Act.0006:相手が強いから、ベリーイージーモードは訂正するよ

「赤鷹、正眼!」


 世代セダイ音声入力ことだまに従い、ヴァルクは背中から太刀をとると両手で中段に構えた。

 武士型に多く見られる打刀タイプより、珍しい太刀タイプなのでかなり長い。

 さらに珍しいのは、その刃だった。

 火色の赤。

 燃えさかる焔を思わす刃は、太陽の光さえも自分のものとして輝きを放っている。


「見たこともない魔生機甲レムロイドのパイロットよ、名前を聞いておこうか!」


 伝話ではパイロットと話せないと思ったのだろう。

 ヒンディの声が、魔生機甲レムロイドの声として空気を震わした。

 それに応じるように、世代セダイがなにか操作してから答える。


「ボクは世代セダイ……東城世代セダイ


「セダイ……私はヒンディ・ルー。【プサ・ハヨップ・タオ聖国】の大衛士が1人。どのようなつもりで我が国の姫を連れているのか知らぬが、大人しく格納ストレージ・インせよ。事情によっては罪に問わぬ」


「すまないけど、特にこれといって事情はないよ。なんとなく楽しそうだったから助けただけ」


「……なにぃ?」


「まあ、そんなことはいいからやるよ?」


「愚かな……」


 本当に愚かなのかもしれないと、アニムは後ろから世代セダイを見下ろした。

 なにも相手を挑発することはないのだ。

 これでは負けた時に、確実に殺されてしまうではないか。


世代セダイ……」


 だが、忠告の言葉は途中で呑まれてしまう。

 違う。

 明らかに先ほどまでとは雰囲気が違う。

 まとう気配が別人だ。

 沸騰する蒸気が急激に冷やされて渦となり、世代セダイの体を包んでいる。

 そんなイメージが、アニムには見えていた。


可変光帯翼かへんこうたいよく、展開……いただきます!」


 耳を疑う世代セダイの合図と共に、魔生機甲レムロイドヴァルクが走りだす。


(――速い!)


 0から急加速。

 それは他の魔生機甲レムロイドでは考えられない1歩。


「――ちっ!」


 思わずもれたヒンディの声が森に響く。

 一種の間合いで詰めた刹那の突き。

 だが、彼はそれを見事に片手剣で捌いた。

 返す刀で袈裟斬り。

 狙っているのは、ヴァルクの腕。

 しかし、魔生機甲レムロイドの動き、そして世代セダイの反応は尋常ではなかった。

 長く重い太刀を見事切り返し、剣戟を響かせる。

 2機とも足下の木々をへし折りながらも、転ぶようなことはない。

 見事な脚捌きで数撃を打ちあう。

 だが、やはり狭い。


 ヴァルクが飛翔するがごとく大きくジャンプする。

 陣風を巻きあげて着地するのは、森の外。

 がらんと開けた野原に、3本爪の大きな足跡を刻む。


 それに、ヒンディの魔生機甲レムロイドディヨスが続く。

 震動。


 にらみ合う2体。


 再び交わる刃。


 されど、アニムの素人目にもわかる。

 魔生機甲レムロイドの動きの良さに助けられているが、剣術において確実にヴァルク、というより世代セダイが押されている。


「――くっ!」


 初めて世代セダイが声をもらす。

 いつの間にかディヨスの左腕に円盤形の盾が装備されていた。

 それは魔生機甲設計書ビルモアの1ページに、1つの装備を費やすことでできる選択型武装オプショナル・ウェポンという機能。

 追加装備として必要な時に呼びだすことができる、正に魔法の能力だ。


 ヒンディはそれを上手く使って、ヴァルクの赤い刃を外に弾く。


 柄からはずれるヴァルクの左手。


 右手のみで外に弾かれた太刀を支えるヴァルク。


 開く黒い胸。


 それは、完全なる無防備。


(――やられるニャ!)


 左から横一文字に走る、ディヨスの刃。


 狙うは、ヴァルクの首。


 頭が落ちれば、どんな魔生機甲レムロイドでも視界が失われる。


 そうなれば、完全にアウトだ。


(――えっ!? うそっ!?)


 だが、ヴァルクの首は斬られなかった。


 その体が、大きく背後に反ったのだ。


 魔生機甲レムロイドは、確かにゴーレムの技術を使った兵器で、その動きの基本は人間に近くなっている。

 しかし、多くの魔生機甲レムロイドは人間ほど自由に動けない。

 魔生機甲設計者レムロイドビルダーの技術が高く、精密に書かれたレベルの高い高額な魔生機甲レムロイドほど動きはよくなるが、それでもここまでしなやかに体を反らせられる魔生機甲レムロイドは見たことがない。

 足の爪がしっかりと大地を掴み、下半身はしっかりとその場に残っている。

 だが、上半身が背後に大きく倒れこんでいるのだ。


「――でやっ!」


 一瞬で世代セダイの手が、足が、視線が動き回る。


 ヴァルクの背後から、光が広がる。


 発生する推進力。


 刹那、反っていたヴァルクの上半身が一気に立ちあがる。


 目の前には、ヴァルクの首を切り落とそうとして力一杯、空振りをしたディヨス。


 それは形勢逆転で生まれた隙。


 重い太刀をヴァルクは右腕だけで横に走らす。


 意趣返しの一文字。


 だが、ディヨスの左腕が瞬時に上がる。


 下から赤い刃の腹を叩きあげる円盤。


 激しい金属音が鳴り響く。


 バックステップ。


 仕切り直すように距離をとる2機。


 それはほんの数秒の出来事。


 しかし2機のパイロットにとっては、濃密な時間。


 アニムは2人の技量、そしてヴァルクの動きに舌を巻く。


「うわぁ……ミカなみだな」


 ボソッともらすような世代セダイの言葉に、思わずアニムは「誰ニャ?」と尋ねる。


「ああ。とある剣士なんだけどね、この前まで魔生機甲レムロイドの操作が剣の腕についてきていなかったんだ。そこでしばらく魔生機甲レムロイドの戦い方の指導したら、もうボクでは純粋な剣術では勝てなくなってね」


「それは仕方ないですニャ。魔力による魔生機甲レムロイドのコントロールは、パイロットのイメージを反映しやすいですニャ。剣士がパイロットなら当然、魔生機甲レムロイドの剣術でも強くなりますニャ」


「そうだな。でも、そんなに単純な話ではない。魔生機甲レムロイドは人間じゃないから、まったく同じ動きはできない。戦うには、魔生機甲レムロイドがどこまで動けるのかを把握しておかないといけない。その点、あのディヨスのパイロット――」



「――なかなかやるではないか、セダイとやら!」



 ディヨスから轟くように聞こえるヒンディの声。

 その声色には、どこか愉悦を感じる。


魔生機甲レムロイドも驚くべき性能だが、それを操っている貴様の反射神経には驚かされた」


「お褒めにあずかりどうも」


「しかし、魔生機甲レムロイドの性能に助けられているようだな。剣術の腕はまだまだだ」


「そうだね。あんたには勝てそうにないや」


 唐突に放たれた世代セダイの敗北宣言に、アニムは世代セダイを睨んでしまう。

 そして、そんな自分に驚く。

 自分は助けてもらっているのだから、睨めるような立場ではない。

 むしろ、あきらめてもらった方が彼のためになるかもしれない。

 今ならまだ、間にあうかもしれない。


 しかし、アニムは許せなかった。

 この戦いに負けたら自分の国が滅ぶかもしれないから……ではない。

 小憎らしいぐらいに自信家の世代セダイと、見たこともないデザインの魔生機甲レムロイドヴァルク。

 彼らが簡単に負ける、そんなことは納得ができない。許せない。

 何かを変えてくれる予感がするこの1人と1機が、彼女は気にいってしまったのだ。

 ここで負けたら、その予感がなくなる。

 それはまるで未来がなくなるかのような失望感。


「ごめん。相手が強いから、ベリーイージーモードは訂正するよ」


 だから、ふりむきながらそう言った世代セダイに、アニムは叱るような厳しい言葉を投げてしまう。


「だから言ったのですニャ! 彼はベリーハードなのですニャ!」


 王家の人間とは思えないほど、全身の毛を逆立て、フーフーと鼻息をあらくして世代セダイを射貫くように見つめる。


 だが――


「……いやぁ、さすがにそこまでじゃない。イージーモードぐらいかな」


 ――世代セダイは、微笑さえも携えて驚くべきことを言う。


「ベリーイージーを楽しむために、相手と同じ条件で、『相手を殺さず』『剣術だけで戦う』という対応は、ちょっと甘すぎた」


「同じ……条件?」


「そう。相手を殺さないとなると、どうしても狙う場所は限られちゃうしね。さすがに。だから、向こうにも同じ条件を渡した。たぶん、最初の打ち合いで相手も気がついている。こっちにも相手を殺す気がないって」


「……まさか、本気を出していなかったニャ?」


「決められた範囲で本気を出していたよ。だけど、それじゃダメだった。というわけで、イージーモードに変更」


「……なら、負けないのかニャ?」


「負ける? まさか! ボクのヴァルクは負けないよ!」


「……はいニャ!」


 世代セダイの不敵な表情に、アニムは恐怖ではなく、とてつもない高揚感を感じてしまっていた。

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