Act.0003:わたくし、死ぬかと思ったニャ!

 まず結果だけ述べれば、世代セダイの言ったとおり追っ手は4機


 そう、


 それはもう過去。

 今は、1機も立っていない。

 なぜなら、4機とも魔生機甲設計書ビルモアに戻されてしまったからだ。

 そしてその魔生機甲設計書ビルモアは、4冊とも世代セダイの手の上に積まれている。


 それは信じられないような出来事だった。


 魔生機甲設計書ビルモアとは、魔生機甲設計者レムロイドビルダーと呼ばれる特殊な才能を持った者が、魔生機甲レムロイドのデザインをイメージして書き込んだ魔導書である。

 そして完成した魔生機甲設計書ビルモアに【構築ビルドの儀式】をおこなうことで、呼びだした者の魔力を使って記載された魔生機甲レムロイドを具現化する仕組みになっている。

 逆に言えば、魔力供給者との接続を切ってやれば、魔生機甲レムロイドは消えて魔生機甲設計書ビルモアに戻ってしまう。


「――というわけで、魔生機甲レムロイドを生身で倒すには魔力供給者、すなわちパイロットの気を失わせるのが一番簡単なわけです」


「そんなことわかっていますニャ! でも、ぜんぜん簡単じゃないニャ!」


 言うは易く行うは難しだが、それを世代セダイはやって見せた。

 いや、見せた。


「わたくし、死ぬかと思ったニャ!」


「いやぁ~怖かったですね」


「あなたは、なーにもしてないニャ!?」


「作戦の立案と、罠の作成はおこなったじゃないですか」


「でも、わたくし1人で囮でしたニャ! 1人で魔生機甲レムロイドに近づいて止めましたニャ!」


「ボクにはできませんから。軟弱なんで!」


「すがすがしいほど、恥じずに言い切りましたニャ!」


 確かに、彼の作戦はすごかった。

 ほぼ完璧だった。

 内容的には、非常に単純。

 まずは周囲にあった蔦を切り、より集めて太い縄を作り、一定間隔で配置する。

 すなわち罠である。

 それを短時間で準備するのは、かなりの重労働だった。

 しかし、自分を軟弱だと言った世代セダイは、驚くほど喜々と何か計算しながらテキパキと縄を張り巡らせたのだ。


 もちろんアニムは「これに何の意味があるのか」と尋ねた。

 魔生機甲レムロイドがそんなに簡単に転ぶとは思えないし、転んだからといって意味があるとは思えない。

 すると彼は手を休めず、楽しそうに説明してくれた。


「まず騎士ナイト四型は、鎧のデザインが実によろしくない。特に股関節のできがよくなくて、足が高く上がらないんですよねぇ。それから先ほど言ったとおり、横への脚の動きも最悪。つまり真横にバランスを崩しやすいのです」


「そ、そうなのニャ?」


 魔生機甲レムロイドの操縦はできるものの、アニムは自分専用の機体に乗っていた。

 だから、四型にそんな特徴があったこともよく知らなかったのだ。


「それからもうひとつ、四型……というか、一型から四型までに共通した弱点があります。それは襟の内側の首。なぜかインナーフレームの首の部分が丸見えなんです」


「でも、そんな狭い隙間、狙いにくいですニャ。あまり意味がニャい――」


「あまい! そういう隙こそ、狙われるのが定番でしょう!」


「定番!?」


「そうです。そして、ボクらもそこを狙います。話は簡単です。罠で転ばせたら、貴方が首元に行き、首のインナーフレームに雷の魔法を叩きこむ。インナーフレームに直接、電気を流すのはかなり強力なんですよ。いわゆる魔生機甲レムロイドにとっての神経が通っているので。しかも、魔生機甲レムロイドだけでなく、感覚を共有しているパイロットもほぼ気を失います。結果、魔力の供給が上手くいかなくなり、強制格納フォース・ストレージ・インできます」


「でも、首元に辿りつく前に、体勢を直されてしまうのではないですかニャ? それに手をつかれては……」


「四型は14.3メートル。肩の可動範囲、腕の動かし方などから手をつくだいたいの位置は予想がつきます。そこの近くに待機して手をつこうとしたら、その地面をへこませてバランスを崩してください。拡張十属性の雷が使えると言うことは、基本四属性の地と風は、かなり使えますよね。なら、地面をへこませたり、風の魔法で高速移動や、ある程度の飛翔もできるでしょう?」


「で、できますけどニャ……」


 魔法は確かに使える。

 しかし、そんな言うほど簡単に作戦が遂行できるはずはない。

 とは言え、他に方法もない。

 仕方なく一か八か、出会ったばかりの男の子に賭けてみたのだ。


 そして、アニムは賭けに勝った。大勝利だった。

 言われたとおりに囮行為をすると、彼が予想したように敵は動いた。

 足の動かし方、視界の見え方などから予想したと言うが、アニムから見たらそれ自体がもう予言魔法のようだった。

 1回だけ予想が外れ、縄を避けられたがその対策も指示されていた。

 単純だ。足がつく場所の地面を横に転ぶようにへこませればいい。

 それだけで四型はバランスを崩したのだ。


「四型は正直、欠陥魔生機甲レムロイドなんですよ。名工の息子が作った作品ということで、知らずにたくさん買ってしまった国もあったみたいですが……」


 その話を聞いて、アニムは恥ずかしくなる。

 まさにそれは、自分の国。


「しかし、パイロットの質もあまりよくないですねぇ。足運びから大したことないかなと思っていたけど、腕が確かならあの程度で転んだりはしないからなぁ」


「……で、でも、彼らは1時間以上も操縦していたニャ。きっと疲れて――」


「1時間ぐらい大したことないでしょう。ボクの知っているパイロットは、適正レベルならみんなそのぐらいできると言っていましたよ」


「そ、そうなのニャ……そう……」


 恥じいるあまりうつむいて言葉が紡げなくなる。

 自分がエリートだと思っていた兵士は、そんなにレベルが低かったのか。

 確かに「エリート部隊」と言われている人数は、全体の半分はいる。

 少し多いなとは思っていたのだが、日本王国に占領されていない、数少ない国でもあるという誇りもあった。

 すなわち「自分の国はすごい」という己への欺瞞が、目を曇らせていたのだ。


「まあ、でも笑っちゃうぐらい上手くいってよかった。これで逃げられますね」


 確かに気絶したパイロットたちは、彼らが衛士として持っていた拘束具で逆に動けなくしている。

 無論、武器も魔生機甲設計書ビルモアも取りあげてある。

 これで追っ手はいなくなった。

 なんだかんだ言っても、1人でこの状況にもっていくことは不可能だったであろう。

 変な男だったが、命の恩人にアニムは頭をさげる。


「あ、ありがとうございますニャ……」


「いえ、それはいいのですが。できたら、近くの街まで案内してもらえませんか」


「それはもちろんかまいませんニャ。お礼もなにか……」


「お礼とかは別にいいです。ボク的には実験が巧くいっただけでも成果ありましたから。あ、この魔生機甲設計書ビルモア4冊をどうするかはお任せします。ボクはいらないので」


「あ、はいニャ。しかしですニャ、せめてお礼に――!?」


 轟音が、アニムの言葉を遮る。

 空気を揺らし、空を覆う影が頭上にかかる。

 遅れて木々が震え、風が舞い踊り、2人の髪を巻きあげる。


「あ……あれは……」


 翼はなく、飛翔ではなく跳躍。

 陰を脱いで現れたのは、太陽を感じさせるオレンジのボディ。

 それは2人を通り過ぎると、今度は少し離れた場所で大地を震わせた。

 そしてメキメキと木々が折れる音で、アニムの心を震わす。


「珍しい機体だな。あのデザインは、グロリア社製のクリムゾン系?」


 その世代セダイの一瞬の判断に感心しながらも、アニムは同時に絶望を感じながらうなずいた。


「そうニャ。クリムゾンのカスタム機体【ディヨス】。パイロットは、【プサ・ハヨップ・タオ聖国近衛隊】で最強を誇る三大衛士のナンバー3【ヒンディ・ルー】。簡単に転んでくれる相手ではないのですニャ……」


 予想外の追っ手に、アニムは下唇をかるく噛むのであった。

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