ⅩⅤ

 私たちは二人だけなのを良い事にパーティー仕様の握り寿司を購入し、スーパーで日本酒も購入した。ミカは下戸なので飲むのは私だけだが、あの“カン詰め”以来お酒は一滴も口にしていない。それに香津と由梨が来てからというもの、歳のせいか精神的疲労のせいか悪酔いが増えたように思う。でも今日は家飲み、酔えば部屋に入って寝てしまえばいいのだ。片付けだって明日でいい、そう思えば気が楽だ。

「今日は燗にしようかな~?」

「このクソ暑いのに?」

「やっぱり冷かな~?」

「もう好きにしなさいよ」

 そんな事を言いながらはしゃいでられるのもいつ振りだろうか? ミカからも笑顔が見られて何だかそれだけでホッとする。私たちは久し振りに二人だけで食事して色んな話をした。近況報告、思い出話、恋の話など大した内容ではないが話は尽きなかった。

「そう言えば小学校卒業する時『タイムカプセル』埋めたよね?」

「あ~そう言えばそんな事もしたっけ~。でもどの辺に埋めた? 一度改築してるから建物の下になってたら最悪だよ」

 と言いつつ私は『タイムカプセル』の事など何にも覚えていなかった。ミカの記憶力が凄いのか私の記憶力が酷いのか……きっと後者だと思うが。

「改築の前に掘り起こしたらしいよ、うちの学年のは中庭だったから掘り起こされてないけど。今や担任の赤松あかまつ先生も校長だよ、月日が経つのは早いよね」

「そうね、ミカは何埋めたか憶えてんの?」

 私はそれとなく『タイムカプセル』の事を訊ねてみる。

「何? って皆未来予想を書いた作文でしょ? そんな気はしてたけどあんた覚えてないでしょ?」

「ゴメン全く憶えてない……」

 私は正直に白状した。この子に隠し事は通用しない、今更だが。この後ミカは記憶にある限りの事を話して聞かせてくれた。ミカが言うには当時担任だった赤松がいきなり提案して強引に未来予想を書かせたそうだ。まぁ赤松自身が廃校を経験していて『タイムカプセル』が埋め立てられてしまったらしいのだが、それを将来の夢など無かった者からすればてめぇのゴリ押しなど迷惑なだけだ。

 赤松はどれだけご立派なご家庭でお育ちになったかは知らないが、不倫された上に片親となった私を蔑視していた。『片親の女にロクなのは居やしねぇ』公然と言われたのだって一度や二度じゃない。他にも片親の児童は二人いたが、死別だった事で私ほどの差別は受けてこなかった。それでも『片親の奴はがめつくていけない』一度集金袋が消えて無くなった時、死別による母子家庭の男子児童が疑われた。私は幸い風邪で欠席していた日だったので疑惑の目は免れたがそれはもう酷い言い草だった。結局三日後に見つかったのだが、赤松本人の管理不手際と分かり、男子児童の母親が泣いて抗議したことで問題が明るみに出た。

 学校側も事態を“重く”見てその後十年ほど担任は持たせなかったらしいのだが、教頭や校長と言うのは試験さえパスすればなれるもので人格などどうでも良いもののようだ。まぁあの程度のオッサンがなれるものなのだから、試験で貰える肩書などあくまで綺麗にラッピングされただけの空箱のようなものだな。人格者が聞いて呆れる。

「あんなのでも校長になれたのね」

「まぁ麻帆にしてみれば嫌な担任だったと思うよ。でも来年掘り起こすから参加しない?」

「う~ん今更どうでも良いなぁ……サーモン食べるわよ」

「ちょっと待ってよ! 私まだ食べてない!」

 ミカは明らかに『タイムカプセル』の事などそっちのけで目の前のサーモン握りを口の中に入れた。何だその早業……と呆れてしまったが、所詮ただの紙切れを土に埋めて“熟成”させる事に何の意味があるのか? それよりもサーモン握りの方が明日の命の糧になる。私は嬉しそうに口をもぐもぐさせているミカを見ながらそんな事を考えていた。

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