ガラパ星から来た長門

 誰かが言った。


「宇宙人、未来人、超能力者がいたら、あたしの所に来なさい。以上」


 それからと言うもの、俺を取り巻く環境はなんでこんなに複雑怪奇になってしまったのか、全く持って理解の及ばない話ではあるのだが、教室で俺の席の後ろに陣取っている女、涼宮ハルヒは願望を実現する能力を持っているという。口癖は「遅刻したら死刑」であるが、俺はなんども集合時間に遅刻しているにも関わらず死んでいないのでその話はたわいもない与太話であると思っている。


 その涼宮ハルヒの作った部活のようなもの「SOS団」の部室で俺とオセロをしているこの男は古泉一樹と言って自称超能力者である。様々な超能力で10円玉を500円玉に変えたり、スプーンを5本同時に曲げたりする。そんな超能力を持っていると言うのに、オセロで俺に勝った事はない、接待か何かだと思っているのだろうか。


 メイド服でお茶を入れている麗しい女性は朝比奈みくるといって、目からビームを出す未来人である。PTSD(だったと思う)というタイムマシン概念を用いて過去へ未来へ自由に移動できるのであるが、実を言うとそれが役に立ったことはほとんどない。


 そして、部室の隅の椅子で電話帳を読んだページからむしゃむしゃと食べているのが長門有希という宇宙人である。長門は今までに紹介した人物すべての上位互換の性能を持っていると思ってもらって差し支えない。



 それはそうと、あの冬の大事件における事の顛末を思い出す度に、俺はなんだか「ドラえもん のび太の大魔境」を思い出してしまうのであるが、やはり一番問題なのは、未来の自分たちがピンチを救いに来る、というところな訳で、そういえばタイムパラドックスとやらは一体どうなってしまったのだろうか。


 朝比奈さんに尋ねても[禁則事項]で要領を得ないであろうから、この事を長門に尋ねてみると、時間平面理論における解釈においては複数の時間平面に存在する異時間同位は言うなれば全く異なる存在であるために、それぞれの個体が出会ったとしても、それはあくまで構成要素の似ている他人に遭遇したのと同じであり、故にタイムパラドックスは起こらない、という事であった。


 朝比奈さんは昔、時間平面理論をパラパラ漫画を例に説明したが、詰まる所パラパラ漫画において描かれたキャラクターというそれぞれのページに存在する人格は、上位次元の観測者にとっては一貫性を持っているようには見えるが、同一次元、つまり三次元存在にとっては全く一貫性のない存在であり、つまり、1分、1秒後の自分はもはや時間平面理論においては全く同一の自分ではない。或は自分ではない、という事なのだろう。

 という訳で、時間平面理論を採用する以上、同一時間軸の同一時間平面上にいる自分と遭遇しない限り、俗にいうタイムパラドックスの心配はないらしいのである。


 昔うっかり今現在自分が存在している場所にTPDDを使ってタイムトラベルをしてしまった朝比奈さんが大爆発を起こしたところを見たことがあるのだが、あれはどうやら同一時間平面上に重なって存在してしまったために二重に存在してしまった朝比奈さんの質量が核反応に似た反応によって起こした爆発であったらしいので、タイムパラドックスとは違うようである。その際朝比奈さんは何事もなかったかのように帰ってきたのであるが、それもやはり、いち時間平面上の朝比奈さんが爆発四散して消滅してしまったとしても別の時間平面の朝比奈さんがやってくればいい、というだけの話だからであろう。

 何よりも朝比奈さんは未来人であるので、過去で何度消滅しようとも、未来のある時間に存在することは確定しているので、言うなれば無限の資源であると言っても過言ではないだろう。


パラパラ漫画のページに書き込まれた落書きであるならば、と朝比奈さんは次々と未来の便利道具を用いてなんども世界崩壊の危機を巻き起こしているのであるが、正直未来人が歴史を変えられない、というのは嘘なんじゃないかと思っている。どうやら俺たちの学校が山の上にあるのは朝比奈さんが三年前に使った「気ままに夢見る機」という未来の道具の所為であるらしいし、夏休みの孤島でのバケーションの帰り道にバミューダ海域で海底人の文明を人工知能を持ったバギーによる特攻で崩壊させたり、雲の上に住んでいた天上人を「雲戻しガス」で皆殺しにしたりと、その行動の破天荒さは止むところがない。しかし、海底人にしても、天上人にしても、もし人類と遭遇したら大発見とともに大騒動になるのは目に見えているし、ひょっとすると朝比奈さんが現代で行なっている凶行は朝比奈さんの存在する未来にとって必要な規定事項であるのかもしれない。つまり、朝比奈さんは然るべき時の流れ、人類中心の世界を作り上げるように動いているように見えるのである。


 朝比奈さんが現在に来たこと自体が、歴史の転換点であり、ターニングポイントなのだ。これは言うなれば、因果律の収束であり、役割理論における用語で言うのならば、必然力というものだろう。運命力は異教徒なのであり得ない。


 というわけで、今回も朝比奈さんが「バイバイン」という未来の道具でハルヒの細胞を倍々に増やし、AKIRAの鉄雄みたいな感じにしたり、「進化退化放射線源」という道具で古泉を猿まで退化させたり、と好き放題やったのであるが、最終的には長門を「ころばしや」で転ばせようとした際にブチ切れた長門が朝比奈さんにローキックを炸裂させ朝比奈さんは死んだ。しかしいくら殺しても朝比奈さんは別の時間平面から無限に湧いてくるのである。


 ここ数週間ほどは長門が全自動ローキックマシンと化し朝比奈さんを次々と始末していた。あるときは、とある時間平面からやって来たメカ朝比奈さんに「なぜ船が浮くのか」という質問を投げかけることによって船が水に浮かぶ原理を知らないメカ朝比奈さんの電子頭脳がショートを起こし大爆発するなどという1幕もあった。

 サイボーグ朝比奈さんがやって来た際には取り外した腕から「スーパーどどん波」を放てるようになった朝比奈さんと長門が大接戦を繰り広げた。


 ところで猿になった古泉はというと、延々とタイプライターを打っている。知能レベルも猿を同じになっているので、でたらめに打鍵したタイプライターから吐き出される紙に並んだ文字の羅列はまるで意味をなさないものであったのであるが、試行回数を増やしていくと、どうやら文章のように解釈できる部分が断片的に出てくるものである。


 そして猿の古泉がランダムに打ち出した文字列の中で判読可能なものをつなぎ合わせたのが、この文章である。

 

「ガラパ星から来た長門」完


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