ⅩⅩⅩⅦ


 これは由々しき事態だと富士川譲を担当していた他の出版社から仰木大和に対する損害賠償を請求する訴状が送られてきたらしい。そのうち一社から出版されていた作品は累計売上何百万冊という売上を誇る人気作を抱え、テレビアニメ化の話も進められていただけに彼女の死で大損害を被るのは避けられないだろう。

 檜山の話によると仰木個人から賠償金を吸い取るのは無理な事くらい相手方も分かっていらっしゃるようで、香津との不倫をスキャンダルとして世に知らしめる策に出るようだと言っていた。現に事実確認が取れ次第この事は全国に知らしめるとの連絡は既に受けていたそうだ。

 そして宣告通りクズ男は富士川譲の夫として不倫騒動の渦中に躍り出る事となった。人気漫画家である病床の妻を放っぽり出して余所の女と懇ろかます糞野郎として全国に晒されていた(一般人扱いなので多少の加工はしてあったが知人レベルであれば一目瞭然)。香津との抱擁写真やホテルに出向く二人の姿、ただの一般人の不倫なのだがこれが案外話題になった。人間という生き物はとかくゴシップが大好きなもので、気付けばエセ美談婚ネタは遥か彼方に追いやられるようになっていた。

 「彼と結婚する事にしたの」

 あれから三ヶ月が経ち、夕飯中に由梨がそう言った。となるとここに居るのもあと僅かですな、あれほど心待ちにしていた事が現実味を帯びているにも関わらず馴染んできたところで居なくなるというのは多少の寂しさも入り混じっていた。今では余程の事が無い限り朝晩三人で食卓を囲むので彼女への嫌悪感はすっかり薄れてしまったようだ。

 「そうですか、おめでとうございます」

 敬語は未だ取れてないけど。

 「ありがとう、来月末でここを出るね」

 「分かりました」

 「んもぅ~麻帆ちゃんドライ過ぎ~、もうちょっと寂しがってよぉ」

 由梨はそう言って笑う。最初の頃の嫌味な態度はすっかりなりを潜めてる。

 「そうでもないですよ、でも独りに慣れてるのは否めないですね。これから何かと忙しいでしょうけど送別会しましょうか」

 「ホント?何か認めてもらえた気分で嬉しいなぁ。嫌じゃなければ彼氏……」

 「是非お誘いください、大した事は出来ませんがお祝いさせて頂きます。一度予定を合わせましょう」

 うん。由梨は嬉しそうに頷き、早速ケータイメールで彼氏さんと連絡を取り始めた。隣に座っているミカは敬語の抜けない私を見ながら苦笑いしている。

 「こういうの苦手なのは分かるけど」

 「まぁそこは目を瞑っててよ」

 はいはいなんて事を言っているとピンポンとチャイムが鳴った。宅配便であれば決して変な時間帯ではないがこんな時間に一体誰なんだろう?私は側にあったケータイを見るが出版社からの連絡は無い。ミカと由梨も首を傾げている。

 「うーん、自治会長さんとかかなぁ?」

 その可能性も否定できないので私が玄関に向かう。念の為ドアフォンテレビを確認すると大きな封筒を持った新垣仁志が立っていた。このところ香津はここに寄り付いていない、由梨の話によると持ち運べる荷物は少しずつ抜き出しているらしい。

 「はい」

 私は棚に置いてある殺虫剤に手をかける、この前みたいな事があったらたまったもんじゃない。

 『新垣仁志です』

 はい見りゃ分かる。

 「西山香津でしたらこのところ帰宅していませんが」

 『いえ、彼女の事はもう良いんです。僕だって平然と不倫する女は嫌いです』

 ん?なら一体何の様だ?

 『小宮幸穂……富士川譲の事で少しお話があります』

 この男の口から幸穂の名前が出てくるとは思わなかったが、口振りからして嘘を吐いているとも思えない。私は少々不安を抱えながらも彼を家に上げることにした。

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