7 生きる力
俺あぁ、アリウルの城の兵士だぁ。名前は、ガルシュってんだぁ。覚えとけよ。ついでに顔も濃いぜ。
こう見えてもよぉ、20隊ある小隊の隊長だぁ。言っておくが、結構強いやつでねえとなれねえんだな、これがよ。だから、俺ぇをなめてかかるんじゃあねえぜ。
・・・っていうのは自信過剰か?それとも相手が悪かったのか?
まさか、俺ぇが相手をなめてかかっていっちまったのか。そうかもしれねぇだ。
そのときは勝てると思ってぇたんだぁ、俺あぁ、本当に。若造には負けねあ、ってな。
ユウジとタカシが見ている前で、中年体長が一瞬で腹を切り裂かれた。ガルシュ小隊長の大きく見開いた目が印象的だった。あげたのが悲鳴じゃなくて、呻き声だけだったのも印象的だった。
危ない、と言ったはずの次の瞬間。本当に、一瞬だった。今アミリアがレンの前に立ちはだかっていた。呆然としたレンとは裏腹に、なんでもないという顔をしながら血に染まった剣をパパッと2回払う。倒れている小隊長・ガルシュには見向きもしない・・・まだ息がある!
「・・・っ、ガルシュ小隊長!」
ユウジは一声叫んで彼のもとに走りよった。腹から血がどくどくと噴出している。息が荒い。ユウジは肩にかけているマントを取り外し、歯でギギッと切り裂いた。
「・・・ぁ、俺あぁ・・・負けちまっただ・・・なんだぁ?あいつは・・・女の癖に強ぇなあ・・・」
「喋っちゃだめだ隊長!血が止まらねえぞ!」
タカシもそばに来て跪き、彼に忠告した。ユウジが切り裂いた布を腹に当てる。顔を上げると、アミリアが冷たい目をして2本の剣の切っ先を自分達に向けているのが目に入った。そして、言う。
「・・・あんたたちも、死にたい?」
その問いにはガルシュ小隊長が答えた。
「・・・誰がいつ・・・死にたいって言っただぁ?おめぇさんは・・・勘違い・・・してるんじゃ、ねえのか?ふん・・・若造が・・・」
アミリアは少し考えてから言った。
「・・・確かに言ってはないわね・・・でも自分の命を守るためなら殺すしかなかったのよ。人を殺めるのは好きじゃないけど」
「・・・なら何故そんなに無表情でいられるんだ?人を殺すのに慣れたのか?お前は罪の意識を全く感じないのか!アミリア!」
ユウジが大声で割って入った。ガルシュ小隊長の手をきつく握り締めながら。生きろ、と手で言いながら。
「・・・言ったじゃない、自分の命を守るため・・・」
「お前・・・知ってるか」
今度は、まだ剣を下げていないアミリアの言った言葉に対して、タカシが言った。いつになく真剣な目つきだった。そしてこう続ける。
「・・・人は、いや、すべての生き物は・・・同等なんだぜ。それ以上の命も・・・それ以下の命もない。お前より劣る命なんてないし、それ以上勝る命なんてのもないんだ。分かってるのか?そこらへんを。お前はそういうことを認識して反乱軍のリーダーになってるんじゃなかったのか?そもそも何のためにそんなことをしているんだ?」
それは何故・・・?アミリアは剣を両方とも下げた。こうつぶやく。
「・・・テガサスたちを・・・ジルは・・・思いのままに操って、格下のように見ている」
「人がしているから自分もやっていいってもんでもないだろう!」
ユウジは立ち上がる。耐えられなくなって叫んだ。彼女をキッと睨みつける。
「そうじゃないよ・・・可哀想なネガサスたちを救うため・・・同志を集めて・・・だけど・・・」
アミリアは、そこでちらりとガルシュ小隊長を見た。その瞳に宿る光は無表情なのかそれとも憐れみ、心配、怒りなのか読み取れない。彼女は続けた。
「あたしは・・・何のためにここにいるの?何のために・・・」
その答えは、自分で見つけるしかない。心の中からその言葉が湧き出てきた。ずっと前、誰かから聞いた言葉。誰かから教えられた・・・。そこでアミリアはレンを振り返って見た。そこでタカシがつられて同じ方を見たが、彼はあまりの驚きに思わず声を上げた。
「なっ・・・・・・!」
レンが、完全に復活していた。
いや、復活というんだろうか?あるいは蘇生か。何より驚いたのは、ほとんど焼け落ちたはずの服を着ていたことだった。しっかりと・・・アミリアのマントをつかみ立ち上がって、歩いてきた。
「・・・ありがとう。助かったよ」
「ああ・・・うん」
マントを返しながらお礼を言ったレン、それを受けとりながら答えたアミリア。ユウジもタカシも、ポカンと口を開けて眺めていた。レンの、兄に似すぎた多彩色の瞳から目が離せなかった。これがラライの・・・末裔。そんな言葉が頭の中心をよぎった。
そして、2人とも少し聞こえたうめき声ではっと気づいた。ガルシュ小隊長の存在を半分忘れかけていた。ユウジが彼を見下ろして今気づいたように叫んだ。
「小隊長!すみません、今すぐ安全な場所へ!」
「いぇあぁ・・・俺あぁ・・・もうええ・・・」
「よくねえから言ってんだろ!生きてるんなら自覚持てよ!」
生きるって、何?
アミリアは思った。ここにいても、そんなことは分からないだろう。自分達の行くべきところは・・・
「・・・行こう」
アミリアの言葉に、レンがふっと顔を上げて反応した。
「・・・何処へ?」
「・・・アルジョスタ本部へあたしは戻るの」
「・・・僕は?」
いかにも自分だけという彼女の言い方にレンは問うた。自分は何処へ行けばいいのか?答えもないままに。
「え、もちろんついてくるんでしょ?」
計算内か。レンは一瞬見捨てられたような気がしたが、そうではないことに気づいた。大体助けておいて放っておくっていうのも考えられないしな。
生きるって、本当に分からないことなんだ。
ユウジとタカシに運ばれていくガルシュ小隊長を見ながらレンはアミリアと同じようなことを思った。そのアミリアが、北に向かって歩き出す。彼女は数歩歩いて、自分のほうを振り返った。落ち着いた光をたたえている目が早く来いと合図している。
ここから逃げ出すんじゃない。歩き出すんだ。
「・・・うん、行こうか」
レンは彼女にそう答えて、後を歩き出した。さらに何歩か進んで、アミリアが走り始めた。
後には倒れた人たちが血を流して横たわっていた。城下町の人たちが死体を片付けようと呼びかけている。彼らは思っているはずだ・・・死ぬって、何なんだろう?
「・・・ぃしょっとぉ・・・いたたたた」
「こらぁおっさん!まだ傷口が塞がったばっかなんだからじっとしとけよ!」
寝床から降りて歩き始めたガルシュ小隊長を幸いにもタカシが見つけて大声で注意した。注意されたガルシュ小隊長はむすっとして言い返した。
「何がおっさんだ、何が。俺あぁまだまだ若い。見くびってるんじゃねえよ」
その“おっさん”は眉間にしわを寄せ、口を尖らせる。でもどこか口調の機嫌がよかったし、薄いグレーの瞳は笑っていた。それに気づいて、タカシもくすりと笑いながら返した。
「無理するんじゃねえよ。また傷口が開くから・・・」
言いながらそこにあった木箱にどかっと座って、兵舎の窓の外を見た。どんよりと曇った空。あいつらは・・・アミリアとレンは・・・どっかに行っちまった。行くとしたらラライの町のアルジョスタ本部。
もう一回行く必要があるのかもしれない。でも・・・何をしに?
話をつけに?いや、違う。
何かを確かめに・・・?
だんだん分からなくなってきた。彼女が何をしようとしているのか、ペンダントのこととか、いろいろ知りたいことはあるけれど。
もっと知りたいのは・・・
「生きるって・・・一体何なんだろうな」
見ると、いつの間にかどこか優しい目をしたユウジが戸口に立っている。タカシはふうっと息を吐いてから彼と目を合わせて答えた。
「ああ、まったくの大問題だよな」
それを聞いて、もうひとつ大問題はあると思ったユウジは言った。
「・・・それを言うなら、死ぬって一体何なんだろうな」
複雑な気持ちが自分達を包み込んでいく。さまざまな疑問がとりとめもなく頭の中をどこからかどこへとよぎって、最後にはぐるぐる回りはじめる。
「さあ・・・」
謎の多いこの世界。いや、もとの世界も同じ・・・。
もとの世界。
俺達、一体こんなところで何をしているんだろう。いっそのことエリーに聞きに行くか?
タカシは木箱の上から立ち上がった。一回目を閉じてから、また開けた。薄暗い兵舎の部屋の中の一点を少しの間見つめ、言った。
「アルジョスタ本部を探そう。アミリアにもう一回直接会って聞こう」
「何を?」
ユウジは何を聞くのか分からなくて聞いた。確信めいたタカシのこげ茶の瞳が自分を捉える。その瞳は薄暗い中で不意にきらりと光る。
「ジルにはもう一回捕まえに行くとでも言っておけばいい。彼女を探すんだ。ついでにレンっていう城兵もな。ユウジ、明日出発だ」
「だから何を聞く・・・」
ユウジを遮ってタカシは喋り始めた。
「何かが・・・何かの考えがいろいろ頭の中をめぐってるんだ。エリーの“助けてください”って言葉は一体なんだったのか分かる気がしてきた。ネガサスたちのことじゃなくて・・・もっと違う何かをな。ジルでもないし、人々でもないような気がする・・・」
それでは恐怖から人々を救うのか?たとえ世の中を平和にしても彼らには死という恐怖が最後に待っている。ユウジは頭の中で誰かに問うた。人々をすべて消し去るのか?いや、そうではないだろう。この世界・・・いやこの星の生命はそれでも生きているんだから。消し去れば・・・いや消し去ることはできない。タカシがそばで喋っている。
「とにかく、その何かを探して・・・行こう、ラライへ」
そうか、エリーが俺達を呼んだのは俺達・・・いや地球人にしかできないから。何故他の人を選ばなかったのかと問えばそれは知らないけれど。ユウジは口を開いた。
「なあ、まだ広場のほうで死んだ兵士の死体の片付けやってるんじゃないのか?手伝いに行こう、っていうか俺達が生み出したようなもんだから・・・まずはそっちに行こう、タカシ」
「・・・ああ」
「おいおい、俺あぁ一体あんたらの中ではどうなってるんだ?今の話は難しすぎてわっかんねえなあ。あんたらいってえどっからきたんだぁ?かたづけならぁ手伝ってやってもいいんだがぁこの体じゃあなあ」
と、ガルシュ小隊長が突っ込んできた。そういえば、2人とも存在を忘れていてはっと気づいた。タカシがはっきり言う。
「おっさんは、何もせずに寝とけばいいんだよ。傷に悪いだろ?」
「おぉ、ありがとよ。あんたみたいないい奴には会ったことがねぇだ」
タカシは照れくさそうに頭を掻いた。それを見て、ユウジはふふっと笑った。
何かが動き出しているような気配がする。驚異的な何かが。魔物でもない。ジルは感じ取る。新たに活動を始めた邪悪な族でもない。ネガサスが動き回りだしてからというものそんなことは一切なかった。
本名ジアロディス=クロウ、略してジル。弟はレシフェル=クロウ、略してレン。本当は長かった名前。ずっと呼ばれ続けてきた名前だけが強く残っていて本名を忘れかけていた。
ラライで・・・何かが起こる。そんな気がする。
廊下の突き当たりの部屋の前、ジルは開けた窓から空を眺めた。肩から垂れているマントのすそが風にはためく。曇っているけれど雪も雨も何も落ちてこない。
これは誰かの気持ちなんだろか・・・レンか?アルジョスタの指導者アミリアか?はたまた事を起こそうとしている籠の中の金色の小鳥のエリーか?それとも・・・自分か。
廊下を誰かがこちらへ歩いてくる。ジルはそちらのほうを見た。たいていここへ来るのは将軍達ぐらいか、その他の部下か。大部隊隊長の場合もある。今日は・・・ああ、そうだった。弟の処刑日だった。たしか小部隊2隊に処理は任せてある。
「ジアロディス様、王様!」
よく見れば自分の側近のセナイだった。よく通る声で呼びかけてくる。表情が・・・ただならないものを感じさせた。何かあったのか?ジルは問い返した。
「何だ?どうかしたか?」
「・・・すみません、あの上級兵士には処刑を執行させたんですが、何処からか手助けが現れて兵士達をほとんど殺し・・・あ、あの、ガルシュだけを残して死刑人とともに去っていきました」
「・・・・・・」
逃げたか。悔しさといらだちともに、心のどこかに安堵の感があふれ出るのを感じた。そしてあの時と同じ、また侮辱されたような気分だった。
「・・・本当に申し訳ありません」
「もういい、セナイ。そんなことより今はアルジョスタのシルダ嬢のほうが先だ」
謝罪するセナイの肩に、ジルは手を置いて行った。弟が・・・とりあえず生きているのは気まずいし気分が悪いが、それでも弟なのだ。
弟に、レシフェルに生きる力をもらったような感じがする。彼が死ねばきっと、いや絶対自分は後悔していただろう。もう一度セナイの方を見ると、彼の唇が動くのに気づいた。
「・・・では、将軍のお2人にまたアルジョスタの指導者を捕らえよと報告を?」
「ああ。探し出して伝えておいてくれ」
「分かりました、ジアロディス様」
セナイが去っていく。自分より年上の癖にまだ若い背中、大臣の服。さまになっている。彼を見送りながらジルは考えていた。尊い兵士達の命を・・・たくさん失った。なんとしたことか。
アミリア・・・彼女は生きている者の命を取ることをどう思っているのだろうか?自分もかつてやったことだからこそ、今分かる。でも、ネガサスのことは違う。あいつらは生きている・・・
考えるな。思わず頭を振った。
明日出発してもらおう・・・タカシとユウジには。
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