Ⅵ
それから数日置いてから、打ち合わせついでに檜山から仰木大和という男の話を聞き出した。
「彼は俺が新卒の年に中途で入ってきたんだ、年は三つ上で確か既婚の筈だが……ってあの人に惚れでもしたのか?」
檜山は嫌そうな顔で私を見る。何故そんな顔をするのかは分からないが、私が仰木大和とやらに惚れるなんて冗談はやめて頂きたい。
「変な冗談よしてちょうだい」
「いやあの人モテるからな、と言うより手癖に問題アリだから」
「そう、チャラそうだものね」
「友人として忠告しとく、アノ人には深入りすんな」
一応心配はしてくれているらしいのでお気持ちだけありがたく受け取っておこう。でもそれは私にではなく香津に教えてあげた方がいいのでは?とも思うのだが。
「はぁい、分かりましたぁ」
私はとびっきり戯けた表情で答えてやる。
「お前真面目に聞いてんのか?」
檜山は私のおでこをピシャッと叩く、いつもより幾分力がこもっていて地味に痛い。しかし本気の言葉だったことが分かってその痛みには温もりがこもっていた。
それからひと月も経たないうちに香津が珍しく話しかけてきた。
「そう言えばさ、麻帆って○○出版社に出入りしてるんだよね?」
えぇまぁ……私は曖昧な返事でやり過ごそうとするが、これまた珍しく上機嫌で会話を続けてきて少々鬱陶しい。
「仰木大和さんって知ってるよね?」
「さぁ、打ち合わせで顔を合わせる編集者さんの中にはいない名前ですね」
オオギヤマト……いきなり名前を出されてもすぐには思い浮かばなかった。私にとって彼はその程度の男、多分人生の中で出会わなくても全く困らないと思う。
「えーっ、彼あんたと話したって仰ってたよ」
「そうですか。いつ頃でしょうかねぇ?」
私はさも思い出そうとしている表情をしてみせる。そう言えばあの人どこぞの起業家の御曹司に似てるな、なんて思っていた。少し前の話で同級生の女性と十年愛を実らせての結婚が美談として話題になっていたが、当事者二人が新婚旅行で海外を飛び回っている間に婚外子が二人いる事が発覚したとか何とか……。
「思い出せた?」
「多分あの方かな? という男性は。挨拶程度の会話だったと思います」
へぇ。それで会話を終わらせようとした私は冷蔵庫から麦茶を取り出して部屋に移動しようとした……ところに由梨が帰宅してきて、ただいまもそこそこにねぇねぇと香津に話し掛けていた。
「そう言えば
「はい、何でしょうか?」
私は振り返って返事をする。そこまで無視を決め込めるほど強靭な神経は持ち合わせていないので。
「お昼のワイドショー見たぁ?」
「いえ、出掛けてましたので」
私はなるべく隙を見せないよう慎重に言葉を返す。
「そっかぁ。この前のエセ美談婚の御曹司、憶えてる?」
あぁさっき似てるなぁって思ってたアレ? まさかこんなところで話題にのぼるとはね。
「えぇ、婚外子がどうとかの……」
「そうそう、そこの奥様がね」
「車に跳ねられて亡くなられたんだって」
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