祈りの巫女

祈りの巫女・1


 霊山の夏は、天気のよい日が続く。

 山の上となれば、風も爽やかで過ごしやすい。

 小屋の外、木陰にテーブルを出し、椅子を置き、膝掛けをかけて、読書するのがエリザの日課であった。だが、この日課は、ほぼ毎日、邪魔が入ることになっている。

 読書の邪魔に困っているわけではない。むしろ、楽しみにしてしまう自分がいるのだが、戸惑っているのも事実だった。

 彼は、エリザの正面に陣取って、リュシュにお菓子を運ばせる。昼用の聖装はそれなりに豪華で、ややこの小屋には似合わない。

 なのに、彼は銀色の髪を時々邪魔そうにかき上げながら、そこにいるのが当然といわんばかりの顔をしているのだ。


「あれ? ちょっと変わっている味がする。もしかして、何か薬草が入っている?」

 最高神官は、焼き菓子をかじって首をひねった。

「サリサ様、それには何も入っていないけれど……。でも、その前に食べた薬石入りの味がお口に残っているのではないかしら?」

 お茶を運んできたリュシュが、サリサの前にお茶を出す。

「うっ、その薬石って……例の中毒症に効くっていうやつ?」

 顔をしかめて、運ばれたお茶を慌てて飲む。その仕草など、エリザには予想外なのである。

 ムテの珠玉である最高神官らしくない。

 だいたい霊山では、お茶を飲まない。薬草を擦り下ろして煮出した薬湯が普段の飲み物である。

 お茶は、さすらいのエーデム王子が人間の島から伝えたと言われており、ムテでは亜流扱いだった。香りは高いが、薬効は低くなってしまう。

 だが、最高神官サリサ・メルは、どうもこの『お茶』が好きらしく、リュシュに作らせていた。リュシュの話によると……サリサ・メルは、そのさすらいのエーデム王子とも友人だったという話だ。

「やはり、飲みやすさではお茶ですよ」

 などと言いながら、にこにこしている。

 その光景が、エリザにはたまらなく不思議だった。


 昼の行の祠からは、マール・ヴェールの祠に抜ける道がある。そこから苔の洞窟に続く石段があり、最高神官は時々そこで昼寝をする。このおさぼりは、いわば必要悪という認識になっていて、誰も文句を言うこともなくなっていた。

 だが、エリザが身ごもってからは違った。

 彼は、昼寝の時間も抜きにして、こうしてエリザの小屋を訪ねてくるようになったのだ。

 そのいいわけは、リュシュの作るお菓子にあったのだが、エリザとしては、最高神官たる人がなぜ、甘いものが好きなの? という疑問から抜けられない。

 おそらく、一生不思議でたまらないだろう。

 このようなことでいいのかしら? などと不安にもなる。

 でも、かつて、エリザに訪れなかった夢――他の巫女姫がかなえた夢――が、やっとエリザに訪れた。だから、最高神官と語り合える日々が来た。優しく微笑んでもらえる自分になれたのだ……とも思う。

「私、やっと一人前になれたのですよね? 巫女姫をやり遂げて帰れるんですよね?」

 そんな話をうっかりしてしまったら、最高神官は少し困った顔をする。

 巫女姫としての能力に劣等感を持つエリザは、自惚れたことを言ってしまったのでは? と、不安になる。

「あの……。私、まだ何か至らないことがあるのでしょうか?」

 恐る恐る聞くと、彼は苦笑した。

「至らないのは、たぶん私のほうですよ。きっとあなたがいなくなると、とても寂しいと思うから……」

 エリザは、不思議な気持ちになる。

 早く故郷に帰りたいくせに、この日々を失いたくはない、などとも思ってしまう。

 体を重ね合わせた日々も、使命であって他の何物でもないはずなのに、切ない気持ちになる。

 なんて、ずうずうしいことだろう。

 そう、巫女姫の候補はまだまだいるのだから。

 エリザは笑ってサリサを励ました。

「でも、また、新しい巫女姫が来ますから、すぐに寂しさなんてなくなりますわ」


 全然、励ましになっていないことに、エリザはちっとも気がつかない。

 苦笑する最高神官の背後で、リュシュが思いっきりじれているのにも気がつかない。

 リュシュが、このことについてはエリザに何も進言しないよう、注意を受けていなかったら、きっと主人を怒鳴りつけていただろう。

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