祈りの巫女・3
サリサが見た手紙は、エオルがエリザに当てた『青の手紙』だった。
エリザの兄は、見事にサリサの正体を見抜いていたらしい。
お見事……というか、確かにばれてもおかしくはない。
『わがままは私のほうです。私にとっては……』大事な人。
つい、動揺を誘われての失言。
それに、エオルの部屋では、ずっとエリザの絵ばかり見ていたのだから……。
いや、もしかしたら、その前に。
エオルに抱き起こされたときに、あまりにも気の感じが似ていたので、うっかりエリザの名を呼んでしまったのかも知れない。
「あう……。恥ずかしいかも……」
「恥ずかしいですよ! 本当に。眠っている女性の部屋を荒らすなんて!」
文句を言いながら、リュシュが部屋を元通りにしてくれた。
青の手紙もサリサの手から奪い返す。
「人の手紙を勝手に読むなんて、最低です!」
「でも、わかったことがありますよ」
「サリサ様が覗き趣味だってことです!」
「そうじゃなく」
エリザが『祈りの儀式』にこだわる理由。
『来年こそは、お父さんと妻を連れて、巫女姫の行進を見に行くことができるでしょう』
この手紙の中の一文だ。
「リュシュ、これですよ。エリザは、家族に立派に仕事をこなしているところを見せたいんですよ」
はぁ……と、サリサはため息をついた。
「なら、簡単じゃありませんか? 今年はエリザ様は行進しないって家族に言えばそれで済むんじゃないですか?」
「エリザは、この手紙を支えにしてきたから……そうしたくないんでしょう」
さらに、サリサはため息をついた。
「それに、とてもまずいことに、シェールの話では、とてもエリザの家族が旅できる状態ではないのです。この手紙が書かれたのは一年以上前、エオルはエリザを慰めるため、自分の目標の意味もこめて書いたのでしょうが……」
「じゃあ、エリザ様ががんばって祈りの儀式に出たところで、無駄ってこと?」
「そう……」
「じゃあ、どちらにしたって、エリザ様はがっかりすることになるじゃない?」
「はい……がっかりですよ」
今まで以上に大きなため息。
「てっきり……エリザは私の元に戻ってくるために、祈り所に残ってくれたんだと思ったのですが……お兄さんの言葉のせいだったんですね」
その言葉を聞いて、リュシュが今度はため息をついた。
「私、時々サリサ様が大人なのか、子供なのか、わからなくなります」
そのようなことを言われても……。
エリザが、自らの意思で故郷よりもサリサをとった……と思い込んで、それを心の支えとして過ごした身の上には、ちょっぴり痛い事実である。
「エリザは本当に私のことなんて、なーんとも思っていないのかも知れませんね」
サリサはすっかりしょげていた。
しかし、子供っぽい落胆はさておいて。
問題である。
エリザには、安静が必要である。精神的なショックは与えられない。
儀式を諦めることは、かなりショックであろう。
「せっかく家族が来ているのに……」などと言われて、「いや、お父さんの調子が悪いからこなかったようだ」なんて言えない。
心の支えのエオルの手紙を否定することになってしまう。
エリザが受けるだろう衝撃を考えても、そんなことはできない。
では、無理をして儀式に出て、家族が来なかったと知ったら?
それこそ、最大ショックだろう。上手く儀式を切り抜けたとしても、その後のショックには耐えられないだろう。
だから、一番いい方法は……。
家族が儀式に出られないことを初めから丁寧に説明し、エリザに儀式への参加を諦めてもらうことなのだが。
「サリサ様、エリザ様の体調が回復してきています。どうも、巫女姫として『祈りの儀式』だけはこなしたいという気力のなすところですね」
などと、医者がにこにこ言い出した。
サリサは一気に血が引いた。
体調が戻れば問題がない……などと、その場限りの言い逃れをしたのだ。
エリザは、時にそういうがんばりが利いてしまう人であることを、すっかり忘れていた。
「ええ、もちろん、エリザ様にもがんばってくださいといいましたよ。今の気力を維持することが、おそらく子供にもいい影響を与えているようですからね」
……うるうる瞳にほだされて失敗した。
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