ⅩⅩⅩⅧ
「お、お邪魔します……」
多分この前の事を思い出したんだろうな、殺虫剤を持ったままだった私を見て顔を引きつらせている。あぁ今日は要らないのかと思い直して殺虫剤を元にあった棚に戻す。
「同居人も居ますがお気になさらず」
はぁ……香津と交際していた頃は厚かましいくらいだったのに、毒が抜けると人格変わるんだな。
「久し振りだね新垣君」
由梨は割と友好的な態度で接している。新垣仁志はご無沙汰していますと一礼する。
「香津さんなら居ませんよ」
ミカは相変わらず冷たく接している。新垣仁志はビクッと肩を震わせているので違うらしいよと訂正しておいてやる。私はキッチンに立って彼の分のお茶を淹れる。
「そうでなければ何のご用です?」
「えぇ、今日は薗田さんに用事がありまして……」
「麻帆に?どうして?」
ミカは意外だと言わんばかりに目を丸くする。はい、新垣仁志はそう言うや否や手にしていた封筒の中身を取り出して私に見せてきた。
「……!」
これには驚くしかなかった。彼が見せてきた物は正に富士川譲が描いてきた
「えっ?何で?」
ミカと由梨は顔を突き合わせてそれをじっと見つめている。素人目と言うかデビュー以前から見てきていない二人に違いを見分けるのは難しいとは思うが、これを描いたのは恐らく目の前にいるこの男だ。
「それをどうなさるおつもりなんです?」
「実は小宮幸穂が富士川譲としてデビューするまでは僕が手伝っていたんです。その事はデビューに携わった出版社では周知の話です」
「つまり富士川譲の作風をコピれるあなたが跡を継ぐ……という事ですか?」
「はい、今その方向で話を進めています。ネームは全部完結まで遺してくれていますんで……もしかすると死期が近い事は本人も分かっていたんじゃないかと」
なるほど、もしもの時に誰かが引き継げるよう予め準備をしておいたのだろう。彼女らしいと言えばそうかも知れない、ただそれが新垣仁志であったとはさすがに知らなかったが。
「失礼ですが小宮さんとはどういったご関係なんです?」
ミカがそう思うのも無理はない、幸穂は私の二歳下なので新垣仁志だとかなり歳が離れている。それに確か弟はいなかったはずだ。という事は話に聞いてた……。
「従姉弟なんです、手伝っていた当時僕は中学生だったんで。高校生になって以降創作活動にはあまり関わらなくなりましたが連絡は取り合っていたんです」
とそんな話をしていると、玄関先が騒がしくなってきた。
『荷物は二階の一室だけなんで』
この声は香津か……大体予測はできるが事前に言っておいてほしかった。
『では早速始めさせていただきます……えっ!?』
まぁ引越し業者の方の反応はそうだろうな。
『あぁ無視してもらって構いません』
……いや家主は私なんだがね、出て行くくらい好きにしてもらえばいいのだが。
「この家出るから」
「分かりました、鍵の返却をお願いします」
私が言える事はこれだけだが、ミカと由梨は気に入らなさげに香津を見つめている。
「これで安っぽい仲良しごっことはお別れだわ」
「転がり込んできたのはどっちなんだか……」
ミカはわざとなのか地雷を思いっきり踏みつけている。香津はミカをきっと睨み付けながらも口元は笑みを浮かべている。
「負け犬の遠吠えなんて醜いだけだわ」
発言の割には表情に余裕は見られないが。
「不倫ほどじゃないけどね」
「ハッ!寝取られる女の方が悪ぃんだよ!」
「寝取る女の方が汚いわ」
まぁどっちでも良いけど最後くらい平穏に去ってほしい。新垣仁志は広げていた原稿をササッと仕舞い、温くなったお茶をすする。香津は彼を気に入らなさげに見下し、おいてめぇと凄んでいる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます