自分



「・・・・・・焚き火?」


奈緒は哲哉にそのまま聞き返した。


「うん。しようぜ、絶対気分すっきりするから」


「何で?いまさら?」


近藤夏希が口を挟む。つられてみんな声の方向を向く。彼女は言いたいことをそこら辺にぶちまけた。


「何が・・・焚き火!何が焚き火よ!そんなことしたって無駄!何をやってももうすっきりするはずがない!」


哲哉はいきなり言葉鉄砲を食らって目を泳がせた。


「い、いったい何をそんなに・・・」


「いまさら・・・焚き火!それなら燃やすより誰か殴ったほうがよっぽどすっきりするに決まってる!」


「それが今までのお前なんだ、近藤」


倉田が割って入る。夏希は言い返そうとした。


「殴ってはいないわよ、ただ・・・」


「同じだ、さっきお前が話したみたいに、ここではおまえ自身が人が傷つくのを楽しむ人間になっちまったんだ。ただ、向こうでは受身の状態だったがな」


「・・・・・・・・・・・・」


「人を殴っててすっきりしたか?人が傷つくのを見てすっきりしたか?」


「・・・あ・・・あたし・・・」


「何かやったのか、向こうで。何か相手の癇に障るようなことしたか?」


「・・・・・・してない。するわけないじゃない!」


「・・・そうか。見返してやりたいとは思わないのか?それともその代わりにここの人間を痛めつけるかだな」


「・・・・・・あ・・・あたしは」


それをさえぎって奈緒が彼女を呼んだ。


「夏希」


「え?」


果たして彼女はこの提案を受け入れてくれるだろうか・・・奈緒は賭けてみる。


「行かない?過去を振り返って。からかってやろうじゃないの、あなたのオトモダチを。ちょっとは冒険しようよ」


顔が少しだけゆがむ。ごくりと、つばを飲み込む。一瞬目を閉じて、また開ける。


「・・・・・・うん」


夏希が、うなずいた。






「あ、言っとくけど今授業中だからな」


出がけに言った哲哉の言葉をちょっと思い出して、あたしたちは行く。ついでにその後の会話を反芻しながら、口の奥でかみ締めながら電車で20分ほど行く。夏希は何も喋らない。


「大丈夫、そっちは焚き火の用意してて。あ、それとみんな、今自分が思っている煩わしいものとか忘れたいもの、ちゃんと燃えて形のあるものを持ってきて」


「それって有機物のことだよね、奈緒ちゃん」


そうだ、あの言葉はたしか直美。


「そうそう。燃えなかったら話になんないしー」


ありゃあ真奈美だなあ。


「そんじゃ、いってらっしゃーい。あ、金あるよな?帰りの分も」


斉藤だね。うん。


「大丈夫、だいじょーぶ。ちゃんとあります」


馬鹿にすんなって、ってな感じだよまったく・・・


「近藤」


「・・・うん」


・・・なんか忘れられないんだよね、最後の倉田と夏希のこれ。


車内には学生なんて一人もいなかった。あたしたちを除いては。時々、窓からさしてくるお昼のほわほわの太陽の光が電気のついていない車内を照らす。まったく、これは節電って言えるのかどうか知ないけど、電車が高いビルの影に隠れると太陽も隠れるのでこの中暗いんですけど。見えないんですけど。どうにかしてよ。おい車掌さん。


「行き先覚えてる?」


思い切って聞いてみた。そりゃあ、道知らなかったら話になんないし。


「うん。説明会に1回行ったから」


「ならオッケーだね」


とりあえず、オッケーなんだかどうなんだか知らないけどそう言っておいた。さっきからまん前に座っているおばさんがあたしたちをジロジロ見ている。まるで、この子達こんな昼間っからどこに行くのかしら、さぼりかしら、はたまた不良かしら、ってな感じ。そんなジロジロ見ないでよ、落ち着かないから。あたしたち今から自分を取り戻しに行くんだから、ほっといてね。おばさんの出る幕じゃないし。






駅に着いた。何か田舎くさい・・・ようなところ。


「すごいところだね・・・」


「うん。この辺は結構田んぼもあるよ」


で、今からどの方向に行け、と。


「・・・こっち」


「え、そっち!?」


ほとんど反対の方向へ行こうとしていたあたしの襟首をつかんで、夏希はずんずんと歩き出した。


まわりには田んぼ。でも道はコンクリート。しかも、もうぼろぼろ。


・・・まあ、そこがいいんだけどね、ほのぼのしてて。


夏希がつかんでいたあたしの襟首を離した。


でもこんなのどかっぽいところでいじめがあったと思うと、気持ちが沈む。


遠い向こうに、あたしたちの住んでいる町の建物が見える。


燃えるように、5月の空気の中にあった。






「なあ、こんなもんでいいか?」


「さあ、それよりもっと新聞紙持ってきてよ」


「これもういらないもんね、捨てるしねー」


「おーい、そっちにチャッカマンない?」


「これ燃えると思う?」


みんなが校庭の中心で作業を始めて15分。教師は?ときいてもそんなの誰も知らない。


「真奈美、これだけじゃ足りないからあんたの怪力で落ち葉でも持ってきてよ」


直美が竹内真奈美に言った。


「はあー?もう分解されてんじゃないの?」


「いや、ビニールの中にあるから」


「そう、んじゃ持ってくる」


そう言うなり、彼女は校庭の端へと、とすとす歩いていく。不意に立ち止まって抜けるように青い空を見上げてから、また歩き出す。


「ねえ、奈緒たちが帰ってくるまで待つべきだよね」


落ち葉の入った大袋を2つほど抱えて戻ってきた真奈美に、直美が聞いた。


「そりゃあそうでしょ。意味ないじゃん」


「・・・夏希のもやっとするもの、何かなあ」


「・・・ずっと抱えてきたものじゃない?」


そこで二人は黙り込み、倉田に怒鳴られたときの彼女の言葉を反芻してみる。


―どうやったって傷は埋められないのね!―


―まあ、皮肉?―


―もうない―


―しかも、誰かがした後だったしね―


「・・・・・・・・・」


「・・・・・・ねえ」


「ん?」


「夏希は・・・強いよね」


直美が誰に質問するともなく聞いた。独り言のようでもあった。


「・・・さあ、わかんないけど」


「・・・だよね」


「・・・でも、何かに・・・目の前のものに打ち勝とうとするものがあったんじゃないかな、それは・・・彼女の目に・・・映ってたんじゃないかな」


「・・・何か、が・・・」


二人は、そこで青空を見上げた。何もなくただ純粋な蒼だった。


しばらく、ただ上を見てみる。


小さな雲のかたまりがふわりふわりと流れていく。


・・・自分もあんなふうになりたいと思いつつ。


夏希が欲の鎖から開放されるときまで。


先に口を開いたのは、直美。


「・・・それより、早く準備しよ!」


「あ、そうだよね、急ごうか」


「もうちょっと落ち葉いるんじゃない?あと小枝も集めてこよう」


「オッケー、わかった!」


みんなが待っている校庭の真ん中へ、走っていく。






「ここかあ・・・」


目の前にでかい校舎が建っていた、それだけ。


でも何か外来者を威圧するようなオーラが漂っているのに間違いない。


ここもまたあたしたちと同じように情けないものを持っているのだろうか・・・?


「ま、とにかく行くよ、行く。奈緒、ほら」


「あ、そうだね、行こう」


「あたしが・・・あたし自身の大切な忘れ物を取り戻すために」


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