祈りの巫女・2
このような平穏な日々に、大きな問題が生じたのは、やや天候が崩れ始め、秋の気配が近づいた頃である。
「エリザ様のお子の健康状態は、非常に危ういものがあります。このままでは、マヤ様の二の舞になる危険性があります」
医師の言葉に、サリサは眉をしかめた。
「二年連続の流産なんて、そのようなことは霊山の名誉にかけても許しません」
「もちろんです。サリサ様。最善を尽くします。まずは、エリザ様には安静が必要です。あの方は、自分でも気が付かないうちにお子を癒してもいますからね。祈りの儀式は……避けたほうがいいですね」
「儀式なんかよりも、神官の子供のほうが大事です」
と、サリサは言ったが、正確にはエリザとエリザの子供が心配なのである。
エリザの前の巫女であるマヤは、昨年の秋に流産した。その後、体調を大きく崩して『祈りの儀式』に出ることもできなかった。当時、サラもおなかが大きかったので、昨年は巫女姫不在の『祈りの儀式』だった。
今年は、巫女姫候補が不毛の年なので、エリザの妊娠後に選ばれる巫女姫はいなかった。
「まさか、二年連続巫女姫不在にはできませんでしょう。そこで提案なのですが、サラ様の山下りを遅らせ、巫女姫として行進してもらう……というのはいかがでしょう?」
確かに、今ならばまだ霊山にはサラがいる。
秋の祈りの儀式まで、サラを霊山においておくことも、この場合は仕方がない。
「エリザ……いや、祈りの儀式のためならば、サラにお願いしておきましょう」
大事な子供のことを思えば……。
サラはもちろん、エリザにも異論はないはずだ。
サリサは、そう思っていた。
だが、エリザの反応は予想外だった。
「嫌です! 今年の巫女姫は私です。巫女姫としての使命を果たさせてください! お願いです!」
お茶をひっくり返す勢いで立ち上がり、エリザは訴えた。
それにはサリサもリュシュも驚きを隠せなかった。エリザがそのような意地を張るとは思わなかったのだ。
「でも……子供の安全を思うと、との医師の話で……」
「私が守りきりますわ!」
エリザは、だんだん興奮してきている。
医者に、あまり興奮させないように言われているサリサは、慌ててまぁまぁと肩に手を掛けた。
でも、エリザは椅子に腰を下ろさない。涙で潤んだ目で、さらにすがって訴える。
「お願い……。サリサ様、私に任せて……」
この大きな瞳で迫られると、どうも弱い。でも、ここは引けない。
そうこうしている間に、エリザがうっとおなかを押さえた。
「うわー! リュシュ、どうしよう?」
「どうしようって、まずは安静です!」
サリサは慌ててエリザを抱きかかえると、ベッドまで運び込んだ。
本当に焦る。
ベッドに横になると、エリザは少しだけ落ち着いたようだった。
「ごめんなさい。でも……お願い」
まだしつこく訴えるなんて、ただのわがままだとは思えない。
「まずは、休んで……」
「でも……」
うるうる瞳にどうも弱い。サリサは、エリザの手を握り締めた。
「わかりました。まずは休んで……。体調がこのままでしたら、絶対に無理ですから。次回の検診の時に、もう一度医師に判断を仰ぎましょう」
不安げなエリザの表情。
「元気になれば……私でもいいのですよね?」
「よくなれば、問題がないことですから。まずは、元気になることですよ」
そう言って額にキスをする。ついでに、軽く眠りを誘う暗示。
……ついでに添い寝してあげたい。
でも、リュシュに怒られた。
「サリサ様! もうお昼寝の時間はないんですからね! そろそろ夕の祈りの準備にお帰りになる時間ではないんですか!」
「ううう、リュシュってマリに似ている」
どうもお菓子好きの女は、苦手かもしれない。
サリサはベッドから降りた。が、帰ろうとはしなかった。
親指の爪を噛みながら、しばらく考え事をしたかとおもうと……。
帰るどころか、エリザの部屋を探り出した。机の中から、額縁の下から、棚の隅まで……。
「ちょ、ちょっと! サリサ様。女性の部屋を勝手に見るなんて、失礼です!」
「だから、リュシュに監視してもらっているじゃないですか?」
「わ、私がいつ、手伝うって言いましたか!」
といいながら、開かない机の引き出しの鍵をピンで上手く外してくれるところなど、リュシュのいいところだ。
引き出しの中から、封筒が出てきた。
サリサは注意深く封筒を取り出した。
「あーあ、勝手に知りませんよ、私」
リュシュを無視して、手紙を引き出し、サリサは微笑んだ。が、その笑顔はあっという間に消えてしまった。
「え? どうかしました?」
リュシュの目の前で、サリサの顔は真っ赤になる。
そして、最後にため息をついた。
「はぁ……やられてしまいましたよ」
サリサは、へなへなと椅子に座り込んだ。
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