Ⅴ
「……の筈だったのに」
香津の『出て行く』宣言から季節が一つ過ぎたが、彼女は未だ動きを見せない。中出し男は既に福岡での生活を始めているはず、ひょっとして『出て行く詐欺』かよこれ?
「まだ四人で生活してるのか?」
この日も打ち合わせで檜山と顔を合わせている。
「えぇ、かれこれ四ヶ月動き無しよ」
「上手く行ってないんじゃないのか?遠距離だし」
「さぁ、そんなの知ったこっちゃないからね」
「それでよく共同生活出来るよな」
檜山の呆れる気持ちもよく分かる。本来一番寛げるべき筈の家という空間に癌細胞を住まわせている状況なのだ。つまり病気を放置してるようなものなのだが、人間というのは恐ろしい生き物でこんな生活を続けていてもいずれ慣れてくるのだ。
「何かねぇ、人間の適応能力が恐ろしくなるね」
「そういうのに慣れ親しむと後々困るのお前だぞ」
そうかもねぇ……私は他人事の様に返事をする。そう、香津と由梨が来てからというもの私はどことなく日々の生活が二次元の様に感じる事がある。
「取り敢えずたまには息抜きしろ、伊織もお前に会いたがってたからな。一日くらいなら泊めてやるよ」
「リア充カップルのお邪魔なんてしませんよ、お気持ちだけありがたく頂戴致します」
私はそこまで図々しい事は出来ない、なかなか出て行かない香津にミカはイライラを募らせていていつ争いが起こるか分からない状況なのだ。彼女にばかり嫌な役割はさせられない。
「よぉ貴之、仕事か?」
とこちらの会話に容赦無く割り込んでくる謎の男と言う程でもなかった、檜山の同僚である男性が声を掛けてきた。
「えぇ、さっき終わったところです」
「ふぅん……で、そちらの方は?」
「今回ご一緒するライターさんです。紹介するわ、少年誌担当の
「仰木です、お話はかねがね」
「どうも」
私たちは取り敢えず挨拶として握手を交わす。『お話はかねがね』? どういう事だろうか?
「西山香津さんのご友人ですよね?」
あぁ、そういう事ですか。世の中案外狭いものですね。
「そこまで親しくはありませんが」
「ルームシェアなさってるのに?」
仰木大和という男は何気に他人の領域に土足で入ろうとしてくる男のようである。見てくれはそこそこ良いがそれだけの男のようだ。
「中途半端な友人だとかえってうまく行かないものですよ」
「それだけ彼女とは親しいんですね」
「……」
私は敢えて答えないで鉄仮面の笑みを作る。これで察してくれるほど頭の良い男ではないだろう。更に言えば正直に話しても無駄に茶化してくる品の無さも持ち合わせていそうである。この男に腹を見せるのは危険だ……たかだか三十年ちょい程度の経験値ではあるが、私の直観はそう判断した。
「檜山さん、私はこれで失礼します」
「えぇ、例の件宜しくお願いします」
こういう時の彼の勘の良さは非常にありがたく思う。この仕事で檜山とはまた顔を合わせる、その時にでもこの男の事を探らせてもらおう。何故だかよく分からないが嫌な予感がする……私は二人に会釈して早々とその場から離れた。
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