Act.0005:わたくしの純潔は守られていますニャァァァ!!

 その魔生機甲設計書ビルモアは、レベル52というかなりの高レベルだった。

 アニムは自分の魔力量に自信があったが、52にもなると維持できるのは10分程度だろう。

 ましてや、それを操作するとなれば時間が減るはずだ。


(今回は操作はしなくていいと言うけど……どうやって魔力もなしに操作する気ニャ……)


 たとえば攻撃魔法発動など暴発してはまずい動作は、マニュアル操作を伴う。

 しかし魔生機甲レムロイドの基本的な体の動きは、魔力を使った思念操作だ。

 魔生機甲レムロイドとある程度、同期シンクロして操作する技術が必要なのだ。

 しかし、レベル(魔生機甲設計書ビルモアのページ数)が増えると、それだけ魔生機甲レムロイドは高機能となり複雑な存在になる。

 それは同時に、同期シンクロが難しくなると言うことにほかならない。


(やるしかないのニャ)


 不敵どころか、どこかワクワクした顔で目の前に立つ世代セダイを尻目に、アニムは左手で魔生機甲設計書ビルモアを支えて、右手をその上にかざした。

 そして魔力をこめる。


「――設計読込デザイン・ロード!!」


 それは、魔生機甲レムロイド魔生機甲設計書ビルモアから召喚する儀式の始まり。

 かるく彼女の手から浮きあがった魔生機甲設計書ビルモアは、空中でパラパラとページが次々とめくられていく。

 そして52ページをめくり終わると、そこで停止した。


「――材質確定マテリアル・フィックスド!」


 次のステップ。

 ページは一気に最後に飛ぶ。

 そこには、この魔生機甲設計書ビルモアに記載されている魔生機甲レムロイドの素材が記載されている。

 そして魔法により、魔生機甲設計書ビルモアの中に保管されている素材があることが確認されると、その素材チェックリストが次々と光を放っていく。


「――構築ビルド!」


 そして最終ステップ。

 アニムから多くの魔力が魔生機甲設計書ビルモアに流れこみ、魔生機甲設計書ビルモアが光の魔方陣に包まれる。

 そしてその光に包まれるアニムと世代セダイ

 重量を失ったように、魔生機甲設計書ビルモアと浮きあがるいつもの感覚。

 魔方陣から放たれた光が、少しずつ人あらざる巨躯を形成していく。

 それは光を呑みこむような黒い装甲。

 金色に輝く、見たこともない関節。

 そして装甲にそうように走る、血流のような赤いライン。


「さあ来い、ヴァルク! 久々の出番だ!」


 歓喜にあふれた声で、世代セダイが叫んだ。

 そして包まれる2人の体。


「……ニャに、これ……」


 気がついた時には、コックピットの中だったが、それはアニムが見たこともないデザインをしている。

 自分の座る席の前には、魔生機甲設計書ビルモアが開かれて設置してある。

 そこは他の魔生機甲レムロイドとかわらない。

 しかし圧倒的に違うのは、周囲の景色だ。

 周囲すべてに風景が映しだされている。

 しかも、自分の体の一部にまで外の映像がどこからともなく映しだされている。

 まるで自分の体が透きとおり、空中に浮いて溶けてしまっているかのようだ。


 そしてもうひとつ、普通の魔生機甲レムロイドと大きく違うところがある。

 自分の両脚の間、少し下がった所に席がもうひとつあるのだ。

 そしてアニムの股間の下、そこに世代セダイの後頭部があった。

 たぶん、狭いコックピットに2人座るための処置なのだろう。

 しかし、かなり恥ずかしいものがある。

 少なくとも普段のようなスカートではなくズボンを履いていてよかったと思いながら、アニムは世代セダイの様子をうかがう。

 彼の前には、見たこともない機器が並んでいた。

 レバーだけではなく、多くのスイッチ類、なにかのパネル。

 何をするためなのか、アニムには皆目見当がつかない。


「ん? 目の前の相手から伝話がきたぞ」


 伝話とは、魔道具による遠距離通話魔法だ。

 確かに、正面の画面の一部に「伝話」の文字が点滅している。


「ちょうどいいや。起動シークエンスが終わるまで時間を稼いで」


「あ、はいですニャ」


 なんのことかわからないが、時間を稼ぐ必要があることはわかった。

 アニムは魔生機甲設計書ビルモアの両サイドにある球体の先端をもつレバーへ手をのせる。

 伝話は音声でも、声に出さない念話でも可能である。

 アニムは念のために、念話を選ぶ。

 正体のわからない世代セダイに、まだ聞かれたくない事情もある。



〈ヒンディ。アニムですニャ〉


〈アニム姫! やはり……。なんなんですか、その魔生機甲レムロイドはいったい!?〉



 なんなのか……それはアニムも知りたかった。

 アニムの知っている魔生機甲レムロイドは、どれもいわば鎧を着た巨人というイメージだった。

 インナーフレームが人のような鎧をまとっているというデザインだったのである。


 しかし、この魔生機甲レムロイドは違う。

 鋭角的な外観は、あとから着た鎧というイメージはなく、初めからそういう体だったかのように曲線と直線が混じって整ったデザインをしている。

 騎士型にありがちな「鈍くささ」はない。

 それはアニムの国でも多用されている騎士型や、目の前のディヨスなどとはまったく違うコンセプト。

 人型でありながら、人ではない。

 おでこ部分に嘴をイメージする頭部パーツ、前腕につけられた2本爪の装備、前1本後ろ2本の鋭い爪を持つ足……それらは、明らかに猛禽類を思わせた。


「起動シークエンス・スクリプト・モード1実行。視線入力、イネーブル。コンディション確認……オールグリーン。ジャイロスコープ、起動。アクティブフェイズドアレイレーダー、起動。探索範囲1,500mに設定……」


 そして普通の魔生機甲レムロイドではありえない、世代セダイの操作。

 それは空恐ろしいぐらいの速さ。

 瞳がまさに目まぐるしく上へ下へ左へ右へと動いている。

 口が次々とアニムの知らない単語を紡いでいる。

 両手がバラバラにスイッチやレバーを操作している。

 まるで四肢どころか、目や口までもそれぞれ別の生き物のように好き勝手に動いているように見えた。

 そのあまりの動きに、アニムはついつい目を奪われてしまう。



〈姫! 返事をしてください、アニム姫!〉



 唖然として見ていた所に、ヒンディからの音なき声が響き、アニムは我に返る。



〈何かあったのですか、姫!?〉


〈大丈夫ですニャ。わたくしに問題はありせんニャ〉


〈しかし……もしかして、囚われの身では!?〉


〈ち、違いますニャ。これは自分の意志ですニャ。わたくしはこの戦いを止めなくてはならないのですニャ!〉


〈またそのような、王に逆らうようなことを!〉


〈父上は騙されているのですニャ! あの如月という男の甘言など……〉


〈確かに如月は信用できませんが、我々の悲願が達成できるチャンスなのですよ!〉


〈父上もあなたたちもまちがっていますニャ! あのような邪悪を使って、なにが悲願達成ですニャ!〉


〈姫……〉



 そこに、世代セダイの「準備完了」の声が割って入る。


「動力、フルに動かすからさ。結構、魔力が吸われるらしいので気をしっかりもってよ。3……」


 どこか今までよりもざっくばらんな口調でカウントダウンを始める世代セダイだが、アニムもそれを気にしている暇がない。

 ヒンディの声が、また頭に響く。




〈ともかく、わたくしと共に一度、お帰りください。お話はそれからで……〉



「2……」



〈今のままでは戻っても無理ですニャ〉



「1……」



〈姫、ならば力尽くでも戻って頂きます!〉



「0!」



〈わたくしは最後まで――〉



「アイ・ハブ・コントロール!」


「――ああああぁぁぁっ~~~んっ!!」


 アニムの口から思わず漏れるあえぎ声。

 それは快楽の伴う歓喜。

 頬の横を通り過ぎ、首筋から背筋へ。

 それは瞬間的ながら、血流が一気に流れるようにツゥーというと音を立てて股間まで走る。

 ゾワゾワとした脱力感が全身を襲う。


(ニャ……ニャなニャの……この魔生機甲レムロイド……ま、魔力が……すごっ……すごく……ああ、吸わてるのニャ~ァァ……)


 ムズムズとして脚を閉じたくなるが、間には魔生機甲設計書ビルモアを支える台があり、さらにその下には世代セダイの頭がある。

 今まで感じたことのない感覚に、アニムはぼうっとしてしまう。


「いっ、いい……気持ち……ニャ……」



〈姫!? 姫、今のは!?〉


〈へ?〉



 思わず漏れた声。

 それは思念として、しっかりとヒンディにも伝わっていた。

 アニムは思わず耳と尻尾を立てて赤面する。



〈なっ、なんでもないですニャ!〉


〈い、いや、しかし、今のは……まさか、そこに別の誰かがいるのですか!?〉


〈そ、そんなことは……ないニャ~〉


〈完全に嘘をついていらっしゃいますよね、姫! ま、まさか姫、その者となにかいかがわしい……〉


〈なにを言ってますニャ! そんなわけないのですニャ!〉


〈……そうか! 姫は、何者かに脅されたか惑わされたかして、このようなことを!〉


〈ち、違いますニャ!!〉


〈姫の……姫の純潔をよくもおおおぉぉ!!〉


〈わたくしの純潔は守られていますニャァァァ!!〉



 しかし、目の前の朱とオレンジに彩られた魔生機甲レムロイドは聞く耳を持たず、腰に下げていた片手剣をするりと抜いた。

 銀の刃が、傾きかけた太陽の光をギラリと返す。

 軽装な板金で包まれたような魔生機甲レムロイドディヨスが一歩迫る。


「剣……この子がいるから、そうくるよね。さて、始めようか……」


 そう言うと世代セダイ魔生機甲レムロイドヴァルクは、ゆるりと背中の中央に装備されていた日本刀を手にするのだった。

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