僕が始めて彼女に会ったのは

僕が始めて彼女に会ったのは、入院して5日目だった。

足の骨がポッキリ折れてうめきながら病院に直行。

そして今は天井から左足をつるしている。



僕はキリスト教信者だ。家族も親戚もそうだ。

母いわく一族が江戸時代からの隠れキリシタンらしい。

何をそこまで必死に伝えようとしたのか。疑問だ。



骨折した理由を言おう。

教会の階段から落ちた。

というか、つまずいた。

たった12段しかないけれど、甘く見てはいけない。

そして、思ったこと。

入院中は牛乳をたくさん飲もう。



僕が入院して10日目、彼女はろくに誰にも話さない。

ベッドの上で寝たり起き上がったり食事をするぐらいだ。

一度聞いてしまったが、初期の白血病らしい。

治るといいね。



そういえば、僕らの居る病室は今4人居る。普段は爺さんや婆さんばっかり。

僕はその中で可愛がられている。いわゆる、孫的存在。



看護士に車椅子で病室を連れ出してもらった。

久しぶりの外が、すごくまぶしい。

病院には緑が多くて、患者の憩いの場となっている。

僕の車椅子を押しているのは若い女の看護士だ。

横顔がとてもきれいで、来月会社員と結婚するらしい。

「あのね・・・」

「え?」

「私、結婚するのだけど、ちゃんとやっていけるかしら」

そんなこと僕に聞いたって何も役に立つはずないのに。

・・・よっぽど困っていたのだろうか。

「大丈夫・・・だと思いますよ・・・」

「そうかしら・・・いまいち不安なのだけど」

・・・思いついた。

「もっと自身持ってくださいよ」

「そうね、ありがとう」



帰りがけに、病室の横のプレートを見た。

“橘 冴子 様”

こんな名前なんだなあ。

窓際の僕のベッドに戻ろうとしたとき、ふっと彼女のほうを見た。

彼女は、僕に向かって微笑んだ。

僕も、笑顔を返した。



彼女は僕に心の扉を開いてくれた。僕らは親しくなっていった。



「おめでとう、健介君」

松葉杖だけど、晴れて退院。

そういえばあの時から彼女は僕をファーストネームで呼んでいる。

「寂しくなっちゃうな、あたしも」

「大丈夫、またくるから」

彼女が微笑んだ。

「本当にありがとうございました、みなさん」

母はいつもぺこぺこ。

「じゃあね、健介君・・・」

「うん」

僕は、又会えるよと心の中で呟いた。

そんな僕の思いが通じたのか彼女も笑った。

今思えば、きれいな笑顔だった。



プルルルルルルルル・・・プルルルルルルルル・・・・・・

斉藤家の電話が鳴っている。

「はい、もしもし」

僕は電話に出た。

「健介?前あなたの入院していた病院に女の子いたでしょ。」

母からだ。

「ああ、いたよ」

「あの子ね、いまとても危ない状態なのだって」

「え!?」

何でそんな大事なことを早く言ってくれなかったんだ。

退院して、3ヶ月たったときのことだった。



教会に向かって走っている少年がいる。



「はあっ、はあっ・・・・・・」

雨が降っていた。

「はあ・・・」

彼女を救いたい。大切な人を、救いたい。

神は自分の気に入った子供を天に上げる。

そして自分のそばにおくという。

でも、そんなことをしたら僕が困る。

「・・・って・・・橘冴子さんを・・・」

僕はただ、十字架を握って必死に祈る。

「逝かないで・・・」

だんだん涙が出てきた。

「救って・・・お願い・・・・・・」

「そんなに大事なのかね?」

急に老人の声がした。

「ええ・・・」

藁にもすがる思いで、僕は言った。

「自分の命を半分削っても?」

「ええ・・・・・・!」

どうでもいい、早く救いたい、彼女を・・・

「橘冴子さんを・・・冴子さんを・・・冴子を・・・」

いつの間にか、僕は突っ伏して号泣していた。

「うっ・・・ひっ・・・」

見えないけど、わかる。今僕は顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。

「うう・・・」

逝かないでほしい、その気持ちでいっぱいになっていた。



どれくらいそうしていただろうか。

いつの間にか、老人の気配はなくなっていた。

「ひっ・・・あれえっ・・・」

涙で視界がぼやけている。

我に返って、僕はただ漠然と教会のイエス・キリスト像を見つめた。



走って病院に向かう少年がいる。



病室に到着した。

耳を澄ましても息遣いは聞こえない。

まさか逝ってしまったんじゃ・・・

「し・・・失礼します」

誰も居なかった。冴子以外は。

彼女は、静かに眠っていた。

そうっと、近づいてみる。

僕はそばのいすに腰掛けた。

「冴子さん・・・」

あ。

彼女は起きている。

びっくりさせては心臓に悪い。

「起きてよ・・・」

狸寝入りをしている。

「悪戯しちゃうぞ・・・」

口元が少し笑った。僕はそれを見逃さなかった。

僕は顔を近づけた。

そして、彼女に悪戯してやった。



「わ!ちょっと・・・」

悪戯された彼女は飛び起きて顔を真っ赤にしている。

「体のほう、大丈夫か?」

「ええ、ここまで回復したわ。医者が、治るって」

長い髪を掻きあげて、言う。

「よかった・・・・・・」

「でも・・・いくら狸寝入りだからっていきなりキスすることないでしょ」

「も一回やってやろうか?」

僕はそう言ってから彼女を抱きしめた。

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