Ⅷ
この日私は丸一日休みで一人ぶらぶらと街を歩いていた。
「麻帆ちゃん!」
知っている声に呼び掛けられて振り返ると、檜山の恋人である伊織がにこやかな表情で立っていた。
「伊織さん、お久し振り。お姉様のご出産おめでとうございます」
「ありがとうございます、少し痩せたんじゃない?」
彼女は私の体を見て言った。確かにこのところ慣れない四人暮らしでちょっと疲れてるかも……とは思ったが伊織は私なんかよりずっと細身の女だ。
「どんなに痩せても伊織さんほど細くならないよ」
「私はずっとこの体型だから大丈夫なの。麻帆ちゃんはちょっとした環境の変化で体重の変動が激しいじゃない?」
そんな事覚えてくれてたんだ……私はストレスが溜まると食事を摂れなくなり、五~十キログラム前後は簡単に痩せられる。それが続くと今度はイライラが募り、過食に走ってこれまたあっという間に同じ程度太れてしまうのだ。それでも二十代ほど体重の増減は激しくなくなり、体重の変動もそこまでではなくなったが。
「また平気で一食抜いてたりしてない? 大丈夫なの?」
「大丈夫よ。たまに一食抜く事はあるけど食べ過ぎた時だけにしてるし、お茶碗一膳のご飯が食べられないって事は無くなったから」
「それなら良いけど……これから予定とかってあるの?」
私は単純に気晴らしで出てきているだけなので首を横に振った。
「じゃあちょっとぶらぶらしてから家に来ない?彼今日から三日ほど出張なの」
それで一人だったのか……普段伊織がお出掛けする時はほぼ檜山と一緒だ。彼女はとても品のある美女で、一人で街を歩けば色んな男性に声を掛けられる。檜山に言わせると『ぼやっとしてる』らしいのだが、彼女は案外しっかり者で付け狙われているというよりも羨望の的にされているんだと思う。平たく言えば伊織みたいな高嶺の花を恋人にしてるもんだから何かに付け心配して囲ってるのだ、男というのは束縛されると逃げるくせに束縛するのは大好きな生き物らしい。
「お言葉に甘えて。
「それなら今晩泊まってかない? 久し振りにお酒飲んで女子トークしようよ」
「良いねぇ~、じゃあ同居人たちにメールだけ送っとく」
私は忘れないうちにグループメールで同居人三人に今日は帰宅しない事を伝える。すると即レス状態で『了解』と一件返信があった、香津だ。
彼女はこの手のレスポンスはとても早い。ミカも割と早いがここまでではない、由梨は……察してください。グループメールを始めて気付いたのだが、香津は『報連相』をきちんとしてくる女だ。傍若無人に感じていたのは、何気に用心深くて私とミカが信頼出来る人間か否かを査定していたのかも知れない……と言う事にしておこう。
「自宅に戻るの面倒臭いから着替え買っておくね」
「下着だけでいいじゃない、後々荷物になるからスウェットは貸してあげる」
「気持ちは嬉しいけど入るかなぁ? 伊織さんのサイズでしょ?」
「問題無いわよ麻帆ちゃんなら」
そんな話をしながら私たちはすぐ側のショッピングビルに入って買い物を始めた。私は当初の予定通り下着と明日着て帰るカットソーを無○○品で買い、伊織はオーガニックショップで天然素材百パーセントのベビー肌着を物色していた。
「姉の子肌が弱いみたいなのよ。それにしてもやっぱり高いよね」
「確かにね。極力自然の力で育ててる素材を使ってるから生産量が一定じゃないのよこの手の物って」
「へぇ。そんな話どこで聞くの?」
「ここじゃないけど、仕事でオーガニックショップの取材をした事があるの」
そうなんだぁ……伊織は迷いながらも可愛い甥っ子だか姪っ子だかにオーガニックコットン生地で作られた肌着を買っていた。
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