Act.0022:さーて……どうしたものかね

 世代セダイが通された部屋は、かなり立派な貴賓室だった。

 艶やかな大理石らしき床、ところどころに敷かれているマットはふっかふか。

 装飾の施されたベッドには、レースの蚊帳が張られている。

 蚊帳は、空気を入れるためか開け放たれた窓からの空気で揺れている。

 1人しかいないというのに、3人用の革ソファが2つ。

 真ん中にあるローテーブルはガラス張りで、そのガラスの反対側にはレリーフで百花繚乱な草花が掘られていた。


「姫の連れてきた客だからか、それとも魔生機甲設計者レムロイドビルダーとして認められたからか、その両方か……」


 寝室、書斎、客間と3部屋もある広さは、明らかに身分不相応。

 世代セダイは、この対応の裏にあるものを勘ぐってしまう。

 いや。勘ぐるというより、完全に信じていない。


「えーっと……いないと独り言のようで恥ずかしいのだけど……?」


 世代セダイは天井を見上げながら、誰ともなく話しかけた。


「…………」


 しかし、反応はない。

 さすがに早すぎたかと、世代セダイは恥ずかしくなって顔を片手で覆う。

 よくアニメや漫画で、忍びなどに対して「○○よ、おるか」「はい、ここに」というやりとりがあるので真似てみたが、現実はそんなわけがない。

 だいたい自分も今、ここに案内されたばかりなのだから、がいるわけがないのだ。


「いくらなんでもいるわけないか……」


「いや、実はもういるね。想定内ね」


「――うわあっ!」


 世代セダイはまさに仰天して前方に跳びはねる。

 そのまま背後を見ると、そこには待っていた銀髪の少女が立っていた。

 彼女は美しい目を細めて、ニヤリと笑う。


「マスターが恥ずかしがるところが見られるなんて僥倖。想定外ね」


「……趣味悪いぞ。内緒にしておいてよ」


「……わかったね。2人だけの秘密ね」


 クスリとまた笑われて、世代セダイは少しいたたまれなくなる。


「しかし、よくここがわかったね」


「今日の夕方には、もうここについていたね。だから、早々に侵入して動きを観ていたね。部屋の用意をしていたから、ここだと思ったね。想定内ね」


「さすが……。そうだ。あとでタマ……じゃなく、アニム姫の部屋の確認も――」


「――あの姫様なら、ちょうどこの真上の部屋にいるね」


 彼女の手際の良さに改めて感嘆する。

 下手すれば小学生かと思うほど小柄ながら、さすが元大怪盗である。


「……本当にさすがだ」


「お褒めにあずかり光栄ね」


 無邪気な笑顔でニコリと笑ってみせる。

 まるで本当に子供のようだ。


「それでどういうことなのか、説明して欲しいのね。いろいろと想定外ね」


 彼女は銀色の体に密着したボディスーツの体をソファに降ろした。

 そして呪文を唱えて、胸元だけ少し開く。


「このスーツ、少しだけ蒸れるね。想定外ね」


「まあ仕方ないよ。ヘクサ・ペガススと魔力伝達率を高めるためのスーツは、それしかないんだし」


「わかっているね。想定内ね。……それでどうして、彼――ネガルが怪しいと考えたのね?」


「たまたまなんだけどね。別の街で解放軍【新月ニュームーン】の人間と知り合った」


「それは聞いたね」


「うん。で、その時の話で、彼らはこのプサラの領主、つまりネガルと知り合いっぽい話をしていたんだ。これが、1つ目」


「なるほどね」


新月ニュームーンの奴らは、ここらの魔生機甲設計書ビルモアを集めていた。珍しい魔生機甲レムロイドを集めていると言っていたけど、ここらにそんなに珍しいモデルがあるとは聞いたことがない」


「だいたい、この辺りの魔生機甲設計者レムロイドビルダーは王都にしかいないね」


「ふむ。まあ、それで関係があるのはほぼ確定だったんだけど、ただ新月ニュームーンだと知らないで、ネガルが接触していた可能性がある。だから直接、会ってみたんだけど」


「なにか、わかったのね?」


「うん。ネガルがボクのことを知っていたんだよ。これが、2つめ」


「知っていた? それは不思議なことね?」


「まあ、四阿では有名になったけど、実際にボクの名前は、そこまで知られていないみたいなんだ。アニムも知らなかったし、この国の三大衛士というのにも名のったけど知らないようだった。前に長門も言っていたけど、どうも意図的にボクの名前は、あまり広がらないように情報規制がかけられているらしい」


「日本王国が規制しているのは確かみたいね。想定内ね」


「うん。【四阿の月蝕】は知れ渡っていても、ボク自身はそれほどでもない。それなのに、ネガルはボクをよく知っているようだった。別に魔生機甲レムロイド好きというわけでもないのに」


「たまたま知っていた……という可能性もあるけど、確かに新月ニュームーンから聞いた可能性はあるね」


「そう。もし新月ニュームーンが、ネガルにボクの話をしたとしたら、を考えてみた」


「……なるほどね。フルムーンの売りこみね?」


「うん。『四阿の月蝕で暴れた東城世代セダイ魔生機甲レムロイドを元にしたフルムーン』と売りこんだならば、ネガルがボクの名前を知っていても不思議はない。それはすなわち、自分たちが新月ニュームーンだとバラしたことになる。それから、新月ニュームーンは、この辺りの魔生機甲設計書ビルモアを集めていた。それは戦力の収集かもしれないしね」


「軍備の増強……」


「そう。そして最後に、もう1つ。アニム姫には、『ネガルには、新月ニュームーンが聖国王の企みに絡んでいることは意図的に話さないでくれ』とお願いしておいたんだ。それにも関わらず、ネガルは『と手を組んでまで日本王国を滅ぼそうなど王家の恥もよいところだ』と口を滑らしてくれました。まあ、こっちを舐めていたんだろうね」


「……どうでもいいけど、そのネガルのモノマネ、似てないね。想定外ね」


 ふうと、フォーがため息をつかれ、世代セダイは少し肩を落とす。


「それはともかく、ネガルは意図的に新月ニュームーンと手を組んで軍備を整えていたということね。一方で新月ニュームーンは、聖国王とも手を組んでいるね。考えられるのは、2つ。ネガルも聖国王と共に戦うため、軍備を整えている。もしくは、聖国王に反旗をひるがえすために軍備を整えている」


「まあ、後者だと思う。前者だったら、アニムから話を聞いた時に嘘をつく必要はないと思うんだ。聖国王派ならば、アニムをそのまますぐに説得すればいいはずだもの」


「なるほどね。アニム姫に嘘をついた理由は……人質か?」


「それもあるけど、たぶん証人かな……」


「証人? ……まさか……」


「うん。聖国王とアニムの兄の謀略は、きっと失敗するように仕組まれている。そしてその代わりとして、ネガルは2人を諫めた者として台頭する。その際の証人が、首謀者の娘……」


「……マスターは、どうやって失敗すると考えているね?」


新月ニュームーンの目的は、敵である日本王国へダメージを与えることと、この聖国をネガルを通して支配することだと思う。それに一番、効果的な失敗だと……」


「――! まさか……魔獣の暴走!?」


「だね……」


「想定外ね……」


 フォーの顔がさすがに強ばる。

 世代セダイもこの結論に達した時に、さすがに背筋に冷たい汗が流れたぐらいだ。


「数百匹の暴走ならば、大軍をぶつければ止められるだろう。まあ被害は甚大だろうけどね」


「本当なら……とんでもないことね。想定外ね」


「一応、長門経由で裏から日本王国へ情報は流してもらっているけど……。国務隊が動けば、聖国側も警戒して動きをとめるかもしれないしね……」


「それで、マスターはこれからどうするね?」


 フォーに見上げられ、今度は世代セダイがため息をつく。


「さーて……どうしたものかね」


「そんな迷えるマスターに、フォーからとっておきの情報があるね。リスクはあるけど、やってみる価値はあるかもしれないね」

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