ⅩⅩⅩⅨ

 「……週刊誌にタレ込んだのてめぇだろ?」

 「あ~バレちゃいました?」

 コイツやっぱり図太いわ……彼は呑気そうにあははと笑って原稿を抱える。香津はその態度にブチ切れて原稿を引ったくろうとしたが、小柄とは言え男相手に力勝負は敵わずチッと舌打ちをしてその行為自体は諦めた。

 「こっちはいい迷惑してんだよ!」

 「こっちもいい迷惑してましたけどね……あぁ今もだ、あはは」

 「結構図太いねあんた……」

 ミカは二人のやり取りにため息を吐く。そこの争いどうでも良いんでとにかく鍵を返してほしい。

 「タレ込まれて困るんなら初めからしなけりゃいいのにぃ」

 「うっせぇんだよ!外野は黙ってろ!」

 「はいはい、その顔職場の楽器教室の生徒さんに見せらんないよねぇ。それともイメージダウンが酷すぎてクビになっちゃったぁ?」

 見る人が見りゃ分かるもんねぇ。由梨は鼻唄でも歌うかのように楽しげにしている。やっぱりこの女恐いわ。

 「……ってっめぇ!」 

 あぁクビになったんだ、そんなの良いんで鍵返せ。

 「あんたも何か言いたそうだな」

 香津は誰か一人でも言い負かしておきたいのだろう、この中で一番弱そうな私に目を付けてきた。これと言って言いたい事など今更何も無い。か・ぎ・か・え・せ!それ以外どうでも良い。

 「……鍵の返却をお願いします」

 「……」

 香津はようやっとポケットから鍵を取り出し、キーホルダーから外してテーブルの上にコロンと投げ捨ててきた。私はガンッ!と結構な音をさせて落下したそれを拾い上げてポケットに仕舞う。

 『荷物出し終わりましたんで部屋の確認お願いします』

 引越し業者に呼ばれた香津は、私たちを一瞥してから二階に上がっていった。

 それからほどなく、由梨は彼との生活を始めるため家を出た。その直前に当初の予定通り送別会を開き、新垣仁志と何故か檜山も同席した。先輩は最近伊織と別れ、久し振りの独り身に寂しさを募らせているらしく用も無いのに家に来るようになった。


 その後も私はライターとして出版社に出入りすることがあるので、週刊誌担当の連中から仰木大和の近況も漏れ聞こえてきた。妻である富士川譲が亡くなった今になって足繁く彼女の実家に通い、彼女の遺骨が埋葬されている公営墓地にマメに通っているらしい。今更どういうつもりなんでしょうか?幸穂の母は首を傾げており、新垣仁志も今更感半端ねぇと毒吐いていた。

 その新垣が引き継いだ漫画の連載再開もすんなりと受け入れられ、暗礁に乗り上げられかけたTVアニメ化もついに実現となった。


 翌年度の春、ミカも異動となり家を出る事になった。由梨も混じえての送別会を開き、そこで彼女もまた彼氏の異動で九州に発つ事を告げられた。

 そういった事情で私は独りになり、一軒家での独り暮らしは何かと不便であるので遂に手放す事にした。ちょうどそんな時期に鳴海さんが古くからの知人との子連れ婚を決め、中古の一軒家物件を探していると相川さんが教えてくれた。ダメ元で見学してもらったところ気に入って頂き、不動産会社の仲介の元鳴海さんに購入して頂くことで話がまとまった。


 そして私の新居探し……実はこれが一番難航した。仮契約までこぎ着けても欠陥住宅である事が判明したり、一旦キャンセルした人がやっぱりと言って出戻ったため入居出来なくなったりと散々だった。物件は良かったのにお隣さんがヤの付く稼業の方だったなんてのもあった。その間に一軒家の引き渡し期限が来てしまい、私は泣く泣く檜山の自宅に転がり込む事になってしまった。


 そして一年が経ち、私はそのまま檜山の家に居候している。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

傍観者 谷内 朋 @tomoyanai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ