ⅩⅩⅩⅥ
更に一夜が明け、午前中のうちに告別式が執り行われた。出版社の社長クラスやらテレビ局関係者の参列があったので通夜のみにしたが、一般のファンのためには献花ブースを用意してあるので由梨は今頃そちらに行っているはずだ。
「ネットニュースを見た時はびっくりしたわ」
つい先程修学旅行の引率から戻ってきたミカがテレビを見ながらしんみりと言う。
「私もネットニュースで知ったのよ、夜勤だったから」
「連絡は取り合ってたの?」
「まぁ……この前『やっと面倒臭い治療から解放された』って嬉しそうなメール来てた。実は来週見舞いに行く予定してたんだよね」
「そう……精神的に相当無理なさってたのかしら?」
ミカも幸穂とは面識がある、気も合わなくはなかったので何かしら思うところはあるだろう。
「そこまでは分からない。『別に今に始まった事じゃない』って諦め口調で言ってた事もあるからビジネスパートナーと割り切ってた可能性も否定できないわ」
「う~ん……漫画家としては絶好調だっただけに惜しいと思うわ。ご病気が見つかったのだって結婚してからだし、離婚してたら完治しなくとももっと長生き出来たんじゃないかなって思っちゃう」
確かにその可能性はある。しかし幸穂は亡くなった、もうタラレバは通用しない。ただ腐っても夫であるクズ男がきちんと仕事をしていれば一昨日ではなかったはずだ、そう思うと悔しくなる。
「私もっとちゃんとしないとなぁ……」
テレビを見ながらそう呟くと又しても拒否反応。
「コイツもういい加減にしてほしいわ……」
テレビに映っているのは毎度お馴染みしたくないが例の“エセ美談婚”御曹司、今度は何だよ?と思っていたらワイドショー番組のパーソナリティーが神妙な面持ちで原稿を読み始めた。
『先日婚外子を全員引き取ったというニュースがありましたが、その方法がいささか強引だったとかで近く捜査のメスが入るとの情報が……』
『しかも再婚相手の女性には五人目の子供がお腹の中にいるんですよね?』
『六ヶ月だそうですね、当時まだ奥様はご存命だったはずですが……』
何かややこしいな、事によっては逮捕劇もあるんじゃないのか?
『これまでの美談は一体何だったんでしょうかね?』
まぁこれを見てるほとんどの方がそう思っているだろう。
『奥様の事故死にもきな臭い噂話もちらほらあるとかで……』
証拠も無いうちにテレビで言って大丈夫なのかよ?と思いつつもこう言っちゃ何だがあの御曹司何から何まで胡散臭い。
「……そろそろ消そうか」
「そうだね、胸糞悪いわあの類の顔は」
ミカはリモコンを掴んでチャンネルを替えていた。
その日を境に香津は家に寄り付かなくなった。トイレの犯人もクズ男であった事が裏付けられたかのようにピタリと臭いも治まった。
三人になった私たちはこれまでになく平和な日々を過ごしていた。由梨とは生涯相容れないと思っていたが、まさか幸穂の死がきっかけでごく普通に会話が出来るようになるとは……。
その後仰木大和は出版社内部の査問委員会とやらにかけられて少年誌担当から外されたそうだ。あの出版社で言えば少年誌は花形部署なので言わば左遷を意味している。まぁ病床の人気漫画家を放置して他所で懇ろかますなどあってはならない行為だろう。しかもそれが元で一人の命が失われた、殺人事件ではないにしろそれに匹敵する悪徳行為である事は間違い無い。
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