祈りの巫女・4
こうなると一番怒っているのは、サラである。
サリサの側にいられる時間が三カ月も延びたとあって、彼女は大喜びだったのだが、それがエリザがいざというときのための『予備』とあっては。
「あんまりです! 頼まれたから残ったのに! これじゃあ残り損ですわ!」
朝食の最中、いきなり大声で怒鳴られて、サリサは困り果てた。
「そ、そうじゃなくて……残り損なんかじゃなくて……」
「じゃあ、何なのです?」
ぐすぐす泣きながら、サラは睨んだ。
サリサは、他の仕え人たちの目を盗んで、サラの耳元で囁いた。心話で誰も聞くな……と祈りながら。
「私としては、あなたにお願いしたいのです。エリザには、諦めさせますから」
サラが怒って山下りしてしまったら、エリザはますます無理をする。絶対にサラに霊山にいてもらわないと。
ところが。
エリザときたら、先日までの体調不良は何のその、すっかり元気一杯になって、張り切っているのだ。
大満月の力も強まっているのだろう。気力充実・絶好調である。
儀式の練習を楽しくやっている間は、サリサもうれしいのだが……。
「あの、エリザ。大丈夫? 無理とかしていませんか?」
などと、心配になって聞くと。
「平気、平気。あの、おなかの子も張り切って、何だか元気になっているような気がするの!」
と、はしゃいだ答えが返ってくるのである。
こうなれば、とてもとても……。
「子供が心配だから、諦めてください」
とはいえない。
しかも、うるうる瞳にほだされて判断を先延ばしし、元気になったら……などと言ったのは、自分なのである。
エリザのこと、その言葉を信じて気力を振り絞っているのに違いない。
今更、何といえばいいのだろう?
父親の体調が悪いから家族は来ない、などと言ってしまったら、父親を心配するあまりに、エリザは倒れてしまうかも知れない。
いっそのこと、エオルたちに来てもらえれば……。
などと、サリサはたくらんだ。が、シェールからの定期報告では『無理!』とある。
『あんな状態の父親は、見せないほうがエリザのためです』とまで書かれていると、何もいえなくなる。
情けないけれど『助けて、シェール!』と手紙に書いた。
そして、大事件が起きてしまった。
サリサとエリザが、儀式の最終練習をしていた時だった。
粉だらけになったサラが、真っ赤になって乱入したのだった。
「なぜ、私がパン作りをして、エリザ様が儀式の練習をしているのです? まったくの無駄じゃありませんか!」
練っていたパン生地をエリザに投げつけて、サラは怒鳴った。
大満月が近いので、気が立っていることもあるのだろう。あまりに突発的だったので、サリサも対応が追いつかなかったのだ。
睨みあい、絡み合う視線。
その緊張を先に破ったのは、なんとエリザのほうだった。
「サラ様。お言葉ですが、巫女姫は私の仕事です。この役目は私が……」
エリザのほうも、普段の彼女からは考えられない発言。こんなにはっきりと、自分の立場を主張するなんて。
サリサは心臓が凍りつく思いだった。だが、ちょうどエリザと一番遠い位置にいた。まずいと思ったが、もう遅かった。
「あなたのような未熟者に一体何ができるのよ!」
今まで、エリザからの反撃を受けたことのないサラは、キリキリと怒りをあらわにし、つかつかエリザに歩み寄ると、思いっきり平手打ちした。
エリザは、張り飛ばされてその場にばったりと倒れてしまった。
「きゃああああ!」
悲鳴を上げたのはリュシュである。
慌てて駆け寄ろうとしたサリサの前に、サラが立ちふさがった。
半分涙を浮かべた瞳でぎっと睨みつけると、プイとして去っていった。
サラの怒りはもっともで、サリサは後ろ髪を引かれた。だが、もっと心配なのはエリザのほうである。
サリサがエリザに駆け寄っていくところを、サラが振り向いて見ていたことなど、まったく気が付かなかった。サラは、その姿を見て、泣きながら走り去ったのだった。
「大丈夫です」
にっこり笑ってエリザは立ち上がろうとした。だが、立ち上がれない。
それどころか、顔色がどんどん悪くなる。
そして……そのまま意識不明になってしまった。
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