Act.0020:アウト……スリーアウトだ

 長門と話した翌日。

 世代セダイとアニムは、プサラの街に行く商人を運良く見つけることができ、馬車に同乗させてもらえることになった。

 朝出発して到着は夜中ではあったが、乗せてくれた商人の紹介で宿にも泊まることができて運がよかったと言えよう。


 翌日、世代セダイは疲れたから夕方まで休もうとアニムに提案した。

 アニムは急いで向かいたかったが、世代セダイの強い要望を呑むこととなった。

 そして夕方に、やっとアニムの叔父であり、聖国王の弟である【ネガル・アングリーナ】に謁見を申し込んだのである。


 地方都市のひとつ【プサラ】。

 都市としての規模は大きいものの、なぜネガルがこのような地方都市にいるのかには諸説ある。

 ネガルが暢気でスローライフを楽しみたいから的な噂もあれば、政権争いに負けて追い出されたからという噂もある。

 世代セダイはアニムにその話を聞いてみたが、ある意味でどちらも正しいのではないかという話も出てきた。

 実際、ネガルはのんびりとした性格らしく、あまり王位継承権に興味がなかったように見えた。

 それ故に、アニムの兄であるナパオ派に簡単に追い出されてしまった可能性があるというのだ。


 普段ならば、そんな噂などどうでもいいと思う世代セダイであったが、今回だけはそうも言っていられなかった。

 アニムは、ネガルに聖国王とナパオの魔獣を呼びこむという暴挙をとめてもらうためにやってきたのである。

 地方都市にいるとしても、やはり王に意見できる数少ない立場である。

 それにまだネガルにつく貴族も多くいて、権力はもっている。

 ネガルも2人の暴挙を耳にすれば、さすがに止めるのに協力してくれるだろうと、アニムは考えたのだ。

 それには、やはりネガルの影響力を把握しておく必要がある。


 さらに気になることもある。

 だから世代セダイは、無理を言ってアニムに同行させてほしいと願いでた。

 ネガルと少しだけ話をしてみたいと頼みこんだのだ。

 そんな世代セダイに対して少しだけ逡巡を見せたが、ここまで事情を知っているのだからと、アニムは願いを受け入れてくれた。


 ちなみに世代セダイは、ほかにもお願いごとをした。

 ヴァルクの魔生機甲設計書ビルモアを持っているということ、世代セダイに魔力がないということ、そして長門との話のこと、これらを内緒にしてほしいと頼んだのである。

 それから、あともう1つ。知らないふりをしてくれと頼んだ。

 アニムはなにか言いたそうだったが、それも黙って承知してくれた。


(たぶんこれ、一歩まちがえたら取り返しがつかない話だよね……。はぁ~、面倒だなぁ)


 本当ならすぐに放りだして、魔生機甲レムロイドで遊びたい。

 しかしこれを放っておいたら、たぶん今後、ゆっくりと遊ぶことができなくなる。

 だから今は面倒でも、ネガルのもとに行くしかないのだ。


 プサラは四阿などと比べて、かなり都会感がある街並みをしていた。

 建造物もでかくて、ビルのような建物まである。

 盆地なのか周囲には緑の山々が並び、立派な建物とのコラボが独特の雰囲気を作り出していた。


 そして中央の奥には、一段と立派な建物があった。

 近代的な四角い、まるでモノリスを思わす建造物の左右に、西洋の城に見るような塔が建っている。

 それはまさに、異世界文化の香りを世代セダイに感じさせた。

 2人は、そこ――ネガルの居城へ訪れていた。


 謁見の要望は、恐ろしいほど簡単に受けいれてもらえた。

 聖王国の王女が護衛1人だけ連れて、こんなところにきているというのは信じがたいことだったはずだ。

 しかし、門番も彼女の顔を知っており、取次ぎは迅速に行われた。


 謁見の間に通されて待っていると、現れたのは40代半ばぐらいの短いひげを生やした男性だった。

 最初にアニムを見たときは、その細い目を見開き、口髭に囲まれた口をポカンと開けていたが、すぐに優しくアニムに微笑んだ。

 角ばった輪郭をしていたが、世代セダイの第一印象は細い眉と薄い唇をした、人当たりの良さそうな人物だった。

 そして、アニムと同じような猫耳と触覚のような鬚も生えていた。


「まずは突然の来訪、お許しください。叔父上様におかれましては、ご健勝のこととお慶び申し上げます」


 一枚板で作られたような立派な長机が中央に置かれた、赤い布で装飾された部屋。

 そこで深々と頭を下げるアニムは、確かに貴族の気品のようなものを感じさせた。

 一瞬、今までとのギャップにとまどうが、世代セダイも慌てて頭をさげる。


「うむ。立派なレディに育っているようだな……。まあ、堅苦しいのはよい。急ぎの要件であろう。まず、横の男は衛兵か?」


「いえ。こちらは道中に知り合い、わたくしを助けて、ここまで連れてきてくださった方でございます」


 世代セダイは、アニムの目線を受けて一歩前に出る。


「お初にお目にかかります。東城世代セダイと申します。若輩ながら、魔生機甲設計者レムロイドビルダーをしております」


「――なっ、なんと! 貴殿が、あの東城世代セダイか! まことか、アニムよ?」


「は、はい。まことでございます」


「そうか、そうか。これは重畳……うーむ、素晴らしい客人を招けたものだ」


「わたくしをご存じとは。ネガル様は、魔生機甲設計者レムロイドビルダーにお詳しいのでしょうか?」


「いいや、そうではないが。あの【四阿の月蝕】の立役者ともなれば、その名ぐらい知っておる」


「……光栄に存じます」


「うむ。貴殿とは後でゆっくり話したいものだ。……さて、それでアニム。要件はなんなのだ?」


「はい。実は、お兄様が魔獣をコントロールする法術道具を手に入れました。お兄様はその道具を使って、父と共に日本王国を滅ぼすため、魔獣を呼びこもうとしていおります」


「なんと……」


「もはやこの暴挙を止められるのは、叔父上しかおりません。どうか、やめるよう説得していただけませんでしょうか」


 アニムが最後に頭を下げると、ネガルは深く、重々しく唸ってみせた。


「う~む……。確かにそのような愚かなこと許すわけにはいかぬ」


「叔父上……では……」


「兄上の……聖国王のやろうとしていることは、この世界に移り住んだ先祖の努力を無に帰すかもしれぬ。ましてや、解放軍と手を組んでまで日本王国を滅ぼそうなど王家の恥もよいところだ。そうか……これをわたしに伝えるために、アニムは単身で参ったのか?」


「はい。お父様やお兄様に知られれば、止められるに決まっております。ですから、1人で抜けだしてまいったのです」


「そうか。では、兄上はアニムがここにいることを知らぬのだな?」


「はい」


「では、わたしから知らせて安心させておいてやろう。アニムは長旅で疲れたであろう。今日は……いや、しばらくは、ゆっくとり休むがよい。兄上のところには、明日にでもわたしが行くことにしよう」


「あ、ありがとうございます、叔父上!」


 安堵の顔のまま深々と頭を下げるアニムに従って、世代セダイも深々と頭にさげた。

 だが、彼の中にはあったのは、安堵ではなかった。


(アウト……スリーアウトだ。あ~あ、どーするかなぁ……)


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