プレデターvs. 長門有希
マッドマックスという映画をご覧になったことがあるだろうか、最近「怒りのデスロード」という続編が公開されたアレである。劇場で「怒りのデスロード」を見た俺は、興奮冷めやらぬままに、前作に当たる作品のDVDをすべてレンタルして来たのである。
そして1を見たときに、俺は思わずこう言ってしまった「世界観全然違うじゃねーか!」
長門有希はご存知の通り宇宙人であるが、実のところトンデモ超能力以外にこいつの宇宙人らしいところを見たことがない。粉になって消えたり、粉にして消したり、というところは見たことがあるが、そこだけ見るとやはりこいつは宇宙人というよりも超能力者と呼称した方が良いのではないか、とさえ思う。もっと言うと、長門は未来も知っているのでなんだかんだで『禁則事項』の多い朝比奈さんよりも未来を見据えて行動しているようにも思う。つまり、超能力者も、未来人もなんとなく宇宙人の下位互換のように感じられてしまうのだ。それはそうと、俺はまたぞろ授業を終えて惰性で部室へ向かう途中であった。冬に差し掛かりつつある外の情景は、なんだか肌寒そうで、このまま帰ると言う選択肢を選択できなかった結果とも言えるだろう。早く部室に行ってストーブで暖をとりたい、などと思ったが、よく考えたらSOS団御用達のストーブは二ヶ月ほど前にハルヒの提案した「ストーブはガソリンでも動くのか」と言う実験の元に爆発四散してしまったことを思い出し、なんだか部室に行ってもよくないことが起きるのではないかと、そんなちょっとした予感に足取りを重くしながらも部室への道をトボトボと歩いていた。そういえばあの日からハルヒを見ていないが、どうしたことだろう。
部室の扉をノックして開けると、そこには相変わらず長門が窓際で本を読み、古泉が俺が来ることを察知していたのか、将棋の盤を用意し、朝比奈さんは最近凝り出したハーブティーを吟味して入れたお茶にシナモンを振りかけていた。二ヶ月前の爆発事件により、窓ガラスをダンボールで代用し、ところどころ黒焦げになった備品が転がっていることを除けば、いつも通りの部室であった。どうやら俺の心配は杞憂だったらしい。古泉はにっこりといつもの微笑みを浮かべると、
「一局どうですか」
と俺に問いかけてきた。
「お前は王手になると王将を盤外に逃がすからやらん」
古泉の命と俺のお気に入りのシャーペンをかけたオセロは白熱の一途を辿っていた。古泉が紫とグレーの駒を使い始めたあたりで戦略性が4倍にも5倍にも増したからである。
朝比奈さんは、三ヶ月前の事件でブラジルから自分の足一つで帰ってきた経験を生かしてサバイバル生活術の本を執筆している。長門は『涼宮ハルヒの消失で英文法が面白いほど身につく本』と言う本を読んでいた。
「長門、その本は面白いのか?」
駒を打つ手を止めて長門に問いかけて見た。
「普通…」
長門はいつもの調子で答えた。おそらく本当に普通なのだろう。
目を離している隙に、盤面は四色の駒がうずたかく積み上がり、三次元的な戦略性も内包した高度な頭脳戦と化していた。
「じゃあ、4-3-9紫だ」
俺は平気な顔で紫の駒を8枚積み上げられた駒の上に乗せた。
「おや…これはこれは…」
古泉の顔に若干だが焦りの色が見える。それはそうだ、この手が決まったことで73手先でのチェックメイトが確定したからだ。
「…ところで古泉喉が乾かないか?」
古泉はひたいから伝う汗を袖で拭った。
「そうですね、僕が買ってきましょう」
そう言うと古泉は部室から出て行った。俺はこの隙に5-1-4の黒を白にすり替え、うずたかく積み上がった駒の上に絶妙のバランスでドラえもんドンジャラを乗せた。
コーラと午後の紅茶を買って戻ってきた古泉は、この盤面を見て愕然としていた。
「4-0-8、5-2-6のドラえもんドンジャラで今回は引き分けだな」
古泉は俺にコーラを投げて渡すと、「んっふ」とも聞き取れるような笑い声をあげた。
コーラを投げるな。
案の定フタを開けると同時に吹き出してしまったコーラでびしょ濡れになる俺を見て、古泉も、長門も、朝比奈さんもクスクスと笑いをこらえていた。
それから俺と古泉はドンジャラを用意し、改めて今度は森さんの命と、俺のお気に入りのシャーペンをかけたドラえもん-サクラ大戦4モノポリードンジャラを始めたのだった。
ところでここから20キロメートル離れた病院で、今まさにハルヒの心電図が緩やかに静寂へ向かっているということを俺たちは知らなかった。そう、知らなかったのだ。
「プレデターvs. 長門有希」完
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