Act.0007:久々に強くて楽しかったよ! ……ごちそうさま!
ヒンディは、てっきり敵が降参するものだと予想していた。
敵わぬと認めたあとの沈黙は、きっとセダイとかいうパイロットがアニム姫を説得しているのだろうと考えたのだ。
本来ならば、アニム姫を誑かした罪、大衛士たる自分に剣を振った罪で、セダイの死罪は免れないところだ。
しかし、もったいない。
自分とやりあえる
そしてなんといっても、未だかつて見たこともないデザインの
それは見かけ倒しではなく、パワー、スピード共に圧倒的にヒンディの操る
この
それだけの力が目の前にあるのだ。
相手が降参するのならば、それを手にいれるチャンスがある。
ところが、予想は見事に外れた。
目の前の猛禽類をイメージさせる頭はこちらをしっかりと睨んだまま、真っ赤な刃の太刀をズイッと構えなおしたのだ。
「負けを認めながら、まだやりあうつもりか?」
相手に聞こえるよう、警告をそのまま外に流した。
金髪の耳をピンと立てて、眼を細めて正面を見すえる。
「今、降参するならば貴様ほどのパイロット、悪いようにはしない」
「残念ながら、負けを認めるわけにはいかないんだ」
返ってくる声は、やはり若い。
最年少の20歳半ばで大衛士となった自分と同じぐらい、もしくはもっと若いのかもしれない。
しかし、不思議なほどにその台詞には揺るぎがない。
「……先ほど、『勝てそうにない』と申したではないか?」
「ああ、剣術ではね。だけど、
「そこまでして姫を守りたいのか?」
「違うよ」
「……なに?」
どんな忠義者なのかと思いきや、あっけらかんと否定してくる。
「ならば何故……」
「ボクの後ろには、世界中のレムロイドプレイヤーがいるんだよ」
「プレイヤー……だと?」
「そう。ボクは……レムロイドプレイヤー名【ジェネ】は、BMRSで10連勝している世界チャンピオンだ。その絶対王者たるボクが負けるということは、クイーンやエンペラー、そしてその下にいる5000万人を超えるプレイヤーたちが負けるということになる」
「なにを……なにを言っている?」
「とにかくトップに立つ者として、後に続く者たちのためにも簡単に負けられないということ。……それは貴方もそうなんじゃないの?」
彼が言うことは、半分もわからない。
いったいなんの話をしているのか、もしかしたら頭がおかしいのではないかと思ってしまう。
しかし、わかったこともある。
「つまり、『仲間の誇りのために負けられない』という解釈でよいのか?」
「それと自分のためにもね……」
セダイという男が、どこの組織に所属しているのかはわからない。
反勢力なのか、第三勢力なのか、はたまたまったく関係ないのか。
だから、彼がどこのトップとして話しているのかはまったくわからない。
しかし、確かに同じだ。
自分とて大衛士として、率いる部下のため、守るべき国民のために負けるわけにはいかないのだ。
国で最強クラスの自分が、どこの馬の骨かわからない者に負ければ、衛士全体の名誉に関わる。
「名誉のために戦う……嫌いではないな」
「そこまでカッコイイものじゃないよ。……とりあえず、射撃武器は使用しないけど、他の武器は使わせてもらうね」
「ふん……まだ私をあまく見るか。使える物は使わぬと、後悔することになるぞ!」
ヒンディは自分の掌から魔力を流しこんだ。
意志は球体のコントローラーを伝わり、ディヨスが猛然と駆けていく。
地面を力強く蹴る感触。
震動はある程度、吸収されるものの臀部から頭部までしっかりと伝わってくる。
対して、敵の黒い機体は跳躍した。
まるで地面すれすれを飛ぶような跳躍は、正に疾風迅雷。
少し前に着地すると、赤い閃きが横に走る。
まだ敵に、こちらを殺すつもりはないのだろう。
もしかしたら、アニム姫の指示なのかもしれない。
しかし、それならば胴体が狙われることはないはずだ。
狙われる頭をできる限り低く下げる。
はたして、後頭部の上を走る刃。
夕焼けより赤い斬撃が通り過ぎれば反撃。
「――!!」
だが、腰に構えられている右手。
左手で振られた太刀は囮だった。
浮かびあがったディヨスの上半身に、敵の右拳が向かう。
「――ぬるいっ!」
ヒンディの思考が加速する。
すばやく左腕の
ただのパンチなら、逆に拳を破壊できる。
されど、それはただのパンチなどではなかった。
盾に当たった瞬間、爆音とともに予想外の衝撃が、盾どころか左腕を吹き飛ばす。
(――爪!?)
敵
鉤爪はいつの間にか真っ直ぐと伸びていたかと思うと、空気が圧縮されるような音ともに元に戻る。
浮きあがる
「なにぃっ!?」
敵も飛びだした爪の衝撃で、右腕が上に伸びきっていた。
しかし黒い体はそのまま、今度は右足を高く持ちあげている。
そしてなんと、足についた3つの爪が落ちてきた
そのまま流れるように、振りおろされる足。
正確に頭部へ向かって、投げこまれる
視界が、一瞬でそれに埋められる。
「――まだっ!」
先の衝撃で左腕は動かない。
だから、右手の剣先で飛んできた
ガード成功。
剣は振りあがっているが、距離は100メートルは空いている。
ならば構えなおして……と考える暇もなかった。
視界に映るのは、振りおろした足を後ろにし、左腰に手を当てて居合いのように構える黒い巨体。
だが、おかしい。
赤い刃の太刀は、敵の横の地面に突き刺さって立っている。
だいたい距離が離れすぎていて、あそこから別の刀を振るったところで当たるわけがない。
ならば、また飛びこんでくる。
ならば、こちらも剣を構えなおす隙はある。
だがしかし、されどまさか。
その場で抜刀する、黒い
(――えっ!?)
想定外の動きに、ヒンディは反応が遅れる。
閃いたのは、見たこともない巨大な光の刃。
まるで一条の光線のようなそれは、100メートルは離れたディヨスの両脚をいとも簡単に両断する。
「そん……な、馬鹿なっ……」
両膝から下が切断されるなど、信じられないような悪夢。
他の大衛士にさえ、ここまで圧倒的にやられたことはない。
抗えない衝撃に、全身だけではなく心も揺さぶられる。
倒れたのは、太陽をイメージしたオレンジの機体。
その上を通り過ぎたのは、闇の体と光の翼をもつ謎の機体。
「久々に強くて楽しかったよ! ……ごちそうさま!」
そんな去り際の台詞も、追わなければならないという使命も、どこか上の空になってしまう。
女性衛士たちにニヒルだと褒められた口許が、今は卑屈に歪む。
いつもは自信満々につり上がった目許が、力なく垂れさがる。
先ほどまで立ちあがっていた三角の猫のような耳は伏せられて、全身が脱力する。
「私が……負けたのか……。しかも、こうもたやすく……くっくっくくく……あはははははは!!」
嘲笑が独りのコックピットからもれて、森にまで響きわたる。
身を知る雨が双眸にたまる。
だけど、止められない。
まるで重しのように覆いかぶさる絶望感に、ヒンディは抵抗することができなかったのだ。
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