2001年宇宙の長門有希

イギリスに出現したポップ・アートとビートルズ音楽は、一瞬のうちに全世界を風靡し、タレントを一変させたのである。 

− 瀬木慎一「第三の芸術」


 2001年頃には、俺は何をやっていただろうか。なぜならハルヒが時空震を起こし時空を断裂させたのが、涼宮ハルヒの憂鬱が発表された2003年から3年引いて2000年、2001頃には俺は佐々木と随分ねんごろにやっていたはずであるのだが、どうもそのあたりの記憶がおぼろげである。


 今年はもう2016年も終わりに差しかかりつつある、時の流れは早いもので、ハルヒが2007年ごろから3年ほど書店のそこらで「ごめんネ!」と謝り続けていた時期からも、もう6年が経っていることになる。かくいう俺は未だに高校生をやっている。誰だってそうだ、だから俺だってそうだ。


 今日も今日とて俺は部室に行くのだが、そういえばここ4年ほどハルヒの奴を見かけていない気がする。席は真後ろだというのに、変な話だ。いや、俺の後頭部には目がついていないので当然といえば当然かもしれないのだが。


 部室では相変わらず長門が窓辺で本を読んでいる。やはり長門がいないとな、と思う。長門のいないSOS団室など、ドラえもんのいない『ドラえもん』、寄生獣の出てこない『寄生獣』、範馬刃牙の出てこない『グラップラー刃牙』みたいなものだ。「よう」と俺はいつも通りに声をかける。これもかれこれ15年近く続けてきた、いつも通りの俺の日常だ。


「いつもより15秒27遅い」

 長門は本から目を上げずに、ぽそりと呟いた。すまんな、谷口を避ける際にいつもより右に30センチほど大きく迂回してしまったのがトータルのタイムに響いてしまったようだ。

「今日は古泉いつきも朝比奈みくるもこない」

 長門が言うからにはそれは確実なことなんだろうな、と思い、俺はカバンを椅子に置いて、いつもの定位置についた。話題がないので、長門読んでいる本を眺めてみる。どうやら今日は国語辞典が長門のお気に入りらしい。

「そんなの読んで面白いのか?」

 俺はいつも通りに長門に問いかけた。これは毎度恒例のやりとりなのだが、最初の頃のハイペリオンなどに比べ、読んでいる本がやれ電話帳だの、寄生虫図鑑だの、フィリピン・タガログ語入門だの、世界最終戦争論だのと特殊化の一途をたどっているが、それはひょっとしてギャグでやっているのだろうか。


 長門読破した本は本棚に入りきらず積み上げられて、今では高さにして20キロメートルはゆうに超えた分量になっている。

「そういえば長門よ、この前貸した30万円なんだが」

「借りてない」

 長門は間髪入れずに返事をする。そういえば貸してなかったな。

 俺は困った様に頭をかいて、今言った自分のジョークのつまらなさを反省した。

「今のはジョーク…?」

 長門がやや上目遣いでこちらを見ながら俺に問いかけた。長門の感情を読み取ることに長けた俺だからわかることだが、こう言う表情の時の長門は、大体の場合、俺の言ったジョークのどこが面白かったのかを説明させて辱めてやろう、と言う魂胆である場合が多い。今までのところ178パーセントがそうだったし、今回もそうだろう。

「長門よ、受けなかったジョークを説明させることがどれだけ屈辱的かわかるか?」

 と少し強い口調で言ってみた。長門は目を左右に7メートルほど泳がせながら下手な口笛を吹いてごまかそうとした。お前口笛下手だな。

「ところでわたしはあんまんが食べたい」

 長門無理矢理な話題の転換に、俺はずっこけかけたがギリギリ3メートルほど上体そらすだけにとどめた。長門は追い詰められると意外と弱いのである。

「わたしはあんまんが食べたい」

 もちろんあんまんなど持ち歩いているはずもない、かと言ってここからコンビニまで買いに行こうとすると、最寄りのコンビニまでの距離は98キロあるので随分と時間を浪費してしまうことになる。長門さんや、どうにか我慢していただくことはできませんかね。

「あんまん」

 俺は頑として言うことを聞かない長門の口に電話帳を詰め込むと長門はそれを咀嚼し、満足した様に小さなゲップをした。若い女の子が、はしたないなどと思うが、ハルヒよりマシか、と何の益もない比較をして、何だかツボに入ってしまい、吹き出してしまった。

 長門は自分が笑われたものだと勘違いして、どうやらお怒りの様である。

 朝倉と戦っていた時に朝倉が飛ばしていた、黒い槍みたいなやつを俺に向かって時速365キロメートルでビュンビュン飛ばしてくるので、必死に避けていると、ふと長門が、

「秒速5センチメートル…」

 と呟いた。

「何だそれは」


「カタツムリの移動する速度の約10倍の速度」

そうか。

「雲の向こうの天の川銀河は約秒速600キロメートルで運動している」

 お、何だ、ちょっと宇宙人っぽいぞ、長門。

「君の名は?」

「それは言えない、お約束だ」


 こうして俺の腹部を、15年前俺をかばってくれた長門の再現よろしく、黒い槍みたいなやつが貫くことになるのだが、それにしても俺は一体なんという名前なんだ、お前は?お前の名前はなんなんだ?お前は誰なんだ?俺は一体誰なんだ?俺は…誰だ?


「2001年宇宙の長門有希」完

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