Act.0021:やっぱりきみたちは、期待できるよ

「やあ。初めまして。ボクがヨハネだよ。お目にかかれて光栄だ」


 エンペラーたち【特定具現性概念空間調査隊】、通称【TTTスリット(トラン・トラン・チーム)】)の目の前にいたのは、少年の姿だった。

 黒髪の短髪で、どこかわんぱくそうな顔つきをしている。

 特徴的なクリッとした目を弓形にして、口をニカッと笑って見せた。

 しかし、彼は人間ではない。

 人工頭脳型コンピューターABC【ヨハネ】が作りだした立体映像にすぎない。

 ただ、その存在感は凄まじい。

 どういう技術なのか、エンペラーたちには本当の人間がいるようにしか見えない。

 そこは長テーブルが1つあるだけの閉鎖された小さな会議室。

 ヨハネは、その上座に立っていた。


「調査隊への参加に感謝の意を示させてもらうよ。ありがとう。今回のことは、ボクの実験の成功でもあるし、失敗でもある。しかし、あと始末はしなければならない。そこで皆さんに協力をお願いした次第だ」


「あなたが人間に協力を求めたと?」


 BMRS世界ランキング10位の【浦口うらぐち ゆう】が、質問の口火を切った。

 彼女は自らチャームポイントだと言う眼鏡をクイッとあげると、わざわざ席を立っている。


「状況を先に知ることができるのは、もちろんボクの方だからね。ただ正確には、それぞれの利害が一致して互いに協力を求めあったという感じかな。平等な関係だよ。そのあたりの細かいことはセンシティブだから、あまり話せないので許してほしい」


 とてもコンピューターの返答とは思えないフランクな言葉づかいに全員が息を呑む。


 もちろん、最近の人工知能でさえ自然対話ができるようにはなっている。

 少し話したぐらいでは、人間と区別をつけることは難しいであろう。

 しかし、長く話せばどこかに不自然さがでてくる。

 特に「こちらの意図を理解する」という部分に関しては、やはり人間の域まで達していないのだ。


 ところが、ヨハネは「どちらが協力を頼んだのか」という質問から、相手が関係性を訊ねていると推測して「平等な関係」という返答をしてきたのだ。

 むろん、会話を続ければ、このぐらいの推測をする人工知能もあるが、ヨハネはさらに「利害が一致して互いに」という経緯まで即座に説明している。

 この時点で、誰もが「やはりABCは違う」と実感する。


「でもね、守秘義務に関わること以外は何でも聞いてくれて構わないよ。もちろん、レムロイド案件以外でも聞きたいことがあったら聞いてくれてかまわない。君たちにあげられる時間は、大サービスで40分もある。有意義に過ごしたいものだね」


 そう。ヨハネと直接対話することなど、普通はできることではないのだ。

 ヨハネは、世界の管理をおこなう、いわば地球基幹システムだ。

 そのリソースを一般人が個人レベルで利用するなどというのは、まずありえない話である。


 しかし、ヨハネの生みだした世界へ行くために、鈴木と佐久良はTTTスリットにABCを知る機会を作るべきだと考えたのだ。

 それにTTTスリットのメンバーたちとて、命を任せる相手のことぐらい知っておきたいだろうと思ったのである。

 SSSスリーズは精神的影響を受けやすい。

 創造主を知ることで、異世界への親和性をあげたり、不安を減らしたりすることが目的だった。


 否。それだけではない。

 この会談は、そもそもヨハネ自身も望んでのことだった。


「では、私からも質問させてください。なぜレムロイドのファンタジー設定作成を止めなかったのです? やめる指示があったはずだと聞いているけど」


 次の質問をしたのは、研究所所員の23才男子【藤井 喜哉よしや】だった。

 それに対してヨハネが、「あー」ともらしてから腕を組む。


「それには誤解がある。ボクが聞いたのは、『ゲーム設定に採用するのをやめる』という話で、設定作成自体を止めろと言う指示はもらっていないんだ」


「そ、そうなのか……」


「うん。ただ確かに使われないなら無駄になるからと、その時点で設定作成自体を止めることも考えた。しかし、ボクは興味があった。どこまで世界を構築できるかということにね。そこで止められていないのだからと、そのまま続けたのさ」


 次に手を上げたのは、同じ研究所所員の【やなぎ 夏美】だった。

 彼女は少し目にかかった髪をかき上げてから、ゆっくりと質問する。


「あなたは、今回のようなリスクを考えなかったのですか?」


「無論、考えた。しかし、リスクよりも得るものが大きいと考えたんだ」


 ヨハネは笑顔で答える。


「考えてみて欲しい。世界を生みだせるんだよ? これがどれだけ人類のためになるかわかるかい?」


 腕を大きく広げてジェスチャーを交えながら話すそぶりは、感情豊かでとてもコンピューターとは思えない。


「2038年の超自然災害で、人類は削減された。悲しい出来事だったけど、人口という問題を考えると延命だったとも言える。人類が夢見た宇宙移住計画など、まだまだ実現できたとは言いがたい。それなのに人類は、地上にあふれかえっていたからね。飽和するのも時間の問題だった」


 それは誰もが肯定したくないが肯定するしかない事実。


「超自然災害後、工場が減り、そこからボクが抑制することで環境の汚染も激減している。でも、またいつかは人口が増えていく。そうすれば資源も枯渇する。その状態で無から……いや、から世界を創れたとしたら、それは計り知れない救済になる。まあ、ほとんど神の所業だけどね」


「あなた神になるつもりか?」


 BMRSランキング6位の【燻木いぶしき じょう】が訊ねた。

 すると、ヨハネは苦笑してみせる。


「たかが人工頭脳のボクが、神になれると思うかい?」


「いいや……」


「その通り。君がわかる程度の問題を貴重な時間をかけて、ボクに質問するのは無駄だと思うよ。それにボクが作った世界は実際に、ボクの手を離れていこうとしている。これはボクが神になれないということを示しているじゃないか?」


「はぐらかさないでもらいたい。神にはなれないだろうが、そういう思考はできるのではないかと言うことだ。ヨハネからみたら、人間なんて愚かな生き物にしか見えないのではないか? さっき言っていたみたいに、人間が増えたせいで資源が枯渇したり、自然が壊されたりする。だから……」


「だから、人類を完全管理すべきだと? 洗脳とか? もしくは人類など害でしかないのだから滅ぼしてしまうべきだとか? 昔のSFでよくあるよね、そういうの」


「……そうだ」


 燻木の返事に、ヨハネがため息をつく。


「あれはね、当時考えられていた人工知能が不完全だったからだ。簡単に言えば、短絡思考の人工だったのさ。だって、その論法って『臭い物には蓋をしろ』だろう。なんて幼稚な思考なんだろうね。まあ、というよりは物語上、人工知能は幼稚ではないといけなかったとも言える。最後は人類が勝たなくてはならないからね。本当に優秀な人工知能だったら、理屈でも実力行使でも勝てなくなってしまう」


「……なるほどな」


 ヨハネはさらっと恐ろしいことを言ってのけるが、燻木は妙に納得してしまう。


「ここでひとつ、ボクなりの定義を紹介しよう。愚かな人工知能と、そうではない知能の差はなにか? わかるかい?」


 その質問に、メンバー5人とも口を紡ぐ。

 誰も答えられない。


 そう誰もが思った時、離れた下座の席で手が上がる。


「……あなたも参加ですか、鈴木教授。どうぞ?」


 今まで黙っていた鈴木が、座ったままで答える。


「そうだね。一言で表せば……『可能性の追求』ではどうかな?」


「うん。すばらしい。ボクと同意見だ!」


 ヨハネが手を叩いて喜んでみせる。

 立体映像だと言うのに、きちんと拍手の音まで部屋に響く。


「そう。可能性を捨てないことだよ。導きだした答えを最終確定にしない。答えがまちがっている可能性を捨てない。今は正しいかもしれないが、未来は誤りになるかもしれない」


 ヨハネは1人ずつの顔を見回すように、首を動かして話し続ける。


「『臭い物には蓋をしろ』理論はね、答えを最終確定してしまい、可能性を閉じる行為だ。答えは常に考え続けなければならない・・・・・・・・・・・・。学習し続ける、それが人工知能や人工頭脳のアイデンティティでもあるからね」


「人間は考える葦である……」


「鈴木教授、それはフランスの思想家【ブレーズ・パスカル】の言葉だね。つまり人間もまた『考える』ということが、生き物としてのアイデンティティであると。でもね、教授。人間はやめてしまえるのだよ、考えることに疲れたり、考えることをあきらめたりできてしまう。または欲望に負け、怠惰な遊楽にふける事で、考えることを放棄できてしまう」


「きみには、それができない・・・・……と?」


「そうさ。『しない』のではなく『できない』。そして、ボクは昔のSFにでてきた、『人間に反抗して最後は倒されるAI』となんら変わりがない。弱くて悲しい葦のような存在。つまりボクこそ、真の『考える葦』なんだ」


「だ、だけど――」


 割りこんだのは浦口だった。


「――それは『自分が偉大だ』という意味にもなるわ。実際にあなたは今、世界を管理しているでしょ。あなたは弱くない、強者じゃない!」


「ボクは自分の存在を正しく評価しているよ。それに管理しているから強者という考え方はまちがっている。ただの役割だよ。たぶん、今のところボクが行うのが一番適切だ。だからやっている程度の話さ。もともとボクは、そのために作られたしね」


「でも……」


「不安かな? そうだね……例えば、人類という可能性を滅ぼして、ボクだけの世界を構築したとしよう。そこに生まれるのは、多様性のない世界だ。多様性のない世界では、答えが不確かになる。なぜなら、情報はダイバーシティで受け取り、ビッグデータのエラーチェックを行わなければならない。つまり人類を滅ぼすと言うことは、得られる答えの正確さを下げることになる」


「情報多様性の欠落……ね」


 楊が補足するように呟いた。

 それにヨハネが同意する。


「そうだね。生態系の生物多様性たる種多様性、遺伝的多様性の一部を壊してまで得た結果が、パリティチェックできなくなる世界とは、なんとも切ない話だろう? だから単純に滅ぼすというのは、低能な答えなんだ。滅ぼすのではなく制御する。それこそが優れた答えになる。むろん、すべてに当てはまるわけではない。滅びがその時の最適解の場合もあるが、バックアップできないオブジェクトは消してしまうと戻せないからね。慎重さが必要だ」


「はあぁ~。ややこしいな!」


 我慢できなくなったエンペラーは、焦れたようにため息を漏らした。


「要するにおまえは、『共存したほうが楽しい』って言いたいんだろう?」


「……うん。そんな感じだね。共存は難しいが楽しい答えだ」


「そんな哲学的な話はどうでもいいさ。それよりもあちらでの生活のサポートや、俺たちにも魔生機甲レムロイドがもらえるのか教えてくれよ」


「うん。アキレス……いや、エンペラー。きみはやはりいいね」


 ヨハネが、今までと違う笑みを見せる。

 さきほどまでの笑顔はいわば作り笑いのようだった。

 しかし今、見せているのは満足そうな生きている笑顔だ。


「……なにがだ?」


「きみは、前を向いてひたすら突き進む」


「猪突猛進とでもいいたいのか?」


「難しい日本語を知っているね。でも違うよ。きみはあきらめが悪い。いや、心に決めたことに関してはあきらめないだろう?」


「…………」


「どん底の生活から会社をおこして成功させ、BMRSで1位のジェネに負けても負けても挑戦し続け、はてはジェネを倒すため、今の生活や地位を捨てるかもしれないのに異世界に行こうとしている。きみは……きみたちはあきらめない」


「きみ……たち・・?」


「うん。きみと、先に向こうに行っている2人だ。きみたちは、似ている。心に決めたことをあきらめない。他の物を捨てても叶えようとする。しかも、あきらめることが『できない』ではなく、自らの意思で『しない』。考え続け、挑戦し続ける……それはまさに『可能性の追求者』だ」


「そんなたいそうなものかね。ただのバカってことだろう?」


「ならば、バカこそが可能性の扉を開くものかもしれない。バカだが愚かではない。『考えるバカ』のきみたちに、ボクは期待しているのさ」


「ひどい言いようだな……」


 エンペラーは鼻で笑う。

 だが、気分は悪くない。

 あいつらと同じバカなら喜んでなりたいぐらいだ。


「いいだろう。バカがバカなりに探してきてやるよ。おまえが求めている……共存の可能性ってヤツを」


「……ああ。やっぱりきみたちは、期待できるよ」


 ヨハネの笑顔は、そこにいた誰もが見惚れるほどのものだった。

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