流れよ我が涙 と長門有希は言った

 長門は情報統合思念体から派遣された対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイスであるらしい。


 ということは落ち着いて考えると長門は宇宙人というよりはアンドロイドと形容する方が適切であるし、情報統合思念体とやらも宇宙人というよりは宇宙に存在する知性と呼ぶべきで、人と形容するのはいささか不適切なように思う。


 ところで、宇宙人はなにを食べるのか、ということが気になって、ハルヒの机の上のパソコンで検索してみたのだが、どうやらインターネット上ではレプリディアンという知性のあるトカゲが人気の様で、その爬虫人類の記事ばかりがヒットする。


 どうやら人の血を好むようであるが、そうなってくると人型の長門は見た目的にどちらかといえば吸血鬼になってしまうので、やはりあまりよろしくない。


 属性というのはたくさん持っていればそれで良い、というものではないのだ。

 例えば朝比奈さんのドジっ子という属性は確実に未来人という属性を殺している。

 未来がわかるため先見の明があり、判断力が高い、という特性と、ドジっ子の「わかっていても失敗してしまう」という属性は非常に相性が悪いのだ。


 属性とはちょっと違うが、ハルヒに至っては『願望実現能力』という厄介な能力を持っているが故に、主人公なのに(課長島耕作も島耕作が主人公だし、パーマンもパーマンが主人公だし、ハリーポッターと賢者の石もハリーポッターが主人公なので、涼宮ハルヒの憂鬱だって涼宮ハルヒが主人公だろう)基本的にハブられて出番がないというなんとも言えない立場になってしまっている。


 逆に長門はかなり複雑な属性を内包しているくせに、それが割とうまいこと消化されている。

 まず宇宙人という属性、これは実は長門に関しては限定的に用いられていて、長門が宇宙人として持っている特徴は高度に発達した科学力によるトンデモ宇宙人パワーに限定される。情報統合思念体という一種の科学文明は情報というものの成り立ち、捉え方のパラダイムシフトを経ている様に思う。

 詰まる所長門たちは、現実に存在する物質(生命含む)の情報の成り立ちそのものを書き換えることによって物質のありようそのものを書き換えているのではなかろうか。

 これはつまり俺たちがペンで紙に干渉する、という様な感覚に近い。人間は3次元から2次元に高度に介入することができる。例えば、一本の直線に二本直線を足せばそこには三角形が生まれることになる。


 この時、2次元空間は今までそこになかった三角形という情報を得たことになる。


 つまり長門たちはこれと同じことを4ないしそれよりも高い次元から、3次元空間に対して行なっているのではないか、という推測である。

 ホーキング博士も高次元存在は低次元からは知覚不可能であるという様なことを言っていた様な気がするが、つまり長門たちは宇宙人というよりは高次元に存在する知性と言う方が正しいのだろう。

 そう考えると情報統合思念体は厳密に3次元的に宇宙に存在しているとは言いにくいわけで、やはり長門たちは、厳密に言えば既存の宇宙人というステロタイプに当てはまらないのだ。

 まあ少し脱線したが、長門はグレイ型宇宙人でもなければ、マーズアタックの火星人の様に脳みそが露出しているわけでもない。

 何より長門は対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイス、つまり人間とコミュニケーションを取るために宇宙人が作った電話の子機である、という様に捉える方が正しいのだろう。


 というか、情報統合思念体が直接的に俺たちに干渉してこないのも、やはりあいつらが直接的に3次元空間と対話ができないから、という仮説を補強するものだろう。と いうわけで長門の属性には、客観的に見ると宇宙人という要素はほとんど含まれていない。

 どちらかというとアンドロイドという方が良いだろう。


 さて、アンドロイドというものに付随する属性は何か、それは無知、非常識、そしてそれでありながらも高度な理解力、あるいは判断力を備えている、という点だ。

 アンドロイドというものはキリスト教世界観における姦淫、つまり男女の生殖行為によって生まれない無垢な存在である。

 それをさらに長門が人間として生まれたのが3年前である、という点が補強をかけている。つまり長門の愛らしさがどこから来るのかというと、それは長門がめちゃくちゃ頭が良くて理解力がある3歳児である、という所の負うところが大きい。

 そりゃ誰だって3歳児は可愛いと思う。しかも長門はとても物分りが良い3歳児なのだ。3歳児ゆえに非常識なところもあるし、無知とも取れるところもある。しかし、長門はアンドロイドであるが故の高度な処理能力で、理解し学習していくのだ。そしてそれをさらに長門の持つ外見上の属性、クールが補強することになる。


 長門は無口で表情に欠けるがゆえに、はたから見ればクールなキャラに見えるのだが、時折見せる子供っぽい負けず嫌いな点や、食欲などの欲求に忠実な点などの、クールな外見からは想像できない行動をとることがある。


 それがギャップを生むのだ。そしてこのギャップが長門の愛らしさを表現する上で、最も重要なものだろう。更に朝倉という外付けのバランサーが付いている。

 長門の非常識さをフォローして余りある委員長属性。何より穏健派と急進派の対立という物語的に重要なターニングポイントを宇宙人陣営だけで作り出せた点は非の打ち所がない。


 俺はぶっちゃけ、長門と朝倉の間で談合があったのではないかと疑っているくらいである。対して朝比奈さんに対する鶴屋さんも実はかなりバランスがいいコンビなのだが、朝比奈さんは鶴屋さんに自分のメイン属性である未来から来たという情報を開示できないというルール上の不備があるため、鶴屋さんが所有するスペックの数割も発揮できていないというのが実際のところだろう。

 未来人と財界の重鎮の娘、つまり未来を知っている人間と現代の現実的な部分に強力なコネクションを持つ現代人というこの組み合わせは、非常に現実的な意味で、強いのだ。

 未来人という属性に関しては、実に様々な不備がある。

 まず未来を不用意に変えることができない。何かの弾みで自分が消えてしまう、ということは十分起こりうることだからだ。

 朝比奈さんの所属する組織は、まあ大雑把に考えて、ドラえもんのタイムパトロールに近い倫理観を持っているのだと思う。

 いや、ハルヒという特異点が存在するとはいえ、干渉してきたということは、時にギガゾンビの様に考える柔軟性もあるのかもしれないが、ハルヒという不確定性が存在してしまっている世界で自分たちの世界へつながる規定事項を如何にしてこなすか、という事に終始している様にも見える。

 勿論、東中の校庭での落書き事件や、タイムマシンの発明に関してハルヒをうまく利用したりというハルヒありきの規定事項が複数あるので、その辺も結構怪しいものだが。

 そういえば、未来人陣営には、もう一つ大きな欠陥がある。

 覚えているだろうか、俺がハルヒの中学時代へ行き、校庭の落書きの手伝いをした帰りに、長門を頼ったのであるが、その時長門は、時間移動は長門という端末には不可能だが、そんなに難しいことではない、と言い切っているのだ。


 つまり情報統合思念体本体は、おそらく時間平面移動が可能なのである(時間的な制約を3次元的に受けない情報統合思念体は、そもそも時間平面移動をする必要がないだけという可能性すらある)。

 そしてさらにだめ押しとなるのがハルヒの『願望実現能力』だ。エンドレスに続いた8月のことを思い出してもらえると助かるのだが、ハルヒも効果範囲、干渉する対象は朝比奈さんと異なるが、時間移動(タイムリープ)ができるということを証明してしまったのである。

 ということは、落ち着いて考えてみてほしい。物語的に、大規模な時間移動は長門ないしハルヒによって可能なのであるから、朝比奈さんは目下ハルヒにバラせない状況下で必要な時に小さく時間移動をする、という、物語的な便利屋以上の役割を果たせないのだ。

 これが俺の提唱する未来人-超能力者=宇宙人の下位互換仮説である。

 超能力者の話題が出たので、古泉にも触れておこう。超能力者、イケメン、秘密のヒーロー戦隊、奴の持っている属性は、特段アンバランスさも感じないし非常に調和がとれている様に思う。

 しかし、SOS団という団体の中で考えたらどうだろうか。砂漠のカマドウマの件で実感したのだが、やはり古泉は日常において長門の下位互換に甘んじている。

 閉鎖空間に入れるのは古泉たち超能力者だけ、という代替の効かない部分もあるが、あの、ハルヒと俺が閉鎖空間に閉じ込められた事件、一巻の最後の方だ、を思い出してほしい。


 朝比奈さんは閉鎖空間に対して全く干渉できなかったのだが、長門はパソコンという接点は必要だったにせよ、少なくとも閉鎖空間に干渉することはできていたのだ。

 チャットで送信できる情報量はそれこそ一文字2バイトであるが、こちらから発信される情報を待機している時間やその他諸々を考えれば、それなりの通信量を確保できていた様に思う。

 つまり、干渉できる時間の問題さえ解決できれば、あの空間に長門有希そのものを送り込むことすら可能だったのではなかろうか。というより、古泉が単独では入り込めなかった時空間に対して、閉じるまでは普通に通信できる、とさえ言っていたのだ。

 超能力者の面目丸つぶれである。


「という訳で、長門が最強、と言うことで皆異論はないな…?」


 俺がそう言うと、ハルヒは何のことだかさっぱりわからないという顔をし、長門は力強く頷き、朝比奈さんは涙目で俺を見つめ、古泉は肩をすくめて小さく笑うのだった。


しかし結論に納得がいかなかった宇宙最強の怪獣ゼットンは一兆度の火球を吐き出して、宇宙そのものを消し去ってしまったのだった。これにはハルヒも、大変驚いたようだった。


「流れよ我が涙、と長門有希は言った」完

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