Act.0025:ホント、やだわ……困ったわね

「あらやだ。ちょっと貴方、こんな所でなにしてんのよ?」


 それは本当に偶然だった。

 食事をとるために偶然、六月と訪れた酒場で、如月は知った顔を見つけたのだ。

 しかもその顔は、ここで会う約束もしていないし、遇うはずもないし、むしろ遭いたくない顔だった。


「……こんにちは、ヨシノさん。こんな所で偶然ですね」


「偶然? あなた、偶然という言葉、ちゃんと理解しているかしら?」


 黒のシルクハットに、黒の男性物スーツをビシッと着こなした女性は、如月の言葉に小首をかしげる。

 店の中だというのに、真っ黒なサングラスをかけた表情はよく読み取れない。

 その全身の黒さのせいでよけに引き立つ真っ白な頬が、モグモグと動いていることだけはわかった。

 たぶん、随分前から食べ続けているのだろう。

 彼女の前には大量の空になった皿が並んでいた。


「どーして、調達部隊のあなたがこんなところに? ここはあたしのオペレーションエリアだってわかっているわよね?」


 どうせ周りは騒がしく、他のテーブルまで声は届かないだろうが、一応は小声で話しかけた。


「もちろんです。営業部隊の如月少佐。あ、大佐になられたんでした。申し訳ございません」


 すると空とぼけた感じで、彼女は返事する。

 上司を目の前にしながら、椅子に座ったまま食事を続ける彼女に、如月は小さなため息をつく。


「……同席させてもらうわよ」


 如月は六月ともに、彼女と同じテーブルに着く。

 すぐさま女の店員が注文を取りに来るので、適当に食事と飲み物を注文した。


「それで、ここに来たのは弦月げんげつの命令なのかしら、玉兎ぎょくとちゃん?」


 店員が離れたことを確認してから口火を切った。


「もちろん、お仕事です」


「……ここでなにをしていたのかしら?」


「もちろん、お仕事です」


「……言うつもりはないと言うことね」


「申し訳ございません、大佐。秘密任務なのでそんな簡単に言えません」


「……ここの代金は、あたしがもつわ」


「実は、ワールド・ゲートウェイの設定変更をしてきました」


 いとも簡単に口を割る。

 玉兎は口が軽い、というわけではない。

 彼女はもともと話すつもりだったのだろう。

 もしくは、話してももう問題ないのか。


「……ちょっと、どういうことよ? ワールドゲートウェイは確かに調達部から受け取ったけど、管理はこちらにあるはずよ? それに設定はもう済ませてあるわ。これ以上、何を勝手に……」


「レッサー級までだったのをグレーター級まで許可するよう、ファイアーウォールの設定を変更しました」


「――なっ!? なにしてくれちゃってんのよ、あなた?」


 飯が終わってナフキンで口をふく玉兎を如月は睨みつける。


「それ、弦月の命令よね。人の作戦を勝手にいじって、なに考えているのよ、あいつったら!」


「わかりません。面白そうだから……と言っていましたが」


「あのクレイジー2号! 面白そうで、すむことじゃないのよ。グレータ級魔獣なんて来たら、ただじゃすまないわ。被害予想を大きく上回っちゃうじゃない……」


「はい。そうなると思いますので、早めに逃げた方がよいと思います」


「あらやだ、なに言ってんのよ。まだ実行までには時間があるわ。設定を戻すに決まってるじゃない」


「いえ。それが時間がないのです」


「……え?」


 驚く如月をよそに、玉兎が席を立つ。

 そして座っている如月に情報を告げる。


「明日には、ワールド・ゲートウェイが起動されます」


「どういうことよ? 実行はまだ先のはず……」


 如月は玉兎を睨みつけるが、彼女は暖簾に腕押しとばかりに視線を受け流す。


「どこからか知りませんが、日本王国に聖国の企みが漏れたらしく、最後通牒が来たようです。聖国王は事実を隠ぺいしようとしたらしいのですが、バカ王子がそれならもう攻めればよいと」


「……聖国王もその話に乗ったわけね?」


「はい。しかしそうなると、日本王国も戦力的に準備しているので『大ダメージを与えるならグレーター級じゃないと面白くないしね』と、弦月大佐がおっしゃってこうなりました」


「……ちょっとあんた、正直に教えて。ワールド・ゲートウェイのプロトコルコントローラーで、グレータ級魔獣のコントロールはどこまで可能なの? 資料上は80パーセントとかあったけど」


「私が知る限り、50パーセントぐらいです。簡単に言えば、言ったことの半分ぐらい言うことを聞くのではないでしょうか」


「げぇ~ん~げぇぇ~つううぅぅぅ……。あの男、去勢してやろうかしら!」


「はい。お好きになさってください」


 しれっとそういうと、玉兎が頭をさげた。


「それではこれで……ごちそうさまでした」


 そして、さっさとその場から去っていく。


「ホント、やだわ……困ったわね」


 その背中を見送りながら、如月はため息をつく。

 レッサー級を1匹ならば、三大衛士がそろえば簡単に斃せるだろう。

 しかし、グレータ級を1匹斃すには、その10倍の戦力で斃せるか否かといったところである。

 それほど強さに差異がある。

 グレータ級魔獣が暴れだしたら、戦場はあっという間に地獄のようになり、その戦火は想定の数倍のエリアまで広がるはずだ。

 幸いなのは、グレータ級はレッサー級ほど数がいないと言うことだ。

 異世界クラウディアと、この世界を接続して魔獣を呼びこむ法術道具【ワールド・ゲートウェイ】を動かしても、呼びこまれるほとんどはレッサー級であろう。


(でも、グレータ級が数匹来ただけで、大隊がつぶされちゃうわけだけど……)


 本当ならば止めたいところだ。

 しかし、今から聖国王のところに行ってかけあっていたら、止めるのは間に合わないかもしれない。

 しかも、ワールド・ゲートウェイの性能を偽っていたことを説明しなくてはならない。


 だからと言って直接、現地に行って力づくで止めても成功するかどうか難しい。

 きっと三大衛士の誰かがいるだろうし、大軍も集結しているはずである。


 どちらにしても止めようとすれば、今までやってきたことがすべて水の泡。

 被害が大きくなることは本望ではないが、目を瞑るしかない。

 如月はあきらめて、実行させることにする。


「……仕方ないわね。急いであたしたちも一度、この国から退散しましょうか、六月」


 そうなれば急いで逃げた方が良い。

 注文した食事を食べている暇もない。

 できてしまった料理の代金はもったいないが、面倒に巻きこまれるわけにはいかない。

 このぐらいなら、まさに小さな被害だ。

 そう思いながら、如月は席を立った。


「…………」


 すると、六月が紙を1枚差しだした。

 それは、玉兎の置き土産。


「ああ、レシートね……って、なによこの金額!? あの子、1人で20人前ぐらい食べてんじゃない!? ムキー! あのタカリ魔、大食いすぎるのよ!」


 如月は思わず甲高い悲鳴を上げた。

 被害は思ったよりも大きかった。

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