Act.0024:これは、たぎるな……

 空は青く、大地は緑で、それはなんら現実と変わらないと思わせた。

 いや、むしろ現実より現実っぽかった。

 エンペラーは、しゃがんで大地を触ってみる。

 土や小石の感触、風に揺れる雑草、そしてアリの姿まである。

 これをリアルと言わずして、なんというのか。


「驚きましたね……これほどとは……」


 研究員の藤井がそう呟く。

 彼は普段とは違い、緑の軍服を身につけていた。

 だが、もっと普段と違うところがある。

 顔だ。

 容姿が、まったくの別人になっていたのである。


 これは現実と区別をつける他の手段だった。

 トラン・トランから元の世界へ戻るのに、この世界を「偽」と正しく認識しなければならないのだ。

 しかし、あまりにリアルなこの世界は、そう思うこと自体が難しい。

 つまり、この世界に違和感をもたせる方法が必要となった。

 そこで顔を変えたわけである。

 鏡で別人の自分を見れば、「現実ではない」と認識することができる。


 ただし、エンペラーは別人とはならなかった。

 その代わりに高校生ぐらいに若返ったのだ。

 理由としては、口にだすのもはばかれる。

 本当につまらない、ただの郷愁みたいなものだった。


「だけど本当に……すごい……これが概念世界……いや、もう具現化した世界なのね」


 楊の呟きに、他の緑の軍服を着た4人も同意する。

 きっとみんな、それぞれの想いでこの世界を見ているはずだった。


「さて、どーする?」


 しばらくして燻木が行動をうながした。

 一応、ここでのリーダーは藤井となっている。


「まずは確認しておきましょう。まず、我々は現地人と同じように魔力をもっています。ただし、ヨハネの配慮でかなり高性能になっているようです。肉体的にも強めに作られているようですが、チートキャラというほどではないようなので、安全な範囲で各々、のちほど試してください」


 普通なら「魔法が使える」なんて言われるだけで有頂天になってしまうだろう。

 しかし、エンペラー、燻木、浦口の3人にとっては魔法などオマケでしかない。


「それからパイロット3名には、荷物の中に魔生機甲設計書ビルモアが入っているはずです。確認してください」


 言われてエンペラーも背負っていたバックパックを開けてみる。

 すると確かにそこには、分厚い魔導書みたいなのが入っていた。

 とりだしてめくってみると、そこには自分がデザインしたレムロイドが魔生機甲レムロイドに変換されて記載されていた。


(これは、たぎるな……)


 思わずニヤつく。

 横目で2人を見ると、やはり同じように頬がゆるんでいるのがわかる。

 レムロイドの上位ランカーなんて、ロボット好きに決まっている。

 その大好きなロボットが、自分の手元にあるとわかれば興奮しないわけがない。

 絶対に今すぐ、魔生機甲レムロイドを呼びだしてみたくてウズウズしているはずだ。

 もちろん、エンペラーも自制するのが大変なぐらいだった。


「それから我々には、それぞれヨハネから特殊な伝話帳というアイテムが渡されています。それもバックパックに入っているはずなので確認してください」


 エンペラーはもう一度、鞄を覗く。

 するとそこにはもう一冊、魔生機甲設計書ビルモアよりも薄く小さいノートのような本が入っていた。


「この伝話帳は魔力を使って通話できるアイテムとなっています。すでにこの伝話帳にはそれぞれの連絡先が記録されているので、一覧から名前を選ぶだけで会話できるようになります。また、ヨハネとの連絡もこれでとることができ、ヨハネはこのアイテムを自分の目とすることで観測し、我々の存在を認識します。ただしヨハネとの通信は、必要最小限にしてください。ヨハネとの会話はイレギュラーです。どのような影響が出るかわかりません」


 そのことはもちろん、来る前にヨハネからもレクチャーされている。

 できるかぎり、目的を果たして元の世界に戻る時以外、ヨハネと会話しない方がいいだろう。


「ヨハネの予測から、2人が生きていればこの付近にいるのではないかとのことです。地図はあらかじめ確認していますが、今後も必ず場所を確認しながら進んでください」


(2人が生きていれば……どころか、さっきからあの2人がこの近くにいる予感がしまくっているぜ!)


 しばらくあえなかった好敵手に会える。 

 それは蘇った生きがい。


「目的は大きく2つ。1つは東城世代と西条九恵の帰還。もう1つは情報収集です。大きな流れはヨハネもキャッチしていますが、具体的なところはわかっていません。我々はこの世界の情勢を探る必要性があります」


 全員が黙したまま首肯する。


「勢力は、もっとも強い日本王国。そして支配されいないいくつかの小国。その中でもこの近くにある【プサ・ハヨップ・タオ聖国】は大手です。ただ、それよりも気にしなければならないのが、解放軍や革命軍などの反政府組織です。これらの組織には絶対に手をださないこと。ヨハネにも言われましたが、リスクが高すぎます」


 ここは戦乱が火花がまだ各地で散っている時代。

 今でこそ日本王国の支配下にある世界だが、いつそれがどんでん返しになるかわかったものではない。


「以上を踏まえ、私と楊は民間から探りを入れていきます。浦口さんには、日本王国への接触による情報収集。燻木さんには、対戦試合プグナへの参加でパイロット連中からの情報収集。そして、エンペラーさんには独断での捜索がヨハネからの指示です」


 エンペラーとしては願ったり叶ったりだ。

 誰かに命令されて動くなどまっぴらである。

 せっかくこんな楽しい世界に来たのだから、遊ばせてもらわなければもったいない。


 だいたい、この広い世界でジェネとクイーンをみつけるなど、いくらなんでもそんな簡単なことではないだろう。

 しかも5人しかいないというのに。


「んじゃ、オレは【プサ・ハヨップ・タオ聖国】とかいう方を目指してみるよ。わりとでかい国なんだろう?」


 エンペラーはとりあえずの方針を伝えた。

 日本王国に当たる者が別にいるのだから、悪くない選択肢のはずだ。


「そうですね。エンペラーさんはそのラインでお願いします。では、そろそろ行動を開始しましょう。時間的には昼を過ぎたところですね。とりあえず私と楊は、近くの街で魔動車を手にいれることにします。……ああ、軍資金はかなりヨハネから与えられていると思いますが、くれぐれも無駄遣いせず有効活用してください。我々はこの世界では初心者なのですから」


 この世界の基礎知識は、ヨハネからもらってはいる。

 しかし、それがどこまで通用するのかわからない。

 藤井の言うとおり自分たちは初心者だと思わなければならない。

 エンペラーは、少しでも遊びたいと思ってしまった気を引きしめる。


「では、皆さんご武運を。なお、夜の定期報告は忘れないように」


 エンペラーも歩みを進める。

 こうして【特定具現性概念空間調査隊】、通称【TTTスリット(トラン・トラン・チーム)】)の異世界冒険は始まったのである。



 ……ただこの時、まさかすぐ翌日に、世代セダイと九恵の消息がつかめるとは、誰も夢にも思っていなかった。


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