1 陰謀

空中飛行している間、何か知らないけれど悠司は思い出していた。


自分が住んでいるおんぼろ家の、ただの一度も入ったことのない部屋について。


いかにも古そうな木の扉に、銀の取っ手のついた入りにくそうなところだ・・・この使命が終わってもとの世界へ帰ったら行ってみるか。そんなことを思いながらウィリンの手綱を曖昧につかんでいると、


「ユウジさん!落ちますよ!」


エリーに注意された。はっとしてもう一度手綱をしっかりとつかみ、ほっと一息ついたところで再び上空を見てみた。黒い影が3頭、頭上をまだ回っている。


「いったいいつになったらあいつらどっか行くんだろう・・・」


何気に隆がつぶやいた。いや、この世界ではカタカナ名前が多いからタカシとでもしておこうか。


「あれは・・・今だから言えます。闇の帝王ジル・クロウの仕業です」


「はあ、ジル・クロウ?誰だそれは・・・」


「聞いて。あの人・・・帝王は・・・アリウルの王国をのっとっています」


タカシが突っ込んだのをさえぎって、エリーは言った。


「それはまた何故に?」


「・・・8年前くらいからでしょうか。ラライの町から―」


「そのラライってなんだい?」


「後で説明します。ラライの町からその男はやってきました。黒髪を後ろで束ねた・・・純ラライ族の末裔です。そのとき彼は15歳だといいます・・・。ラライ族はこの大陸の北東に町を置き、彼らの虹彩は虹色にひかり、髪は漆黒です」


またもや話を中断させたタカシをさえぎり、エリーは続ける。エリーがタイミングよく息をおいたので、ユウジは一応・・・と思いながらタカシに突っ込んだ。


「タカシ、お前ちょっとだまってろ。話をさえぎるな」


「そのラライ族の末裔・・・こともあろうにその町で一番の能力を誇るクロウ家から皇都アリウルまできたのです。そこから・・・彼は私たちの父親と母親を・・・王と王妃を商業大都市イリスへ追放、自分は王になってペガサスへの仕返しを・・・ここではテガサスですね、始めたのです」


どうやら今の話では、黒いのをネガサス、白いのをテガサスというらしい。エリーはまた一呼吸置いて話を続ける。


「ジル・クロウはペガサス・・・テガサスから何らかの迫害を受けたらしい。そんなことを聞きました。いつか仕返しをしてやると・・・その話を聞いたとき私は父親の2番目の女の所にいました」


「ちょっとまて。一体君の家系はどうなっているんだ?」


ユウジは頭の中がごちゃごちゃになって尋ねてみた。まったくジル・クロウだのテガサスだのネガサスだのわけがわからない。


「あー・・・すみません。・・・とりあえず、私は今21歳。私の父はアリウル王でした。父の最初の妃は私の母親、その1番目の母親は地球からなんらかの事情でここに来て皇族となりました。そして父は私が4歳のとき離婚して2番目の女と結ばれました。その2番目の女はアリウルのハーフです。そして、私には母親違いの妹、アリウルのクォーターがいる、と。ここまでわかりました?」


エリーはもう一度自分なりにわかりやすく説明した。そしてさらに言葉を続ける。言いたいことがたくさんあってしょうがないのだ。


「わかったから、続きをよろしく」


ウィリンが大きく翼をはためかせる。ユウジはガクガクゆれたが、先をせかした。


「そして、8年前・・・私が13歳、妹が8歳のとき・・・ジル・クロウはこともあろうに現れました・・・私たちの前に。そして私たちをイリスへ追いやり、誰が見ても完璧と思われる偽の国王一家追放処分の理由をあかし、自分が権力の座についた。そして・・・それからです、白いペガサスたちが彼の手によって漆黒の堕天使へ変わっていったのは。もう・・・残りはこの3頭だけになってしまいました」


ということは、今俺たちの頭上でぐるぐる旋回しているやつらは、ジルによって黒く変えられたペガサスたちだったのか!ユウジは、驚きを隠せなかった。


「私たちはイリスの小さな家に住み、義母は優しく不自由のないようにしてくれました。しかし・・・それから2年後・・・つまり、今から6年前・・・私たちの両親は・・・私が出かけている間に・・・殺されました」


「・・・そんな」


エリーはもう半ば放心状態で手綱をもっていた。あまりにも危なっかしかったのでユウジが注意した。


「おいエリー、気をつけろ、落ちるぞ」


エリーははっとして、手綱をぎゅうと握り締めた。ふうとため息をついてからまた話しはじめる。


「本当です、すべて・・・。私が戻ってきたとき・・・テガサスが家の前で血を流し倒れていて・・・妹はどこかへ消えていました。家宝の竜のペンダントと共に」


「・・・もしかしたらその、君の妹さんがペンダントを使ってテガをやっつけたんじゃ?」


タカシが耐え切れなくなって質問を口にこぼした。エリーはわからない、と答えた。もうすぐアリウルの都です、とも言った。そして、最後にこう付け加えた。


「・・・ただ・・・ただ、生きていたらと、願っています。あのペンダントがあるのですから。言い忘れていましたが、私の父は民間ではアリウルの王シルダ2世と呼ばれていました」








城壁が高くそびえ、3つの塔が中心から突き出し、正面の大窓がステンドグラスの壮大な城が目の前に見えた。・・・とにかくデカい。


「あれです、城です・・・ラ ハルド、ウィリン、ナール、レギュラス」


エリーが何かなぞの言葉を口にした時、3頭がいっせいに城門に向かって降り始めるのを2人は感じた。エレベーターの、あの感じだ。タカシが彼女に質問する。


「なあエリー、今のどんな意味?」


「今の『ラ ハルド』は、『降下せよ』という意味です。私たちラライの―」


言いかけた瞬間、エリーの体が硬直した。不気味な黒い光が彼女を包み、操り人形が引き寄せられるように不意に全員を乗せたテガサス3頭が城門へ急速に引っ張られだす。


「エリー、一体どうなっているんだ!?エリー!?」


ユウジはエリーに向かって叫んだが、反応がない。人形のように表情も動かず、さっきの状態のままだ。代わりにどんどん空から引き摺り下ろされていく。


「まさかあのジルとかいうやつが操ってんじゃないだろうな」


タカシが疑問符を文章につけて叫んだ。ユウジがそれに答える。 「そ、そんな!妖術使いなのか、ラライの民は!」


もう地面まであと数百メートルもない。この調子ならあと8秒で・・・


「エリーはそんなことひとつも言ってなかったぞ、おい?」


2人は大声でわめき叫びながらなおも地上に向かって下ろされていく。いや、落ちていくと言ったほうが正しいかも知れない。ユウジは隆に向かって叫んだが、途中で衝撃が全身に走った。


「言ってなかっただけで・・・エリーはラライでもなんでもないじゃないか!ただ知らないだけかも・・・っ!のわぁっ!?」


「そうだ、客人。あれは・・・ラライに伝わる古来からの言葉だ」


見ると、城門の目の前に下りていた。手綱どころかテガサスの首にしっかりつかまっているユウジとタカシを見て、エリーが言ったとおりの端正な顔立ちで漆黒の髪を後ろで束ねた男がそう言った。長い純白のマントを羽織っている。


「彼らの背中から降りたまえ。そして、入城してもらいたい。ちょうどよかった」


「何がよかったのか知らないが、あんたがジル・クロウか?」


我慢のできないタカシが男に向かって言った。男はレギュラスの背中からエリーを下ろし、抱きかかえてこちらに向き直った。


「・・・そのとおり。私がジル・クロウだ。彼女は・・・エリー・シルダはこの城で私に仕える身だ。わけあってここにきた・・・さては私の正体をばらしたみたいだな、彼女は」


まるで耳の中から音が全部吸い取られたような気分だった。まわりの音が聞こえない。ジルの声しか聞こえない。言われたとおりにしたほうがよさそうだ・・・ユウジがそう思いながらヒラリとウィリンの背中から飛び降りた途端、待ってましたといわんばかりにウィリンは彼方の空に向かって大きく翼をはためかせ、一目散にどこかへ駆けていった。


「ちっ・・・損なったか」


つぶやいたジルを見ると、レギュラスの手綱を右手にしっかりと掴んでいる。エリーをもう一方で器用に抱えていた。


「・・・おい、降りたらやばいと思うか?」


タカシが小声でユウジに聞いた。ユウジはかぶりを振った。そしてこちらも小声でこう付け加えた。


「・・・どちらにしろ、ナールはネガサスにされてしまうさ。それかお前が殺されるか・・・」


「・・・見えきったことなのか?じゃあおれはナールに乗って逃げ・・・」


「従ったほうがいい。・・・どっちみち逆らったら殺されるぞ」


「そなたは物事がよくわかっている、立っている人」


そう言ってジルは顔に笑みを浮かべた・・・女だったら今ので一瞬で恋に落ちていただろう。それにしてもこんな小さな会話が聞こえているなんて思いもしなかった・・・。


「あ、どうも・・・」


つられてユウジは返事をしてしまった。ジルはさらにふふっと笑って、こう付け足した。


「早く降りたまえ、いつまでもつかまっていないで。それと残ったテガサスをつれてきてほしい。1頭だけだがな」


そこで彼はタカシが降りたのを確認すると、2人に背中を向けエリーを肩に担ぎ、開いた城門の奥へと歩いていった。エリーとレギュラスを連れ、マントのすそを翻し、奥に消えた。


「ねえ・・・ジル様って素敵よねえ・・・」


不意に、耳に音が戻ってきた。あたりが騒然となっている。ざわざわというアリウル都民の声。ユウジはまわりを見回した。


「ええ、ホント・・・まだあれで23歳らしいわ」


今のジル様じきじきのご登場に、集まっていた女たちがいっせいにわいわい騒ぎ出したようだ。皆自分たちと同じような・・・ちょっと民族っぽい、ヨーロッパっぽい服を着ている。どこかの民族のような・・・ユウジはそんなことを考えながら城門へ1歩踏み出した。


「23!?化け物・・・物の怪・・・おっそろしいぃ」


タカシがそういってぶるっと一瞬震えた。ユウジだって殺されたくはない。・・・だから、ナールの手綱を掴んでいる相棒に向かってこう言った。


「・・・行こう。お待ちかねだぞ」


・・・何が起こるかわからないこの城で、一体何を言い渡され、一体何をされるのだろうか。はたまた、一体何をやらされるのだろうか。2人は何もわからないと同時に、強い不安を覚えながら城門の中へ足を踏み入れていく。


ただ、エリーは無事であってほしい。まだ知りたいこともたくさんあることだし。竜のペンダントのいわれも、エリーの妹のことも。


ユウジとタカシは、それでもなお進んでいく。


何が待ち受けているのかわからずに。


奥の部屋に2人と1頭で進んだところ、ジルが玉座についていて、彼らを見るなり不敵な笑みを浮かべ、こう言った。


「彼女は寝室だ。さて、そなたたちには使命を果たしてもらいたいのだが、どうだろう?」


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