8 南へ

「・・・そろそろ探さなきゃいけないわね、6つの書を」


「・・・えっ、何って?」


ラライのアルジョスタ本部。どこにあるかって?それは教えられない。ばれたらまずいに決まっているじゃないか。アミリアとレンは本部地下の一室で話していた。アミリアが何も知らないレンに色々ペンダントのことを話している。


「・・・ペンダントの力を使って何かをするにはそれらが必要なの」


「・・・それらって・・・具体的に言えば何?」


レンが、言ってることが全く分かりませんという風に聞く。アミリアははあっとため息をついてからまた説明し始めた。


「・・・あんたって本っ当に何も知らないんだね。いい?覚えといてよ。最も重要なのが、『統合の書』と『分断の書』ってやつ。その2つは南のイリスの町にあるわ・・・少なくとも町のどこかにね。それだけは分かってる」


「イリス・・・あの商業大都市か。あの街は広いからそれこそ隈なく探さなきゃいけないな。でもどうして君はその重要な2つがイリスにあるって知ってるんだ?」


「それは、以前父があそこの街に住んでいたときそれを使っていたからよ。今はもう空き家だから誰かが持って行ったってこともあり得るじゃない」


「何でクロウ家はその2つのうち1つを譲ってもらえなかったんだ?」


レンはふと疑問に思って聞いてみた。言ってみれば自分はその書の存在自体知らなかったわけだからだ。


「・・・もともとペンダントを持っていたのがレフィエール家だったからよ」


それを聞いて、単に自分の家に無かったからではないんだと彼は納得した。


「ああ、そうか」


「話を元に戻すわ。後の4つの書はそれぞれペンダントの属性の書って言うことになってる。それぞれ『光の書』に『闇の書』、『炎の書』と『水の書』っていうわけ」


「・・・そのまんまですって感じだな」


「あ・・・まあ、そうね。その4つはどこにあるのか分からない。たぶん『炎の書』は南東のデレスト砂漠にあるだろうけど」


アミリアの何故か確信めいた言葉に、何故そう言い切れるのかという疑問を彼はまた感じる。そして言った。


「なんであそこだって分かるんだ?」


「だっていかにも暑そうで炎って感じだから・・・いや、あはは、ちょっと違うかなあ。まあ知らないけどね」


アミリア・シルダ。何でもかなり真面目だと思いきや、こんなおちゃらけた面もあったのでレンは正直呆れていた。


「う・・・おい、いいのかよそんなんで・・・」


「あ?なんか言った?」


アミリアが反応する。ぼそっと言ったのが彼女に聞こえたらしい。レンは目をそらして答えた。


「いえ・・・別に何も」


その時、部屋の入り口の戸がコンコンと叩かれる音がした。アミリアがそれに透き通った声で答える。


「あ、どうぞ」


きい、と扉が開いて、背の高い男と女が入ってきた。男のほうは短い茶髪、女は赤毛だ。男のほうが控えめに口を開く。


「アミィさん、お呼びでしたか?」


話しかけられた彼女は、あっと声にならない声を出し、思い出したと言わんばかりに茶髪の彼と赤毛の彼女に答えた。


「ああ、ごめんなさい。忘れてた・・・はは。ごめんね・・・ラクス、アーシャ」


「それで、今回はどんな用件ですか?アミィさん」


アーシャと呼ばれた赤毛の女がそれに答える。見れば瞳は薄いブラウンだ。


「そう、そのこと。これから・・・行動を起こすときがきたわ。貴方達2人は私達について来てほしい」


2人とも何のことだか分からなくてきょとんとした表情になった。レンが口を挟む。


「まさか・・・今回の探し物の旅に連れて行くのかい?」


それを聞いてアミリアはうなずき、そのとおりだと言った。


「人数が多いほうがいいでしょ。それに2手に分かれて行くしね。前から決めていたんだけど」


そして戸口に突っ立ったままの2人をちらりと見て続ける。


「何より、道中変な生き物が出てくる可能性もあるし、アルジョスタ討伐が動き出している可能性もあるからね」






エリーは想いにふけっていた。


自分が物心ついたときから何年か経って初めてジルを見た。何らかの事故で足の骨を折って、母親が家に連れてきたのだ。自分とは1歳2歳ぐらいしか違わないはずだ。そのときはごく普通の、どこにでもいるようなラライの人だった。妹も含め、そのころはそれなりに仲もよかった。それから10年余り経って、ジルは・・・ジアロディス・クロウは自分達の両親を殺め、王位についた。そんな彼のことを色々知る自分は危険だと思われたらしく、ここに半ば強制的につれてこられた。


・・・私はここで何をやっているんだろう。ユウジとタカシにどうにかしてもらうつもりでも、自分の計画は大きすぎる。


この世界はもうすでに崩壊寸前だ。自分には分かる。妹はそろそろペンダント6書を探しに行くだろう。それが全て揃い、そしてその力で全てが、何もかもが終われば・・・


自分はこの生きる苦しみから解放される。


・・・いや、そうなのか?


生きていることはそんなにつらいのか?いや、死ぬのが怖い。それならば・・・何故生まれてきたのだろう。






この世界の創始者の声が、聞こえる。






壊れかけたこの世界を、誰か何とかして。






何かを犠牲にして、また再生させるか・・・






・・・あるいは、全てを崩し闇に葬るか。






この世に生み出したペガサスの存在が私を癒してきたのに。






それを崩そうとしている者がいる。






その崩壊と再生の力を誰か早く見つけて。私、楽になりたい。






私自身が・・・崩れ去ってしまうから・・・






それに、この世界を救うのは私と同じ人種しかできないから・・・






お願い、早く。






エリーは気づいていた。彼女の叫びが頭の中から聞こえていた。


何故かと聞かれれば、それは彼女の血筋。『シルダ』の性が呼び起こした力なのだから・・・。


ユウジ、タカシ、分からないならあかがね色の本を、アリウル歴史書をもう一度開いてみて。最初の面を見て。答えはそこに全部書いてあるから・・・エリーがふとそばの机を見ると、紙の切れ端とペンがあった。






「エリーから?何て?」


タカシが、たった今エリーからの手紙を読んだユウジからその文面の内容が何なのかを聞いた。ユウジは驚いているそぶりも見せずにポーカーフェイスのままタカシに文面の中から衝撃的なことだけを言う。だがその声は明らかに上ずっていた。


「・・・信じられない。アミリアの仲間になれだとよ」


「何だって?エリーは・・・一体何を考えてやがるんだ」


「・・・彼女、何かを感じ取っているのかもしれない・・・とても驚異的な何かを」


タカシが熱くなりかけるのを制してユウジは言った。確かに、この内容からして何かの力を感じ取れる。タカシは一息おいてから聞いた。


「驚異的な・・・たとえば何だ?」


「さあ・・・エリーにしかわからないことなんだろう」


ユウジは何かが附に落ちないという表情をしていた。眉間に縦皺が1本よっている。瞳には疑問の念が抱かれていた。しばらくたって、彼は顔を上げていった。


「・・・ここに書いてあることを信じよう。まずはアルジョスタに向かおうか」


大して驚きもせずにタカシはそれに答えた。


「・・・行くのか?」


「ああ。何か行動しないと何も変わらない・・・」


その通りだろう。今彼らの瞳には決意が宿っているのだから。


でも、彼らは一番大切な部分を読み落としていた。


“アリウル歴史書をもう一度読んで”






アーシャとアミリアはデレスト砂漠を歩いていた。灼熱の太陽が容赦なく照りつけ、体力を奪っていく。水はもう袋の中から尽きようとしていた。アミリアの水剣セザーニアは負担がかかるため無闇に使えない。アーシャが喘ぎながら呟く。


「・・・ああ・・・暑い」


「・・・仕方ないじゃない、あたしはこれでもまだ序の口だと思うわ」


「・・・どこまで続くんでしょうね・・・この砂漠は・・・」


「・・・果てしなく続いているわよ。大陸の果てまで」


「・・・どこまで歩けばいいんでしょうね・・・」


「・・・南都レストアまで歩けばいいんだから果てまで行かなくても結構よ」


「・・・何で歩いているんでしょうね・・・」


「・・・魔物を跳ね除けて6書のうちの何冊かを見つければいいのよ」


「・・・いつになったら辿り着くんですか」


「・・・知らないわよ。それより周囲に警戒しときなさい」


アミリアはこれからさらに起こるであろう事を予測して言った。本当に何が起こるか分からないからだ。すでに彼女らは砂漠の砂の中から這い出てくる何匹もの巨大な虫たちと戦闘を重ねてきた。アミリアは水剣を抜きっぱなしだ。アーシャは槍を巨大サソリに折られて、今はただの棒と槍の切っ先と取るに足りない小さな短剣しか残っていない。そのただの棒は今彼女が杖にしている。


「・・・ねえ・・・アミィさん、水剣セザーニア使ってよ・・・」


「・・・アーシャ・・・あんたのためにさっきも使ったじゃない」


「・・・アミィさん・・・水の精セノプス呼んでよ」


「・・・出来ない・・・全部の呪文を知っているのはレンだから」


「・・・アミィさんなら出来ると思ってたのに・・・」


「・・・出来ないもんは出来ないでしょ・・・我慢しなさいよ」


アーシャはあきらめて黙りこくって歩き続けた。喋る体力は歩く体力に使ったほうがいいからだ。レンも連れてこればよかったのに、というのは言わなかった。それならばレンとラクスが行けばよかったのに、というのも言わなかった。そのかわりアミリアが口を開いた。


「・・・ああ・・・砂漠のど真ん中の南都レストアはどこだ?」


「・・・まだまだだね・・・アミィさん・・・」


「・・・暑い・・・!どこかにオアシスがあれば・・・」


「・・・アミィさん・・・ありませんよ、かけらも見当たりませんよ」


「・・・アーシャ、後ろに気をつけてね・・・」


「・・・ほえ・・・?」


ぐでっとしながら構えるアミリアに注意されたアーシャが振り返った先には、何と巨大なムカデが壁のようにそそり立っていた。一つ一つの足の間隔が長い。でかい。予想以上だ。ありえない。


「のあああぁぁぁーっ、でたあ・・・ぁ」


アーシャが叫んだが、体力の限界で声は最後に弱くなって消えていった。アミリアがすかさず喝を入れる。


「ちょっと、あんたがそんなんじゃあ逃げようにも無理じゃない!立ちなさいよ!」


どうやら巨大なムカデを目の前にして、アーシャは体力不足と暑さのためぼーっとして戦う気力をなくしてしまったようだった。目がすでにうつろだ。アミリアはさらに喝を入れようとしたが、そんなことしていたら自分までやられてしまう・・・アーシャも危ない。


ふと自分達の足元が暗くなったのでアミリアが頭上を見ると、大ムカデが牙をむいて猛スピードで迫ってくる。アーシャが目を飛び出んばかりに大きく見開く。刃物より鋭そうな牙がずらりと並ぶ大きな開口部がすぐそこまで迫ってくる。


アミリアは牙が自分の腹に食い込みかけるのをかわそうとしながら水剣セザーニアを急いで頭上に掲げた。アーシャも危うく顔に刺さりかける牙をかわそうとしながら折れた矛先を口めがけて構えた。


「・・・しょうがない、我らに天の恵みを!セザーナ!」


「食らえ、必殺折れたが矛先飛ばし系!飲んで中に刺さって死ね!」


剣先から大量の水が迸り出る。かつてレンを救った聖なる水が砂漠の砂の中にたちまち染み込んでいく。すぐそばで以上に進化した牙をむいて大口を開けて2人に襲い掛かろうとしていた大ムカデにも水は容赦なく降りかかった。アーシャが水の感触に目を閉じる。


そのムカデの開口部に、アーシャが飛ばし系で投げた矛先がぎらぎら照りつける太陽の光に、キラリ反射して吸い込まれていった。大ムカデはそれを飲み込んだ。アーシャが声を上げる。


「・・・もしかして、やった?」


「・・・甘いな、アーシャ・・・」


アミリアが、引きつった顔で異物が体内に入った大ムカデを見上げた。のた打ち回るそれは、どこか急所に矛先が刺さったのか痙攣して、あろうことか2人のいる方向へ倒れ始めた。アミリアはうわあっと声を上げてからアーシャに向かって叫んだ。叫びながら横によけるため走り出す。


「逃げろ、横へよけたらいい、とにかく下敷きになるな!逃げろ!」


「・・・ほえ、ええええええぇぇぇぇぇぇぇ!?」


アーシャが奇声を上げた。そのまま大ムカデはアーシャの上に影を落としながら真っ直ぐ落ちてきた。そのまま、アーシャと大ムカデの影が重なった・・・


「・・・あ、アーシャ!アーシャ!」


アミリアは叫んだ。アーシャが下敷きになった。


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