Act.0023:『餅は餅屋』というやつだな

「本当によかったのか、クイーン?」


 青い光沢のある、いわゆるチャイナ服を来た【ヤン】に問われて、クイーンこと【西条 九恵クエ】はクスリと笑った。


「やってもうたあとで言われても、時すでに遅しや」


 その返事に、ヤンが困った顔でスポーツ刈りの黒髪を掻く。


「だってよ。あの魔生機甲レムロイドは、クイーンが向こうに帰るための手掛かりになるかもしれないって言ってたじゃんか」


「せやかて、しゃあないやろう。もし万一、魔獣なんてものがぎょうさん出てきたら、うちも出撃せなあかんし。せやったら、最強のレムリック合金は必要や」


「しかしよ……」


「もう。ヤンは心配しいやなぁ」


 クエは自分より背の高いヤンの頭をポンポンと叩く。

 年齢もヤンは21才に対し、クエは18才だというのにお姉さん気取りだ。

 だが本心を言えば、クエも迷いが全くなかったわけではない。


 巨大な整備ドッグの中。

 ついさっきまで目の前には、全長18メートルの巨大なロボット――レムロイドが立っていた。

 それはこの世界の魔生機甲レムロイドではなく、BMRSのレムロイドである。

 クエがこっちの世界にきた時に、乗っていたレムロイドだ。


 こちらで雪車町博士に拾われてすぐ、彼の協力でクエのレムロイドはこの倉庫に隠されていたのである。

 クエとしては、世代セダイとの決着をつけた後に、元の世界へ戻るつもりだった。

 そして勘ではあったが、こちらの世界へ来る時に乗ってきたレムロイドが、戻るために必要だと考えていたのである。

 だから、今まで大事に残しておいたのだ。


「そうですわ。そうですわ。クイーンはこっちの世界に残る決心をしたのだから、ヤンはよけいなことを言ってはダメなのですわ!」


 背後で荷物に寄りかかっていた【ウェイウェイ】が、兄に対して少しプンプンとして見せる。

 彼女は、スリットのはいったピンクのチャイナドレスから覗かせた脚をヒョイと組んだ。

 そして、腕も胸元で組んでみせる。

 さらに細い目は瞑られて、小さな唇は尖っていた。

 まさに「怒っている」というのを表すポーズだ。

 それでも、栗色まじりの髪でつくられた2つのだんごが愛らしい。


「これこれ、ウェイウェイ。うちは、ここに残る言うてません。ただ、すぐに帰るいぬわけでもない。うちかて、この世界、好きなんよ。せやから、守るために戦うし、そのためなら全力できばるつもりや」


 世代セダイは、すでに自分のレムロイド【プロト・ヴァルク】を魔生機甲レムロイド【ヴァルク】のパーツとして取りこんでしまっている。

 彼の場合は事故だったらしいが、その結果に後悔などしていないだろう。

 なにしろプロトタイプではない、彼が望んでやまなかった、本当のヴァルクが手にはいったのだから。


 一方で、クエは本当に望んだ魔生機甲レムロイドが手に入っていない。

 真のヴァルクにクエが勝つには、やはりクエの魔生機甲レムロイドも完璧にしておかなければならないはずだ。


 そうだ。

 もともと彼との決着をつけるためにこの世界にきたのだ。

 魔獣騒ぎがあろうとなかろうと、こうすることは決まっていたようなものである。


「さて。まいりまひょか。はよう、うちらもみんなと合流せな」


「任せるのですわ。任せるのですわ。魔動車は借りてきているのですわ」


「ああ。オレたちの魔生機甲レムロイドと魔動車で急行してやるよ」


 頼もしいウェイウェイとヤンに、クエは「おおきに」と礼を言う。

 巻きこんでしまったけど、なんだかんだと助けてくれるこの2人には感謝しかない。


(ただ、今度の戦場は、たいそうなんぎしそうや……)


 2人をこの戦いに巻きこんでしまっていいのか、クエにも躊躇いは残っていた。




§




「姫の居場所がわかっただと?」


 ヒンディは部下からの報告で、アルディと顔を合わせる。

 アニム姫捜索のため、足取りを追ってとある街に立ち寄った。

 今は、その際にとった高級宿の一室で、これからの方針を相談しているところだった。

 情報収集は部下に任せていた。

 ただ大人数で動くわけには行かないため、2人は3人ずつしか部下を連れてきていなかった。

 情報収集力不足に関しては、使いたくなかったが情報屋を使うことにしたのである。


「もう手がかりがわかるとは。情報屋、使って正解であったな。日本ではなんと言ったか……そう、『餅は餅屋』というやつだな」


 アルディの言葉に、ヒンディは首を捻る。


「ほう。そんな言葉が。しかし、餅屋とはなんでしょうな。まさか、餅だけ売っている店などあるますまい」


「そのようなことは知らんが。まあ、専門科は強いと言うことだな。……それで?」


 他の部下たちは、まだ捜索で外にでている。

 今、高級な魔光石が設置された広い部屋にいるのは、ヒンディとアルディ、そして1人の部下だけだった。

 それでも部下は、念のためなのか小声で話す。


「はい。どうやら今は、1人でプサラのネガル様のところにおられるとのこと」


「なにっ!? ネガル様のもとだと? 本当か!?」


 アルディがつい苛立ちを声に含ませてしまう。

 部下は、その迫力に身を縮こめる。


「じょ、情報屋の話では……」


「では、東城世代セダイは!?」


「プサラに行く前に別行動をしたらしいとのことです。その後の消息は不明」


「うむ。まあ、まずはアニム姫の保護ができるのは僥倖」


「しかし、ネガル様のもとにいかれたのはやはり……」


 ヒンディは懸念を口にした。

 するとアルディが深く首肯する。


「うむ。アニム姫は当初から反対なされていたからな。ネガル様を味方につけるおつもりだったのだろう」


「どうしますか?」


「ネガル様に止める力などないと思うが、邪魔をなさるつもりなら拘束さていただくしかあるまい」


「聖国王の弟君ですよ……」


「それでも聖国王は絶対。それにもともとナパオ王子にとって危険な存在。この機会に勢力を削いでおくのもよかろう……」


 ヒンディは気が進まないもののうなずいてみせる。

 王族に手をだすなど禁忌だが、余計な権力争いを起こさせないためには確かによい手段である。


「アルディ様、ヒンディ様……」


 直立不動のまま報告をしていた部下が、少し躊躇いながら開口した。


「情報屋は、すでに我々の動きも知っておりました。こちらの正体もばれておりました」


「……ほほう。さすがこの大陸で最大の情報屋【混沌の遠吠え】だ。さすがだな」


「しかし、アルディ殿」


 ヒンディは口許に片手を当てながら一顧する。


「その情報屋の力をもっても東城世代セダイの消息が追えなかったのは気になりますな」


「なーに、情報屋【混沌の遠吠え】と言えど完璧ではあるまい。こちらはこれだけの人数で動いているが、人1人を追うのはさすがに難しいのだろう」


「そう……でしょうか」


 それならば、なぜ【混沌の遠吠え】は、アニムと世代セダイの2人を見つけることができたのか。

 確かに世代セダイはともかく、アニムは目立つ姿をしている。

 そのために見つかったと考えれば、さほど不思議でもないかもしれない。


「よし。全員を収集しろ。プサラに急いで向かうぞ!」


 アルディの命令に、部下が敬礼で従った。

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