ⅩⅩⅩⅡ

 それから何日か経ったある朝、私はごみ捨てで外に出た際近所の小母さんに声を掛けられた。

 「おはようございます」

 「久し振りね、最近見ないけどお元気そうね」

 えぇまぁ。夜勤に仕事を変えているのと執筆のお仕事が増えたおかげで、このところ明るい時間に外出する事はほとんど無くなってる。

 「お宅の駐車場に外車がよく停まってたけどどなた?」

 外車?ミカも香津も国産車のはずだが。私はペーパー、由梨は免許を持っていない。ひょっとして由梨の彼氏か?

 「同居人の彼氏かと、送り迎えしてもらってるとかで……」

 「何言ってんの?結構な時間居座ってるわよ。しかもディーゼル車みたいでエンジン音もうるさいし」

 これは一度由梨に確認を取ろう。

 「すみません、何だかご迷惑をお掛けしてる様で……」

 「ちょっと待って、麻帆ちゃん何も聞いてないの?」

 えぇ。私は正直に頷く。

 「某さんに聞いただけよ、私は車しか見た事ないんだけどね」

 と小母さんは私が一切知らなかった事を教えてくれた。

 「最近はなりを潜めてるみたいだけど、誰もいない時間帯を見計らってあなたのお父さんの後妻の娘がその外車の主の男連れ込んでるって……ほら、麻帆ちゃん二週間ほど家空けてたでしょ?ちょうどその時期よ。

  それで同居してる色の白い子……彼氏さんに送ってもらったところを一度鉢合わせて、『最近トイレが臭くて困ってる』から何か良い消臭剤ないですか?って。そう言えばミカちゃんも似たような事言ってたわ」

 「その彼氏さんの車の車種分かります?」 

 「えぇ、国産のコンパクトカーよ。うちの娘のと同じメーカーだから」

 アレよ。小母さんはご自宅の駐車場を指差し、そこにはライトブルーの国産コンパクトカーが鎮座していた。いくら噂好きの小母さんとは言えわざわざ嘘を教えたりはしないだろう。余程でない限り主婦はそこまで暇ではない。

 「その男の見た目とかの話は出た事がありますか?」

 「えぇえぇ、ホラあの何とかって企業の御曹司。アレよ、“エセ美談婚”!そう聞いてるわ。『女をたらし込みたがる男ってああいう顔してるのね~』なんて仰ってたから、ちょっとしたイケメンに騙されると痛い目見るわよ」

 なるほどそれならアレで間違いない、これなら全て辻褄が合う。

 「ありがとうございます、肝に銘じます」

 「気を付けなさい、あなた可愛い顔してるから。やっぱり蛙の子は蛙なのね、おお怖」

 小母さんはそれじゃ、と言って家に引っ込んでいった。こりゃいい事聞いたわと家に戻ると、何故か香津が不機嫌そうにこちらを見ている。

 「ごみ捨てに何分掛かってんの?」

 ごみ捨て自体はすぐに終わったが。

 「ご近所さんに声を掛けられまして。母と割と親しい方なので少しお話してました」

 私はここが里なのでご近所付き合いはあまり蔑ろに出来ない、お前とは事情が違う。

 「こっちは朝が一番忙しいんだから!もう出なきゃいけないのに!」

 そうかも知れないが私は夜型、生活サイクルが違うくらいで八つ当たりしてほしくない。

 「今日は吉原さんがお休みですよ、今お風呂に入られてます」

 私はこれと言った悪い事はしていない。あくまでこれまで知らなかった真実を知っただけ。キッチンに入って洗い物をしていると由梨が風呂から出てきてキッチンに入ってきた。

 「麻帆ちゃん朝ごはん食べたの?」

 由梨は香津を完全無視して私に声を掛けてくる。ただの消去法だろうが、これまでのように端々に嫌味を言われなくなったので少し話しやすくなった。

 「いえまだです、これが終わってから食べようかと」

 「じゃあ一緒に食べよう、お腹空いたぁ」

 そうですね。私は二人分の朝食を準備し、この時初めて由梨と二人で朝食を摂った。風呂上がりでスッキリしたはずなのに心なしか彼女の目が充血しているような気がする、最近寝坊気味な印象もあるし。

 ‎「眠れないんですか?」

 ‎何の気なしに訊ねてみるとそうなのぉ、と返ってきた。

 ‎「夜中二時三時の長電話が煩くて」

 ‎あぁ……私夜勤だし深夜はほとんどヘッドフォンを付けてるから気付かなかった。

 ‎「しかも普段とは違う猫なで声のぶりっ子口調で胸クソ悪くてさぁ」

 ‎それは分かる、普段硬派振ってるだけに下手なホラーより薄気味悪い。新垣の時にもやめてくれとは言ったのだが、マナー力皆無の香津にとっては相手が変われば無効になるらしい。

 ‎「『今すぐ会いたい』とか言って笑ってんの、だったら行けば?って思っちゃう」

 ‎煩いよりはマシだもん。由梨はふくれっ面ながらも目の前の食事はもりもりと平らげていた。

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