Ⅱ
この日私は雑誌に載せる記事の打ち合わせで出掛けていた。香津は最近出来たと思われる若い恋人を事ある毎に連れ込み、既に由梨を味方に付けていた。お陰でミカの怒りは日に日に募り、帰りたくないのかこのところ残業三昧だ。私も出来れば関わりたくないのでなるべく部屋から出ないようにしており、幸いアルバイトにも多く入れて下手すれば大学生かと思える馬鹿男とは一度しか顔を合わせていない。
「ところで、ルームメイトの彼氏とやらはまだ?」
ひと仕事終えて帰宅しようと出版社を出ようとした私に、打ち合わせメンバーで大学時代の一つ先輩でもある
「えぇ、相変わらず。今日も来るんじゃないかな?」
私は面倒臭いとため息を吐く。
「一度ガツンと言ってやれば?」
「それで聞くならとおにやってる。ミカが言っても右から左」
そぉかぁ……檜山は悩ましげな表情で頭を掻く。私には家族がいないせいか、気付けばこうして彼に甘えている。彼は独身であるものの七年ほど交際して結婚を視野に入れている恋人もいる。
そりゃあ私だって彼女さんこと
「ミカちゃんで駄目かぁ」
「えぇ、もう一人が完全にあちらさんの味方をするからどうやっても埒が明かなくて」
檜山はミカとも面識があり、彼女が自分にも他人にも厳しい女なのは知っている。それでも香津が相手じゃ糠に釘、本当なら家主である私がしっかりしなくちゃいけないんだろうけど。
香津は割と口が立つ。きっと頭は良いのだろう。しかし一般常識が欠落している私でさえも彼女のマナーの悪さは目を覆いたくなる。言っている事は正論なのだがやっている事はかなり無茶苦茶、そんなの相手にしてると命がいくらあっても足りない。
「まともに相手してると私数年で死ぬる……」
「おいおい勘弁してくれよ、そんなんで死なれたら俺後味悪いわ」
先輩は苦笑いしながら私の肩を叩き、晩飯食いに行こうと誘ってくれた。
「伊織さんは大丈夫なの?」
「あぁ、昨日からお姉さんの出産に備えて実家に戻ってる」
「そう、じゃあ奢ってもらおうかなぁ」
私はわざと戯けた口調で檜山に集る。そこまでお金が無い訳じゃないし勿論本気で言ってないけれど、かなりの確率で奢ってくれるので本当なら足を向けては寝られない相手である(ベッドの配置上思いっきり足を向けているがそれは内緒にしておく)。
「んじゃ行くか、ハイエナ」
「酷いなぁ、人間扱いしてよね」
私は檜山の悪態に口を尖らせつつ、真っ直ぐ帰らずに済んだ事にただひたすら安堵していた。
立ち寄った居酒屋で一頻り愚痴りまくり、店を出て檜山と別れた時は既に日付が変わっていた。幸い彼がハンドルキーパーになってくれたお陰で車に乗せてもらい、身の安全を確保できた状態で帰宅する事が出来た。まぁ私に構ってくれる物好きな男なんぞこの世にいないのでそんな心配は皆無なのだが……なるべく音を立てないようゆっくりと鍵穴を回して抜き足差し足で中に入る。
そろりそろりと爪先歩きで部屋に入ると……天井がいつになくミシミシと音を立てている。最初はネズミだと思ってさほど気にしていなかったのだが、止せばいいのにこんな時に限って妙な探究心が芽生えてしまうというか何というか。つい耳をそばだてたのが不味かった、次に聞こえてきたのはなるべく聞きたくなかった不快な音だった。
『あぁん、あぁん、あぁん……』
……私は閉口するしかなかった。
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