6 火刑
今にも雨が降り出してきそうな嫌な薄曇の日になった。
宿屋の地下にある本部から出てきたアミリアは、いかにも何かが起こっていますと言っている重たそうな天井を、ため息をつきながら仰ぎ見た。
「さては・・・何処かで何かあるな・・・」
彼女はそうつぶやくなりピーッと甲高い音を出して指笛を吹いた。すると、何処からともなく羽ばたく音が聞こえ、純白の天馬が一頭姿を現した。そう、今ではたった彼のみ残った穢れのない白・・・。
「ウィリン、リーゼ アリウル(ウィリン、アリウルに向かって頂戴)」
アミリアが背中に乗った重みと透き通った声のラライ語に反応して、ウィリンと呼ばれた天馬は曇り空へと飛び立った。
冷たい床で、彼はそのときを待った。後ろに回した腕には鋼鉄の鎖がかかっている。今になって目の前に恐怖感と暗闇が迫ってくる。いろいろなことを想像してみる。自分が他の誰かに助けられる場面を、自分に手を差し伸べてくれた者の刃が兵を貫く瞬間を・・・
火の海に自分が飲まれる瞬間を。
そして思わず口から言葉が漏れ出た。
「嫌だ・・・・・・」
「何か言ったか」
自分の言葉に反応した無表情の兵士の顔。自分を覗き込んだ瞳には憐れみとあざけりの2つの光が宿っていた。
体が震える。苦しみ、死ぬことへの恐怖が今心の中で芽を出し、物凄い勢いで成長していく、静止も聞かずに唯育つのみ・・・。枯れることはないのだろうか?
固定された両手を合わせてみた。念じてみた。黒い光が後ろから自分を覆っていくのがわかる。ラフィム・・・いくら君でも君じゃあ役に立たないな。君は・・・僕にとってはもったいないほどすばらしい精霊だったのに・・・ペンダントと一緒に葬られるのかい?
ラフィム・・・闇の精霊なのに兄が生み出したただの光、ステアーに負けた。
レンは急にバカらしくなって、念じるのをやめた。やめよう、こんなことは。いくら闇と光であっても・・・今から自分が立ち向かうのは。
炎の反対属性の水でももってしないと自分の命は助からない。
死ぬことは・・・こんなに怖いものなのか?
レンの頭の中をいろいろな概念が駆け巡っていく。
「ダース・ペナルティか・・・」
「んあ?英語なんかで言っても誰にも通じねえぞ、ユウジ」
「わかってるさ、言ってみただけだ。そういえばジルもエリーも城の中か・・・」
城下町の広場はすでに見物人がわんさか集まっていた。反逆者の最期を 見届けようとする血に飢えた市民たち。彼らは・・・やはりジルに圧迫されているのだろうか?ストレスがよほどたまっていると見える。
こんなことはしないほうがいいのではないかという考えが一瞬ユウジの頭の中をフェードアウトして消えた。
「タカシ将軍、ユウジ将軍、そろそろ時間です」
急に誰かに話しかけられ、ユウジは考え事の世界から頭を引っこ抜いた。見ると、後ろにはサラが緋色のマントを羽織って立っていた。その下にはしっかりと白銀の鎧を身につけている。いつもの堂々とした風格は何処へやら、今日はブルーの瞳が生き生きとしていない。
「あ、ああ・・・今行くか、タカシ。どうした、今日は元気ないな」
ユウジの反応にサラは少しうつむいて言った。
「・・・そりゃあこんな日に・・・元気な人はいないですよ。妹も・・・ユリカも余計に沈黙の君になってますし」
「・・・ユリカは沈黙末期症状か・・・そりゃあ酷い」
タカシがまた変なことを口にした。でもその裏に隠された意味はわかっている。
「・・・こんなことはやめさせるべきだって言いたいんだろ。そんなアウトコースな言い方せずにはっきり言えよタカシ」
「・・・しょうがねえだろ、俺はいじられキャラなんだから。もっとひねってやってもよかったけどよぉ」
何だろう、二人の会話がとんでもなくくだらないものになってきたようだ。サラは半ば呆れて続きを待った。
「いや、それ違うから」
「んでもってさあ・・・後どのくらいだ、ユウジ?やるならさっさとやっちまえば後がさあ」
「もうそれ以上言うな。こっちも痛いんだから。しかももう行かなきゃならないだろう、サラが来た意味がなくなる」
ユウジはこれっきり黙ってしまった。仕方がないのでタカシは代わりにサラに申し訳なさそうに話しかけた。
「行くか、サラ」
「・・・はい。私についてきてください」
そういわれて数分後についたのは広場の特等席らしいところだった。処刑台のど真ん前。
「・・・これじゃあこっちが拷問に掛けられてるようなもんだぜ」
あまりに処刑台に近かったからか、タカシが苦虫を噛み潰したように呻いた。ユウジは依然黙っている。すると何処からか、来たぞー、と誰かが叫び、周りの群集に漣のようにざわめきが広がった。
出てきた、あいつが。
恐怖におびえながら、それでいてまだ理性を保っている。胸には例のペンダント・・・
「あ、あれは・・・」
ふっと顔を上げたユウジは気づいた。間違いなく、あれだ。ユリカに捕まった後にタカシから聞いた、間違いなくこの世界の500年前に分断されたあの伝説のペンダント。長い間、あるかもないかもわからなかったモノ。
ひっそりと受け継がれて、今ここに片割れがある。あの本は言っていなかったが、もし所有者が死ねばあれはどうなるのだろうか?再び1つに統合されるのか?分断の書はともかく統合の書は何処にあるんだ?
「それにしても本にあった例のレフィエールの性は・・・何処に行ったんだ?」
処刑のことを忘れて、タカシがユウジに言った。だから、レンが柱に括られて油らしきものを掛けられ、無残にもその足元に火を点けられたのも分からなかった。
「うああああああぁぁぁぁああああ・・・」
突然聞こえてきた苦痛の悲鳴に、二人はぎょっとして悲鳴の方向を振り返った。そこには見るも無残な燃える人間・・・
それは、死よりも酷い光景だった。
熱い。レンは自分の肌の上を駆け回る灼熱の炎に身を委ねながらも恐怖を感じていた。生きながら燃やされる。自分は焼かれている。そんな苦痛はあっていいものなのだろうか?
「いやだああぁぁぁぁぁ・・・あああぁぁぁぁあぁぁぁあぁ・・・だれかあああぁぁぁぁ・・・・・・あついぃぃぃぃぃいいいい」
ユウジはジャンヌ・ダルクを思い出していた。あの少女も、魔女だと言いがかりをつけられ、十七歳という年齢ながら生きながら火に焼かれた・・・ああ。
炎がレンの体を焦がしていく。焼けていく。あまりの悲鳴に、誰も動けなくなった。そばの兵士が、燃えて行く彼から瞳をそらした。と、そのとき。
「水よ、その大いなる力で全てを焼き尽くす邪悪な炎を打ち破り、尊い命を助けたまえ!セザーナ!」
二人に、あのときの、よく通る透き通った声が聞こえた。
本当に雨が降ったのかと思うくらいだった。天空から注ぐ水は、暴れていた火をものの一瞬で消し去り、レンのやけどを濡らし、人々を濡らし、二人も、兵士も、全て濡らして広場が沼になった。正体は、天空から降りてきた。テガサスに乗って、一振りの長剣を頭上に掲げ・・・
「アミリア!」
タカシは思わず叫んだ。ユウジは息を呑んだ。実際に雨は降っていなかった。空は依然どんよりと曇っていた。ただその中でテガサスは、太陽のように純白に輝いていた・・・。
彼女はテガサスが地に降り立つ前にその背から飛び降りた。そして真っ直ぐに焼け爛れたレンのもとへ駆け寄り、自分のマントを急いで剥ぎ取って火傷跡が多く残る肌に掛けた。彼は苦しそうにあえぎ、呻いていた。それでも多彩色の瞳はアミリアをしっかり見据えていた。彼女はさらに鎖を解き、腕を自由にした。彼の瞳を大丈夫だといわんばかりに一回しっかり覗き込んでから。
群集はその光景に手も足も出せなかった。いや、出せなかった。あまりにも・・・正当な救済に我を忘れて手当てに見入っていた。アミリアはペンダントの力で火傷を癒し、治癒力で皮膚を再生させ、彼をすっかり元に戻した・・・服以外は。
「・・・反逆者だ。そこにいるのは反逆者だ!捕まえろ、反逆者だー!」
さっきの光景に唖然としていたが、段々と我を取り戻しつつ声が返ってきた兵士が叫んだ。その鶴の一声に兵士たちがはっと気づき、つられてユウジとタカシも夢から覚めたように上体を起こした。
アミリアがさっと反応を見せた。一瞬で長剣を2本生み出し。レンの前に立ちはだかった。
「・・・やれるもんならやってみなさいよ。私を相手に・・・」
そう言ったアミリアは、もしかしたら自信過剰なのかもしれない、それほどの実力があるのかもしれない。彼女の目の前に集まった何十人の兵士たちを相手にレンをかばって一人で戦うなんて、出来るんだろうか?いや、出来るんじゃないのか。タカシは思った。自分は彼女を傷つけたくなかった。何故かは知らないが・・・とにかくあの時のバック宙を見たから。中年の小部隊の男隊長がアミリアに向かって言った。
「一人の癖に強がるな。しかも怪我人をかばって戦えるものか!降伏しろ、許してやるぞ」
「・・・許すなんて言葉は使うんじゃない。どうせ降伏しても死刑になるだけでしょ。この国の誇りある騎士なら偽りの言葉を吐くべきじゃないね」
正当性をついた言葉と真っ直ぐ自分を射抜く緑の瞳に、中年隊長は眉根をしかめ、少々身を引いた。まるで言葉自体を跳ねつけるように盾を前に差し伸べた。
「お前は・・・知っているのか。自分の存在がこの国にとってどんな意味を持つか。その反逆兵士を助けたことが・・・どんな意味になるのかも」
「あんたたちは・・・何かに脅えている。この国の頂点の下に存在する、まるで黒い髄天使の言いなりとなっている・・・」
「もういい!それ以上のことは聞きたくない!かかれ、皆!」
アミリアが言い終わる前に隊長は叫び、自分もともに突然兵士たちと一人に向かって飛び掛った。アミリアの言葉を否定し、故に無理やり自分たちを信じ込ませようとするその心は・・・この世界を全て変えてしまったのかもしれない。
一瞬の間、群集もユウジもタカシも中途半端な格好で固まったまま処刑台の方向を見た。刃の接触の音が響き渡る前に、あたりに血の花が咲いた。
「ぐああああぁぁぁぁあっ!」
悲鳴とともに次々と兵士たちが倒れていく。アミリアがひとまわしししただけで十人がが倒れた。一人の兵士の背中から刃先が突然飛び出し、それきり彼はは動かなくなった。その血なまぐさい行為の中央で剣を二本華麗に操る妖術師のような彼女の瞳は、無表情だった。
隊長が、ちょうど頭を抱えて起き上がったレンに踊りかかった。
「危ない!」
その光景はまるで一枚の絵のようだった。はっと気づき顔を上げたレンが見た目の前のキラリ、閃光のように光った刃。
思わず、ユウジとタカシは同時に叫んだ。レンがその多彩色の瞳を大きく見開いた。
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