文化祭の日におつかれ

私は、真里奈。この春、私たちは中学生になった。


さざなみのごとく過ぎていった小学校時代を振り返って私は思う。何でこんなにあっさりしているのだろうか?転校してきてからも楽しかったことは楽しかったが、何かが違うような気がする。


もっとわいわいがやがやとした活気のあふれたような大イベントはないのか。そもそもそんなことあるのか、この中学に?


「あるさ、真里奈。期待しといたほうがいいよ、あたしここの学校の文化祭行ったこと何回かあるけれど、超楽しいんだから」


さっき思ったことを友美に言ってみたら、こんな反応が返ってきた。


「・・・ふーん?」


嬉しいことに今年私は友美と同じクラスになっている。ついでに私に振られた由良も。


「由良にとっては大チャンス!だね」


「何が?」


「んもう。真里奈ってば鈍い」


彼女はふざけて言いながら私の肩を叩いた。


「はあ・・・?」


「由良にとっては、真里奈にアピールするチャンス。だからあいつ実行委員に立候補したんでしょ」


「はー、そういうわけか。べつにどうでもいいけど」


小学校の修学旅行のとき、彼は廊下で私に告白した・・・今思ってみればそれのせいで私は由良が気になって仕方がない。その時友美は彼のことを狙っていたそうだが、中学に入って方向転換、1ヶ月で彼氏を作った。


みんな、私たち(由良と)の今後を楽しみにしているようだが・・・?


文化祭、あと1ヶ月。私たちは何をするんだろう?それは、実行委員にかかっている。






「はいはい、だ、か、ら、静かにして!」


教室の中はわいわいとうるさく、収集がつかなくなっている。


「しずかにしろー、このやろう!」


由良は一人でとまらないお喋りの大洪水に逆らって話しという名前の部隊を進めようとしてどなっている。第三者が見たら何て言うだろうか。その様子を見ていた私はつぶやいた。


「なにやってんだか」


「ほんと、そうだよなあ」


私の隣で榊原がボソッと相槌を打った。何処にでもいるような平凡な男子である。ただ、顔は結構よかったような・・・気がする。今は頬杖を付いている。そうするとぼんやり開かれた目の奥が幼く光る。


「何、聞いていたの」


「だって聞こえるものはしょうがないだろ?」


そこで彼は頬杖を解除し、私を直視して言った。瞳が黒く光った。


「例えばこのうるささとか?」


「・・・これは論外」


「由良も可哀想に」


「あれは統率力がないだけだろ?」


「・・・あんたはそこまで言うか。じゃあこれを静かにさせてみろ」


「あいあい」


榊原はめんどくさそうに立ち上がると掃除道具入れの中から箒を取り出した。誰も気づいていない。


「ちょっと騒がしいが我慢しろよ」


そういって椅子の上に立ち、箒を反対に持って振り上げた。


突然、がんがんがんっと金属と木の音が混じったような大きな音がした。それと同時に彼は怒鳴った。それには威厳と剣幕があった。


「ほら、うるさい!静かにしろ、今はロングホームルームだが一応授業中だぞ!けじめをつけろ!」


とたんに教室は水を打ったようにシーンとなった。彼は放棄の柄の先を由良に向けて言った。


「はい、由良、やり直して」


そして榊原は掃除道具入れに箒を返して、さっきと同じように頬杖を付いて椅子に腰掛けた。私はそれを見てすごい、と思ったのだった。そして由良は何か思いついたようだった。






喫茶・榊原。何だそのネーミングは?文化祭当日つまり今日、何で、と聞いた私に、「あの時教室を一気に静かにした統率力のある男としてネーミングに使わせてもらった」と由良は言った。


「はあ・・・」


「英雄榊原。それしかねえだろ」


由良はいつものことながら私と目をそらして喋る。やっぱりあのときのことが響いているんだろうか?


「あんたがなさけないよ」


「世の人々はみんなそう言うんだなあ」


由良はぼそっとつぶやいてやっぱり私から目をそらした。


コーヒー、紅茶、オレンジジュースにパウンドケーキ、シフォンケーキ、サンドイッチなど。


「12時になったら交代ね、真里奈」


友美と適当な会話を交わしながら私はあと少しになった準備を進める。


「うん」


当の本人・榊原はマスター席であくびをしている。何でマスター席なんだ?


「後6分で開店だから、それまでにちゃんと用意しとけよ、みんな」


榊原はあくびをし終えていった。


「はーい」


私はあまり気のない返事をした。


「あ、あ、あのさ、あれさ、えー・・・なんだっけ、真里奈ちゃん」


「・・・何?」


同じクラスの種田裕香が少々どもりながら尋ねてきた。


「あのー、もしまだ開店している途中なのに全部売り切れたら・・・どうするの?」


「・・・誰かさんにコーヒーや紅茶のパックとジュース買ってきてもらう。・・・でいいんだっけ?榊原」


由良が返事をした。そして榊原に確認した。


「ああ、それでいいんじゃねえのか」


榊原はそっちの方向を向かずに行った。よほどめんどくさかったのだろうか?


それにしてもなんて意味の無い会話だったんだろう、今の。


「あ、ついでにもうそろそろドア開けとこう」


榊原はふと気づいたように言った。9時6分前だった。






「あ、またお前か」


「またあんたなの?何か今日はしょっちゅう会うね」


午後2時。屋上への階段で由良と会った。


「何か交代終わってからどうすりゃいいのか分からないよなあ」


邪魔にならないように端っこによってから私たちはくだらない会話をしていた。


「どっか回っとけば?」


「もう全部回った。幽霊屋敷も体育館でやってるアミューズメントも全部」


「じゃあうちの店に戻っとけばいいじゃない」


「・・・でも今は勤務時間じゃないだろ」


「あ、そ。じゃ、ばいばい」


さっさとくだらない会話を切り上げて私は階段を上り始める。屋上に行きたい。暑い。


「え、ちょっと」






屋上は涼しかった。昼間の肉体労働で汗をかいた体が冷やされていく。


「で、屋上って立ち入り禁止じゃないのか?」


彼は大胆にも私の半径1メートル以内に入ってきていた。


「・・・なんでついてくるのよ」


私が屋上の柵にもたれかかったまんまそういうと相手は困って赤くなり、それからうつむいて言った。


「ちょっと気になるだろ」


「ま、いいけど」


それっきり会話が続かない。困る。こんなところで二人っきりだったら相手を気にしてしまう。


「あのさ、あの時覚えてる?」


不意に由良は口を開いてこんなことを言った。・・・ほらやっぱりこっちを向いていない。


「あの時って・・・小学校の修学旅行の時?」


「そう」


覚えている。あの由良の悲惨な敗北・・・


「あのさ・・・今、お前好きなやついる?」


「いないよ」


「・・・じゃ、まだまだだな」


「何が?あ、私そろそろ下降りるけど」


もう十分涼しい風に当たったので私の体は少々冷えてきていた。


「待っている甲斐があるんだ、そのほうが。俺は待ってるよ、お前が振り向いてくれるまで」


由良はそういい残して走っていき、私より先に屋上のドアを閉めた。


「ちょ、ちょっと待って」


私はあわてて彼の後を追った。何も言いたかったことがあるわけじゃない。というかさっきの言葉の何がどうなのかよくわからなかった。とにかく本能的に彼を追っていた。


「由良!待ってよ」


私が下を見ると、彼は屋上の手前のドアの位置から見える3階の、教室の続いている廊下から、その下の2階と3階の間の踊り場へ続く階段を駆け下りているところだった。


と、その体がふわりとよろけた。ちらりと見えた表情は少し驚いているように・・・


「・・・え?」


そのままきっかり3秒待って、どさっという鈍い音が聞こえた。






私はあわてて踊り場のほうへと階段を駆け下りた。


信じられない光景だった。血が、広がっている、その広がりの中心には由良の頭があった。目が閉じている。彼の体が動かない。


「救急車!誰か救急車呼んで!今すぐ」


私は叫んだ。さっき私に待っているといったはずじゃないのか?2分前には私と喋っていた相手が。周りでうわあとかきゃあとか死んだのかとか聞こえてくる。でもその声はは耳を貫通してもう片方の耳から抜けていく。


「起きてよ」


私は由良に語りかけた。


「起きてよ、ねえ!あんたさっき私になんて言った?」


彼の背中をゆすったけれど、何も反応がない。このまま逝ったら・・・


「待つって言ったばっかりじゃん!」


思わず涙がこぼれた。救急車のサイレンが聞こえてくる。間もなく、担架と一緒に白い服が見えた。






君は、眠る。そして暗闇の中で目覚める。次に君は歩き出す、暗闇に向かって。次の瞬間、見知らぬ手が自分を引っ張っているのに気づいただろうか。


『こっちじゃないよ』


引っ張られていくと光が見える・・・あれ、この体の痛みは何。なんだか頭も痛いぞ・・・?






「起きた・・・?」


由良が目を開けた。ここは何処?って言う顔だ。そして何でここにこいつがいるの、って言う顔だ。そういえば・・・俺はウェイターやってたっけ?って言う顔だ。ついでに今彼は頭に包帯をぐるぐる巻いている。


いかにも何か言いたそうな顔で彼はこっちを向いた。そして私の涙に気づいた。


「何で泣いてんの」


「だって、あんた・・・かい、階段・・・から落ちたんだよ?・・・自分・・・で分からなかったの?」


「いや、何か俺頭痛い」


「そりゃそうだよ、頭打って血が出たんだから。私あんたが死んだかと思った、だってあれからちっとも動かないもん」


「・・・・・・」


「はあ、でも安心した」


私はちょっとでも笑顔を見せようと無理に笑ったつもりだった。でもでもまさか階段から落ちるなんて・・・


「ごめん、心配かけた」


ベッドの上で起き上がり、頭を押さえて彼は言った。痛みに耐えている。私の横には彼の母親が、医者が、看護士がいた。彼の母親が口を開く。


「ちょっとお母さん外に出てくるからね」


その言葉と一緒に医者も看護士もバタンとドアを閉めて行ってしまった。


二人っきりになった。さっきのは・・・気遣ってくれたのか?


由良が、私を直視した。私は、そらさなかった。彼は私の右手を握った。そして言った。


「ごめんな、ありがとう」






後日談はない、みんなの間で噂になったのはあの時の事故の話。その5ヶ月後、由良は復活して以前より元気になったような気がする。


私といえば、彼をあの時以来まだ待たせたままである。



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