5 探し物

それからの3日間は特に何もなかった。ジルは大して何も言わなかったし、アルジョスタの活動は表面的には何も見えるものはなかった。


その間にユウジとタカシの2人はエリーにも会いに行った。ジルがなぜか許してくれたのだ。


肝心の彼女はベッドに腰掛けていた。その彼女の妹と同じ深緑の目は沈んでいた。そして2人を見るなりうつむいてこう言った。


「ごめんなさい・・・私のせいであなたたちにとって厄介なことに巻き込んでしまった」


「いや・・・そんなに厄介でもないよ」


そう言ったユウジを半ば無視してエリーは続けた。


「・・・これは王国の問題。もしよければ・・・あなたたちをこの場で元の世界に戻してあげることが出来るのだけれど」


思ってもみない話だった。ユウジとタカシは顔を見合わせた。誰も何も言わないまま少したって、タカシがこう言った。


「うーん、俺らは・・・どうも人を見捨てておけないような性分でな。」


エリーが顔を上げた。


「・・・何かしてくれるのですか?この王の恐怖に、ネガサスの恐怖におびやかされている人々を救うために?」


タカシはそれを聞いてエリーにはっきりとこう告げた。


「当たり前だろ。そのために君が俺らを呼んだんだから。どっちみちもう将軍になっちまったんだし、俺らを逃がしたら君が困るだろう?」


エリーの表情が和らいで、少しだけ笑顔が覗いた。それに、ユウジもタカシと同感だった。そのときはあえて何も言わなかったけれど。






そういえば、その3日間のうちに、言葉少なになっていたジルがこう言った。『この王国に反乱旗を翻すものは排除しなければならない。彼らのせいで黒い随天使たちが気にふれて暴れだしている』また、こうも言った。『彼らが・・・アルジョスタのやつらがいなければネガサスたちも暴れださなかったしこの国も平和だった』


確かにそうかもしれない。でも理不尽だ。ジルの理由が何であれ、人々が暴れだすようなきっかけを作るのはよくない。かといって・・・説得力がないでもない。


つまりだ、こういうことだ。ネガサスたちがいるから、人々は王の力を恐れて静かに暮らしてきた。あの性格からしてジルはもともと争いを好まないのだろう、城下町住民によれば、ジルは犯罪を犯したものには重い刑を言いわたすということだそうだ。


「そんなことより・・・俺は城の図書室にちょいと用があってな」


タカシは、今ジルが言ったことは俺にとっては別にどうでもいいことだといわんばかりにつぶやいて、何か考え事をしているそぶりを見せながら彼らの前を立ち去った。


「・・・なあユウジ、私は・・・弱いんだろうか?」


自分と同じくタカシに置き去りにされたユウジに向かって、ジルはほぼ何も考えずに聞いた。すぐ近くに椅子があるのに地べたの段に座っている。


「え・・・あ・・・それは・・・」


ユウジはきまり悪くなって思わず近くの窓の外を見た。そこから見えた外は静かな雨が降っていた。空は暗い。


「私が・・・あいつに火刑を言いわたした時・・・あいつは・・・私との関係をばらした」


「・・・・・・それが何だってんだ?そんなに恥ずかしいことなのか」


ユウジのその疑問文をすっかり耳の中に入れ込んでしまってから、ジルは耳に蓋をかぶせるように両手に顔をうずめ、こう言った。


「・・・私は1回あいつに・・・レンに、侮辱に近い負けを味わわされたことがある」






「・・・あった、アリウルの歴史書。こんなでっかい城の図書室なんだからないわけがないよな。ぃしょっと・・・うわっ!」


タカシはあかがね色の分厚い本を一番高い上の棚から、分厚い本を積み重ねた上に乗って取り出したが、あまりの重さにその弾みで体がよろけた。ただでさえ狭い本棚と本棚のあいだ、自分が乗っていたはずの本の脚立は崩れ、後ろの棚に背中が当たる。声を上げるまもなく・・・


ドサドサと本が何十冊も落ちてきて、あたりには埃がもうもうと舞った。たまたまその部屋にいた女兵士2人が何事かとそちらの方向を振り返る。その中でタカシは、とりあえず本をつかんでいた。


「何で・・・こんなことになるんだよ」


自分の行いが悪いのか?あいつら2人の話をすっぽかしたからか、はたまた本の上に乗ったからばちが当たったのか。頭にたくさんの本が当たったので、目から火花を散らしながらタカシは頭を抱えた。


「大丈夫ですか、お怪我はありませんか?」


すぐさま女兵士二人が駆け寄ってきて助けおこしてくれた。引っ張られて中腰になったら、本の山が膝の上からドサドサ落ちた。


「ああ、悪い・・・ありがとう。げっ・・・これ片付けなきゃなぁ」


一人の女兵士がタカシの独り言に反応して言った。彼女は割と背が高く180センチくらいあるタカシと並んでも5~6センチしか違わない。ショートカットの銀髪に・・・どうしたんだろうか、眼帯をつけている。


「お手伝いしましょうか、タカシ将軍。あ、私はこの国の兵士でサラ・ヴィーナと申します。これでも19歳、一応小隊長です」


「あ、ああ。よろしくな、サラ。・・・で、そっちの君は?」


自己紹介となるとどんな人もはずさないのがタカシだ。さっきから行動するだけで一言もしゃべらない、セミロングの銀髪の沈黙の君に向かって彼は言った。沈黙の君は話しかけられてびくっとしながら、警戒しきっているウサギのように振り向いた。


「あ・・・・・・」


「そんなに警戒しなくても大丈夫、ユリカ。あ、私が代わって紹介します。彼女はユリカ・ヴィーナ。私の妹よ。16歳で兵士になりたてだけど、剣の腕は本物だから」


そんな彼女の様子を見かねて、サラが口を出した。後半は少々誇らしげだった。


「あ、あの・・・よろしくお願いします、タカシ将軍。あの・・・今日はユ、ユウジ将軍とい、一緒じゃないんですか?」


ユリカはいかにも恥ずかしげにどもりながらもこう言った。本当に、一見小動物を思わせるような性格だなあ、とタカシは思った。この子は小動物系。彼は崩れ、ページが折れて無造作に積み重なった本のほうを見ながら言った。


「ユウジ?ああ、あいつは・・・今頃ジルの話でも聞いてるんじゃないの?知らないけど。というか、君たち、お手伝いしましょうって言ったんだからこの本の片づけを手伝ってくれ。俺一人じゃ死ぬ」






「・・・で、その伝説を受け継げなかったってことか」


「・・・ああ。あれは・・・それが例えラライの者で奪いとっても印された者にしか身につけることは出来ない。もし身につければ・・・死ぬ」


ジルは膝を抱えて段差に座っていた。そのため声がくぐもって聞こえた。さらにまた続ける。


「天は・・・私たちのことをちゃんと見ているのかもしれない」


「・・・ジル、その伝説、詳しく知っているか?」


ユウジはほとんど何も考えずに言った。ただ知りたくなっただけだ。そんな彼に、ジルは口だけ動かして言った。


「・・・図書室に行けばわかるさ。アリウル歴史書があるから。真ん中の棚の一番上にある、あかがね色の重いやつがそれだ」






「そういえばタカシ将軍、なんでここに来たんですか?」


「何?どっちの意味?」


3~4メートルはなれたところで重い本を3冊も抱えて本棚に戻しているサラに聞かれて、タカシは対抗してやろうと思い、いっぺんに重い本を5冊両手で持ち上げながらこう返した。アリウルなのか図書室なのか、そこら辺をはっきりしてほしかったし。


「図書室にですよ」


そっちだったか・・・まあ、アリウルに何で来たのか聞かれたら困るしな。


「ちょいと知りたいことがあってな。サラは何か知っているか?竜のペンダントについて」


「んー・・・私は、そのペンダントが昔、といっても500年ほど前はひとつだったってことしか知らないですね・・・」


サラはちょっと考えてからこう言った。タカシはそれでピンと来た。


「ひとつだったのか・・・どうりで穴が二つ残っているはずだ。何で二つに分断されたんだ?あの少女の先祖が争いごとでも起こしたのか?」


「それは・・・クロウ家とレフィエール家の土地争いの末に起こった分断なんです。ラライでレフィエール家がペンダントとともに勢力を誇っていたとき、クロウ家がだんだんと力をつけて・・・」


その答えには以外にも、今まで黙々と軽い本をどっさり抱えて本棚に戻す作業をしていたユリカが答えた。


「え、本当なのか?」


「その本を見ればわかりますよ」


ユリカに諭されて、タカシは運ぼうとしていた本を急いでアリウル歴史書の近くのテーブルにどんと置いてから、あかがね色の表紙をめくった。ページを急いで繰る。


「どこだー、どこだー、500年前、ペンダント、レフィエール、クロウ・・・あった」


タカシはそこをかじりつくように読んだ。サラとユリカも両側の開いたスペースからから覗き込んだ。


***


・・・・・・ついにラライ一の勢力を勝ち取るまでとなったクロウ家とレフィエール家がお互い血で血を洗う争いの末にうみだした結論は、レフィエールの人間だけに伝わるペンダントの分断だった。当時レフィエールのペンダントを継いでいた男、エレフィリック・レフィエールは、同じく家に伝わるお家が万が一の時のための『分断の書』を元に、ペンダントの持つ4つの力を光と闇、炎と水にわけ、そのときから光と闇はクロウ家に、炎と水はレフィエール家に伝わるようになった。光と闇、炎と水はどれを取って戦わせてもどちらが勝つというものではない。反対属性を組み合わせることによって、エレフィリックはレフィエール家を救ったのだ。炎はいわば光であり、水は深くなるにしたがってまわりが暗くなる。よくわからない諸君もいるだろうが、つまりすべての属性は皆同じように対等なのだ・・・・・・


***


「成る程な。寧ろ納得させられる、後半は」


読み終わった感想を述べ、タカシは本から目を離して言った。と、そこに、


「あっ、タカシ、ちょっと探し物があるんだが・・・例のアミリアがつけていたペンダントのことで・・・」


見ると、ユウジが戸口にいた。タカシは女二人が覗き込んでいる本をページが開いたまま持ち上げ、大きな声で言った。次いで、ユリカが大声を上げた。


「これのことかー?ユウジー」


「あぁー、ユウジ将軍!」


一方のユウジは、彼らのほうに近寄りながら、見慣れない女兵士の呼びかけかタカシのほうに答えるか迷っていた。が、テーブルのところまで2秒でたどり着いた瞬間、


「ユウジ将軍、私ユリカ・ヴィーナと申します・・・お会いできてうれしいです!え、えっと、あの、なんですか、なんだろう、とにかく仲良くしてください!」


ユリカがタカシより先に前に進み出てユウジの両手を取り、蒼い瞳を存分に輝かせ、興奮して顔を紅潮させながら相手をしっかり見上げ、勢いで言った。


「えっ・・・あ、うん・・・分かったよ」


「そう言っていただけて嬉しいです!ありがとうございます。それで・・・」


ユウジがユリカに捕まった。彼女はこれまでの性格とは裏腹に、相手のことは何でも知りたいという風にペチャクチャと喋りだした。タカシは知らせようとしたことが言えなくなって、呆然としながらも本を持ち上げたままだったのを下ろした。


「・・・ユリカの性格が変わった・・・?」


サラは冗談抜きで唖然としながらつぶやいた。タカシはそれに答えるように、本のページに自分の服のポケットに入っていた長い紐をはさみながら言った。


「あの子は怒らせても怖いんだろうな」






・・・明日、自分の処刑の日が訪れる。


レンは自分の胸元にかかっているペンダントを見た。これを兄が手に入れていれば・・・こんな酷いペガサスの虐待は起こらなかったかもしれない。アルジョスタなんかできなかったし、毎日その組織の人々が殺されることにはならなかっただろう。


「アミリア・・・シルダ」


彼女の名前をつぶやいてみる。レフィエールの・・・末裔であり、継承者。


だれか、この土地を救ってくれ。見捨てないのであれば・・・僕も。






弟よ、残念だが・・・悲しいが、私はそなたを憎んでいるのだろう。


一人取り残されたジルは、自室のベッドの上に複雑な気持ちでやっぱり膝を抱えて座っていた。


土の中に帰ってくれ・・・悲しいが、死んだらそなたのためにも必ず墓を立ててやるから。

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