たち何やってんだ!」
三十路担任の山口だ。ついでにジャージを着ている。でも、怒鳴った声はどこか笑いを含んでいた。両腕を上に振りかざしながら真っ直ぐ自分たちに向かって突進してくる。
「あ、やべえ、みんな逃げろー!」
気づいた斉藤の鶴の一声で、みんないっせいに蜘蛛の子を散らすように四方八方に逃げていった。
気づいていたのか、先生。今の怒鳴り声で分かった。哲哉だけでなくみんなは思った。
山口。自分のクラスの雰囲気も、そこで何が起こっているのかも、全部生徒の表情から読み取ってきた。いや、読み取ってこれた。ずっと自分は相手の立場に立ってきた。そんな状態から自分たちの力で復活できた彼らを、今自分は誇りに、嬉しく思っている。
それにしても、青い空が似あわねえな、先生。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます