屋上
逃げてはいけない、現実から眼をそらしてはいけない、相手に強く立ち向かっていきたい。
だけど、人生はそんなに甘くない。
「・・・なんだよ、こんなとこに呼び出しておいて」
屋上はちょうどいい風が吹いているが、空は曇り。
「ス・ト・レ・ス・解・消・だ・よ」
そう言って倉田が哲哉に顔面パンチをお見舞いした。
「うっ・・・」
哲哉はその場に倒れた。
「さっきの御礼もしなくちゃね」
武内も近藤もやる気満々だ。その後ろに藤田が呆然と突っ立っている。
そろそろ自分がどうなるか見えて来た哲哉だった。
「えいっ、これでもっ、懲りないのっ、こいつっ」
ブスの武内の蹴りが体内に響いて、哲哉はまるで投げあいっこされているボールの中に入ったみたいだった―――そこに近藤の上靴の足が腹の上に乗った。
「いってーな・・・ちくしょおぅ・・・」
立ち上がろうとしても立ち上がれないところに斉藤の蹴りがみぞおちの近くに入った。
レバーが捩れたようだった―――痛い―――
哲哉は両手を地面についた。必死で立ち上がろうとした。
「お前こっから飛び降りてみろよ。そしたら許してやるぜ」
倉田が言った。
そんなことしたくない。あいつらの命令に従ったら思う壺だ―――でもこいつらは俺が飛び降りるなんて思っていない。
「どうなんだよ」 ブッコワレタ声で斉藤が言った。
いっそ飛び降りてしまったほうがいいのかもしれない―――奈緒、奈緒はどうするんだ。
俺はこのまま方向を間違って死ぬのか。それとも軌道修正できるのか・・・どうなんだ!
「・・・おまえら」
「なんなんだよ、もっとはっきり言えよ」
「・・・お前ら、いじめられるほうの気持ち分かってんのか」
「分かってるか?俺なんか分かる前にいじめられたら殴り返しておしまいだからな」
「もうおしまいだな」
「お前がか、それはよかった」
「おまえが、だよ。馬鹿いえ」
「なんだとぉ」
そこで哲哉は隙を見つけて起き上がった。さらにこう言った。
「人の気持ちが分からないようだったら人生おしまいだ、お前がここから飛び降りろ」
「黙れ、この役にも立たないようなゴミめが」
「うっ―――」
みぞおちに入れられた―――哲哉はそのまま気を失った。
「さ、こんなのは屋上のてっぺんから落とそうか」
「やめとけ、俺らが捕まるだけだ」
「え、でもまだ14歳じゃあないじゃない」
「親がうるさいだろ。さ、行こうぜ」
「ちょっと待て、俺顔面殴ってからいく」
斉藤が思いっきり哲哉の頬にパンチを食らわせた。でも、哲哉はそんな刺激を感じ取れるどころではなかった。
「ホームルーム始めるぞー・・・あれ、また 川田休みか」
「休みです、休み」
倉田が言った。斉藤が、
「荷物・・・」
と言いかけたが、それを
「しっ」
と言って近藤が口止めした。
「何だ、何かあるのか」
と若いクラス担任の山口が探ろうとするのを
「いえ、何でもありません」
と言って武内がごまかした。
「・・・おかしいな・・・荷物あるじゃないか。何処行ったんだあいつは・・・」
そこで斉藤が言った。
「自己嫌悪に陥って屋上にでもいるんじゃないですか」
(ばかっ、墓穴掘ってどうすんだよ)
倉田が後ろの席にいた斉藤を振り向いて囁いた。斉藤はあっと声にならない叫びを上げた。幸運にもその時山口はなぜか教室の黒板を振り向いていた。
「・・・じゃあ探しに行ってくるからその間まっとれ」
バアンと大きな音を立ててドアを閉め、山口は早足で上の階へ向かっていった。
「どうする、やばいじゃんかよ」
「やっぱあそこでやらずに放課後にやっとけばよかったかもな・・・」
いまさらそんなこと言ったって後の祭りである。
今日、奈緒は自室でゆっくりすることにしていた。哲哉のことを心配しながら。
今どうしているだろう、またひどいことされてないか・・・母親みたいに心配し続けている。
「う・・・・・・」
哲哉はまだ屋上にいた。気づいたのは割と早かったようだ。見ると、左腕に青黒いあざができている。
「・・・はあーぁ」
意識を失う前のことを思い出したのがあまりにもしんど過ぎる。もういやだ。
あいつらの言うとおりにここから飛び降りてもよかったんだよな・・・そうすれば少しは楽になっていたかもしれないのに。
「教師来たらやばいから逃げよ」
そんなことを考えて、哲哉は歩き出した。
人はいやでも前に進まなければいけないときがある。
それを避けていてはだめだ。
たまには後ろを見るのもいいけれど、ずっと見ていたらしんどくなってくる。誰だってそう。
しっかり前を向いて、さあ、歩き出そうよ、力強く。
階段を下りる。見つからないよう用心して。
もしここで教師に見つかったらあいつらも俺も面倒なことになる。
うっとうしいことはもうたくさんだ。
後は教室にいる教師の難関を突破せねば。
がらりと音を立ててドアを開けた、そのときは教師はいなかった。
「おい、途中でだれにも合わなかっただろうな」
倉田が言った。
「会わなかった、それだけでいいだろ」
「一言余計なんだよ」
その言葉に哲哉はプッと吹き出した。
「なんだよ、何笑ってんだよ」
「可笑しい」
「おかしいのはそっちだろ」
なにやら勘違いして倉田が言う。それは無視しておいて、哲哉は席に着いた。その時、山口が帰ってきた。
「あれ、川田・・・お前いつの間に帰って来ていたんだ」
「トイレに行っていました」
「なんだ」
実はこのとき、倉田たちは内心ほっとしていた。哲哉がうまくはぐらかしてくれたことに・・・。
奈緒は待つ。哲哉の状態を確かめたい。
同時に、ちゃんと前に進んでいる彼を尊敬していた。
そして思う。やっぱり、夜が明けたのだ。彼の心に。
そう思うと安心した。
それは奈緒の自己満足か何かに過ぎないのである。
でもやっぱり現実はそう甘くない。
哲哉は自分で感じていた。
何かが起こる、そういう気配。
不思議と自分でもちゃんと分かっていた。
恐れてはいけない、これから起こることは全部自分の中で受け入れて行きたい。
自分が成長したような感触だった。
本当にこれから起こる事を受け入れていこう。
「呼び出しかよ」 屋上の一番開けたところ。終業式の終わりはさえない日光が降り注ぎ雲の多い、うっとうしい天気。
「もうちょっと楽しませてね」
武内も近藤も藤田も・・・倉田、斉藤、鈴田、その他3~4人がいる。
「卑怯な奴らだな」
言い放った瞬間、痛みが右頬に走った―――。
「覚悟しろ」
近藤が言い放ったところだった・・・
と、いきなり藤田が、
「この浮気者っ」
叫んで哲哉を殴り倒した。どうやら長い間積もりに積もっていたものが全部ぶっ飛んでしまったらしいと見る。同時に、グループは哲哉にジャッカルのように群がり、全員で袋叩きにして、獲物の息の根を止めようとしているようだった。
「お前なんか死んだほうがましじゃ」
「―――うぅ」
「根性腐ってんだよこのゴミ」
「死ねよ」
「とっとと帰れ、この―――」
「お前なんか生きていたって誰も喜びやしないんだよ」
奈緒が―――いるのに。
「あの女とでもつるんでいろ」
「そうだよ」
痛い。全身の感覚が麻痺しているようだ。
蹴られるのって、こういうことだったのか・・・?
「死ねよ、ボケ」
「腐ってる」
「まだ足りねー、もっとやっとこ」
「サンドバッグだったっけ、何かそういう類のやつみたい」
「ははは、もう生き物じゃねえな、こいつ」
まるで、飢えに飢えた肉食獣の群れのように―――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます