Act.0004:きっとベリーイージーですよ

「ディヨス……聞いたことない魔生機甲レムロイドだけど、少なくともパイロットは強そうだな」


 聖国近衛隊の三大衛士が1人が操るディヨスが着地した方を見ながら、世代セダイが不敵に笑った。

 だからアニムは、その不敵さをとがめるように「当たり前ですニャ」と返す。


「パイロットのヒンディは、聖国随一の剣士! その力は、魔生機甲レムロイドに乗っても十分に発揮されますニャ」


「でしょうね」


「……え? わかるのですかニャ?」


 アニムとしては、「ヒンディはすごいパイロットなのだ」と半分驚かすようなつもりで言ったのだ。

 それなのに世代セダイがさもありなんと返してきたので、逆に驚いてしまう。


「そりゃあ、わかりますよ。これだけ足の長い木々が密集して並ぶ森の中に、ジャンプして着地することが、どれだけ危険だかわかりますか? 先ほどの下手なパイロットたちは、魔生機甲レムロイドのせいもありますが、たかが蔦に引っかかっただけで転んでしまったのですよ」


「あっ……」


「それなのに彼は、木々の切れ目にうまく着地して見せた。木を倒していましたが、さほど本数は倒れていない。たぶんブレーキ代わりに何本か犠牲にしたぐらいでしょう。それはかなりのテクニックだ。……ああ。そういえばボクが、異世界ここにきて魔生機甲レムロイドを操縦したとき、一番ビックリしたのは足場の違いだったんだよなぁ。ゲームでは無視されていたオブジェクトが障害物として働く。地面ってこんなに平面じゃないんだ、障害物が多いんだと驚いたんだよね……」


「んニャ? ゲーム? というか、あなたもパイロットなんですかニャ?」


「いや、まあ、そんなことよりどうします? こっちに向かってきてますよ」


 そう言われてアニムは、はたと思いだす。

 世代セダイの口調があまりにものんびりしているので、こちらまで緊張感を失いそうになる。


「早く逃げますニャ!」


「いや、無理ですよ」


 踏み出そうとした瞬間、世代セダイの冷めた言葉が水を差した。


「なんでですかニャ!? さっきも……」


「だって、あのパイロットは、もうあなたを見つけているし」


「な、なんでそんなことがわかりますかニャ!?」


「あなた、ボクに『あの魔生機甲レムロイドたちに捕まらニャいように』と言っていましたよね」


「声真似……似てませんけど、言いましたですニャ……」


「それで思い起こしてみたんです。確かに追っ手の魔生機甲レムロイドたちは、あなたを殺すためじゃなく、生きたまま捕まえようとしていたな……と。殺していいなら、魔法で森を焼くなり、もっと効率的な方法があったはずだ。でも、彼らは地道にあなたを捜していた。……まあ、だからこそ、あなたに囮になってもらったんですけどね。じゃなきゃ、あんな罠作戦が上手くいくわけがない。相手が殺すつもりなら、姿が見えたとたんに魔法を撃ちこんでくるでしょうから」


「…………」


 そこまで考えていたのかと、アニムは慮外な世代セダイの深慮に驚く。

 確かに魔生機甲レムロイドに関しては詳しそうであったが、パッと見てそれほど物事を考えているようには見えない。


「それにあのディヨスは、さっきの追っ手の仲間なのでしょう?」


「ええ、そうですニャ」


「なら、ディヨスもあなたを殺さないようにするでしょ。しかし、あの機体は木々のせいで足下も見えない、もしかしたら着地した場所にあなたがいる・・・・・・・・・・・・・かもしれない森の中に飛びこんできた」


「……あっ!」


 そこまで言われれば、さすがのアニムも気がつく。


「そう。あのパイロットはあなたの位置をだいたいつかんでいた。だから、足下の見えない森に飛びこんでこられたんでしょうね。そう言えば、フォーが言っていたな。大きな魔力を使うと、しばらく魔力が体に滞留すると。でも、それを感知するには、魔力感知に優れていなければならないらしいけど。……となるとたぶん、ディヨスのパイロットは魔力感知に優れている……いや、それだけじゃないかな。あのディヨス、もしかして魔力感知の支援機能があるのかな」


 アニムは呆気にとられたように、口をぽっかりと開けっぱなしにしてしまう。

 否応なしに感心せずにはいられない。

 フォーというのが誰なのかわからなかったが、ともかく世代セダイの推察はすべて正解だった。

 彼はたった一度、上空を通り過ぎた魔生機甲レムロイドを見ただけで、そのカスタム性能の一部やパイロットの能力を推察して見せたのだ。

 そして、今から逃げても逃げられないという予測までもして見せたわけである。


「そろそろ……かな?」


 ディヨスの近づいてくる方を見ながら世代セダイがそう呟いた、その直後だった。

 ディヨスの足音が止まる。


「次にディヨスのパイロットがやることと言えば……警告」


「警告?」


 意味がわからずアニムは眉を顰めるが、その疑問はすぐに解ける。

 なにしろ森全体に響くのではないかという雄々しき声が聞こえてきたのだ。


「姫! そこに隠れていることはわかっております!」


 その声はまちがいなく、アニムが聞き慣れたディヨスのパイロットであるヒンディのものだ。

 少し若い男性にしてはわずかに高い声は、それだけによく響いた。


「どのような策で我が部下を捕らえたのかわかりませぬが、その手腕はお見事。ただし、おわかりでしょうが、わたくしには小手先の作戦など通用しませぬぞ!」


 その脅迫じみた宣言に、世代セダイが横で「でしょうね」と肯定する。


「転ばせるのも逃げるのも無理。だから、この場でとれる選択肢は2つ」


 まるで先ほどから予言者のように語る世代セダイの言葉をアニムは固唾を呑みこんで待つ。


「ひとつは、このままおとなしく捕まる。これは簡単ですね。難易度は、ベリーイージーです」


 アニムはコクリとうなずく。

 当たり前だ。それが一番、安全な方法であり、簡単である。

 あきらめることができるならば……。


「なら、もうひとつは……なんですかニャ?」


 だが、あきらめることはできない。

 自分があきらめれば、国が滅んでしまう。

 自分の命よりも大切なものが、アニムにはあるのだ。


「もうひとつは、これを使います」


 そう言うと彼は、唯一の荷物である鞄から分厚い1冊の本を出した。

 それはアニムが持っている、ずっしりと重い4冊と似ている本。

 すなわち――


「ビ……魔生機甲設計書ビルモア!? 持っていたのですかニャ!?」


「持っていたのですニャ!」


「どうして、あなたまで『ニャ』言ってますのニャ!? ……ああ、違いますニャ。そんなことより、それを持っていたニャら、どうして最初から使わなかったですのニャ!?」


「え? だから言ったじゃないですか。生身で魔生機甲レムロイドを倒す実験をしたかったと」


「あれ、本気だったのですニャ!?」


「そうですニャ!」


「真似しないでくださいニャ!」


「それにボクには魔力がないので、構築ビルドできないんです」


「あっ! そういえば……って、ならば、なぜ持っているのですニャ!?」


「ボクのだからです」


「ニャ……そういうことではニャく……使えないのでしたら意味が――」


「使えますよ。たとえば、あなたなら構築ビルドできますよね?」


「――!!」


 アニムはそこまで言われて、やっと世代セダイの意図を察する。


「わたくしに、これで戦えというのですかニャ? それは無理ですニャ。わたくしの技術では、ヒンディに勝つことニャど……」


「いえ。あなたは構築ビルドして魔力供給するだけでいいです。ボクが操縦して戦いますから」


「……え?」


「この魔生機甲レムロイドは複座式。要するに2名まで乗ることができます。そしてあなたに魔力供給してもらえば、魔力がないボクでも操縦できます」


「複座……そんな魔生機甲レムロイドが……」


 いったいこの短時間で、アニムはこの男の子に何度、驚かされるのだろうか。

 だが、呆気に取られている暇はない。


「姫! すぐに私の前においでください。なるべく乱暴な手段は取りたくございません!」


 さらなる警告が、耳をつんざくように聞こえる。

 相手のいら立ちが伝わってくるようだ。

 もう別の手段を考えている暇はない。


 逃げるか、戦うか。

 答えは1つしかない。


「彼は……ヒンディは強いですニャ」


 その言葉に世代セダイは、わかっているとばかりに微笑を返す。


 いや。彼はわかっていないのだ、三大衛士の強さというものを。

 確かに、前の4人は世代セダイの作戦で簡単にやられてしまった。

 あれを見れば、三大衛士も大したことないと思われても仕方がない。

 しかし、三大衛士の強さは本物だ。

 なにしろ、1人で日本王国の国務隊の1小隊を相手にできるほどである。


 もちろん、アニムに希望が全くないわけではない。

 自分が一緒に乗っているとなれば、相手も少しは攻撃しにくくなることだろう。

 しかし一般のパイロットと三大衛士との技術差は、その程度で埋められるほど甘くはないのだ。


「負ければ……あなたはたぶん殺されますニャ。あなたは……そう、通りすがりの迷子。なぜそこまでして、助けてくれるのですニャ?」


「助ける……というのは結果かな。ボクは本当はね、誰かのためとか、正義のためとか、そういうことで魔生機甲レムロイドに乗って戦いたくないんだ」


「えっ!? ならば……」


「もちろん、自分のためだよ。実は最近、強い相手に飢えていてね」


「……はいっ?」


「端的に言えば、ボクは魔生機甲レムロイドに乗って戦うのが好きなんだ。かっこよく戦う魔生機甲レムロイドが見たいわけだ」


「好きって……。わかっているのかニャ? 戦えば、人が死ぬかもしれないニャ。戦争が起こるかもしれないニャ」


「それは、もうさんざん考えた結果、割りきった。仕方がない・・・・・。特に異世界ここにきて、ボクは決心した。ボクの欲望のまま生きると」


 そう言って笑う世代セダイを見て、アニムは全身の毛をゾワゾワと逆立てる。

 寒気が全身を覆う。

 それは、すでに狂気だ。

 自分の好きなもののために、相手が、そして自分が死ぬことを大した感情も見せずに「仕方ない」と言ってのける。

 彼は本当に割りきって・・・・・いる。


 だが、その狂気は今、彼女に必要なものかもしれない。

 彼女もまた、狂った賭けに乗るしかないのだ。


「……この戦い、難易度はベリーハードですニャ」


 鏡が目の前にあれば、きっとアニムは見たことのない自分の表情を見られただろう。

 目頭も目尻も口角も、激しく痙攣するように引きつりきった笑い。

 いや、嗤い。

 それは嘲り。


 だが、返ってきたのは、無邪気なまでの笑顔だった。


「まさか! この戦いの難易度は、きっとベリーイージーですよ」

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