ⅩⅩ
「香津さん、どんな方法を取られても新垣仁志はここに乗り込んでたと思います」
「えっ?どういう事?」
香津は私を見て不思議そうな顔をする。多分この展開で私が口を挟むのが意外だったのだろう。
「新垣仁志が発信した『分かった』と香津さんが受け取った『分かった』の解釈が違ってたんだと思うます」
「え?え?何で?二度と会わない事も連絡先を削除する事も伝えたのに?」
香津はちょっと混乱してる。私は物書きの端くれだが言葉を使って何かを伝えるのがとても下手くそだ。
「えぇ、彼は恐らく『君の言いたい事は分かった』って事だと思います。そのうち考えも変わるよね?的に都合良く解釈したんじゃないでしょうか?」
「直接言わないからこうなるんだよ」
と由梨の横やりが入る、マジウザい。
「同じです、脳内でそう決め込まれてしまえばいくら香津さんが直接会ってきちんと意思を伝えても歪曲されて終わりです。今回の事に限って言えば相手の男がキモかった、でいいと思います」
「うん、確かにアレはキモかった。別れて正解よ」
ミカも私の考えに同調してくれた。新垣仁志の執念深さで直接怖い思いをしたから香津に対して同情の余地があると判断したのだろう。由梨は納得していない様だがこの際それはどうでもいい事にする。
「ホント迷惑掛けてごめんなさい、まさかこんな事態になるなんて……」
「香津さんだけのせいじゃないよ、ただこれに懲りて男は連れ込まないでね」
「……分かった、反省してる」
ミカはここぞとばかり上手い事釘を刺してる。その場しのぎの抑止力程度にしかならないだろうが、当面はトイレの臭さに悩まされなくて済みそうだ……がそれで終わるはずもなく、結果的に由梨が爪弾きになった事でもう一波乱の火種をこしらえる羽目になってしまった。
この一件で香津は多少懲りたのか男を家に呼ばなくなったようだ。しかし根本的な解決は何もしておらず、トイレの悪臭問題も冷蔵庫の見慣れないお茶の問題も解決には至っていない。このままだとさすがに気持ちが悪いので、先ず犯人探しをしてもトラブルにならないであろうお茶問題について香津に聞いてみた。
「アレ私、実は安売りしてて箱買いしたのよ」
「そうだったんですか?誰も飲まないメーカーだったので気になってたんです」
「そっか……じゃあ話しておけばよかったね。嫌いじゃなければ飲んでいいよ、ミカさんにもそう言っておいて」
「そう伝えておきます。多分お伺い立ててから飲むと思いますよ、ミカの性格考えたら」
「何からしいよね」
香津はそう言ってくすっと笑う。取り敢えず問題は一つずつ潰していこう、トイレ問題はどう解決させようか……と考えていたら香津がとんでもない質問をしてきたのだった。
「ねぇ、仰木大和さんの事憶えてる?取材旅行の行きしなに駅で出会ったって聞いたけど」
「えぇ、まぁ……よくご存知で」
「実は彼勤務先に出入りしてらっしゃるの、市民楽団でサックス吹いててなかなか格好良いよ。何か話した?」
私は取材旅行当日の出来事を振り返ってみる。あぁ、会った直後松井さんが駅に引っ張り込んだアレだ。
「いえ、挨拶程度ですね」
「そうなの?機会があったら色々話してみてよ、彼とっても話が面白くて麻帆もライターとしての幅が広がると思うよ」
「ははは、機会があれば」
私は取り敢えずお茶を濁しておく。檜山から聞いてる事と松井さんの嫌いっぷりを考えると危険人物としか思えないのだが、とは勿論言わない。まぁ不倫ドラマの既婚クズ男の題材くらいにはなるだろう。はてさて、仰木大和はこれから私にどう接してくるのか?この話の内容はきっと香津から伝わるはずだ、私は如何にこの男を近付けまいとしようか思案を巡らせていた。
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