ⅩⅩⅨ

 「一つ聞いてもいいですか?」

 この日私は檜山を始めとした出版社の人たちとの飲み会に参加していた。他の連載を持っているライターさんも数名いらして、途中から鳴海さんと相川さんも参加してきた。

 「ん?何だ?」

 「ご飯時なんでアレなんですが……男性のトイレ事情って今時はどうなのかなぁ?と思いまして」

 「あ~、立つか座るかっていうアレか」

 さすが先輩、話が早くて助かります。

 「えぇ、ネットで調べたら半々らしいですね」

 「へぇ、俺自身が半々だよ」

 は?何のこっちゃ?

 「どう半々なんです?」

 「家では座る、外では立つってこと」

 あぁなるほど。

 「で、それがどうした?」

 「正直あまり広めてほしくない話なんですが……」

 と言いつつ私にとっては広まったところで痛くも痒くもなく、普段通りの声のトーンでトイレの悪臭の話をした。

 「……そんなに分かるもんなのか?」

 「当たり前です。女しかいませんし、私自身母子家庭で育ってますんで」

 「だから伊織のやつ『立ってするなら自分で掃除して』って言ってたのか……」

 この男今まで分かってなかったのか?と呆れつつも、バブル期崩壊直前産まれの私たち世代は、記憶に留まっていなくてもかろうじて昭和の熱気と緩さを体感している。

 「あらお二人さん、何何?良い雰囲気で」

 とほろ酔い気分の松井さん。これのどこがいい雰囲気だというのか?

 「いえいえ、男性のトイレ事情を伺ってただけですよ」

 「あ~、家は父が立ってするかな?弟は平成生まれだからか座ってするよ」

 「見たことあるんすか?」

 いえね檜山さん、さっき臭いで分かるって言いましたよね?

 「臭いで分かるわよ、母は毎日の様に文句言ってる。それがどうかしたの?」

 「いえ、知人がトイレ事情で離婚直前まで揉めたんで……」

 別に本当の事を言ってもよかったかとも思ったが、檜山に口止めしているのでネットに書いてあった情報を知人の話にして誤魔化しておいた。

 「まぁそうよね、子供のおもらしよりたち悪いもんね。しかもそれを当たり前だとか思ってんでしょ?」

 松井さんも話に参戦してくる。すると徐々に参加者が増えてきてああだこうだと盛り上がり始めた。しかしその輪の中に仰木大和が入ってきた事でその場の雰囲気がピッと張り詰めた。

 「何何?何の話?」

 えっ?コイツここまで嫌われてんの?くらいのレベルで出版社の皆様の会話が一気に止まってしまった。こんな反応されたら話の発端である私でもさすがに説明しにくいわ。

 「男のトイレ事情の話ですよ」

 この変な緊張感を打ち破ったのは檜山だった。すると仰木大和は見事なKYっぷりで話に入り、一人二人と立ち退きが始まった。できれば私も退きたいが……駄目ですよね?

 「そんなの男は立ちションでしょ?座ションの奴なんて居るの?」

 「最近の若い子は座ションが増えてるみたいですよ」

 「だから近頃の若いのは軟弱なんだよ!男は立ちションに決まってんじゃない」

 仰木大和は声高らかに一人で盛り上がっている。

 「立ちションは構いませんがその後処理はどなたが?」

 相川さんのもっともなご質問。

 「そんなの嫁の仕事だろ?ウチ“専業主婦”だしさ」

 「それってご病気からですよね?しかも“専業主婦”じゃないし」

 とは申し訳無いが知らない男性の方。仰木大和の家庭事情を知ってる様だから出版社の方だろう。

 「でも一日家に居るんだし、家事は主婦の仕事だろ?俺だって休みの日に病院に連れてってやったりしてんだからギブアンドテイクは当たり前じゃないか」

 「それ承知で結婚してんじゃないの?」

 鳴海さんも仰木大和がお嫌いみたいだ。

 「でも夫婦関係って対等であるべきだろ?」

 お前の口振りではそういう風には聞こえないがな。

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