Act.0013:……バカじゃないの?

「その男が、いつ接触してきたのかはわかりません」


 大きなテーブル席には客も増え、賑やかになった中華料理店。

 その片隅の2人席で、アニムは小さな声で語りはじめた。


「その男は如月と名のりました。月の名前を持つ者……十中八九、解放軍【新月ニュームーン】の者でしょう」


「解放軍……」


 心の中で世代セダイは「またか」と呟く。

 最初に世代セダイの面倒を見てくれた【東埜 いちず】という女性の父親を暗殺した者たち。

 そのいちずの街を襲った者たち。

 世代セダイを犯罪者にしようとした上、彼の魔生機甲設計書ビルモアを奪おうとした者たち。

 旅をしなくてはならなくなった理由を作った者たち。

 ここでまた、その名前を聞くことになるとは思いもしなかった。


「ええ。如月はまず、わたくしの兄にとりいりました。王位継承権を確実にするために焦っていた兄は、彼の話に簡単にのってしまいました」


「確実にって、どういうこと? 普通はお兄さんになるんじゃないの?」


 食後の烏龍茶をすすりながら、世代セダイは話を促した。

 本当は面倒であったが、巻きこまれていることは確かだ。

 情報はなるべく欲しい。


「いえ。兄は私と1つ違いで若いですから、叔父……父上の弟君である【ネガル・アングリーナ】との間でどちらに王位が継承されるか検討されていたのです」


「そういうこともあるのか……」


「はい。そして兄は如月と結託して、父上に法術装置を提案したのです」


 法術装置とは、簡単にいえば魔法の道具のことだ。

 魔生機甲レムロイドの設計時にも出てくるので、魔力がない世代セダイでもそれは知っていた。

 たとえば、魔力を蓄える仕組みなども法術装置と言える。もっと身近なものでいえば、魔力による照明器具も法術装置である。


「その法術装置は、日本王国を滅ぼすための悪魔の道具でした……」


「どういうこと?」


 アニムが濃緑色の瞳を一度伏せてから、意を決したように世代セダイを見つめた。


「魔獣を……魔獣をこちらに呼びこむ機械だったのです」


「魔獣? 魔物のこと?」


「ああ。一般的に言われる魔物は、こちらで魔力の影響から発生した生物ですが……。そうですね。まずは真の歴史を知らないといけないかもしれません」


「真の歴史? それは日本王国の話だよね?」


「はい。ジェネは日本王国がどこから現れたか……ご存知ですか?」


「確か歴史書では、『真の日本の支配者がどこからともなく現れた』的な曖昧な書き方だったよね」


 曖昧もいいところだったが、世代セダイはそれを気にしていなかった。

 なにしろもともとが、ゲームに魔法というものを登場させるためのご都合設定だ。

 最初から適当なものだと勝手に解釈していたのだ。


「あれは嘘なんです」


「嘘? ……ああ、つまりあれか。支配者たる日本王国による歴史改ざんとか?」


「はい。……ジェネは異世界って信じますか?」


「異世界……ね」


 信じるもなにも、世代セダイからしてみれば、この世界こそが異世界である。

 なら、異世界の人間がいう異世界は、彼が元いた世界ということにならないだろうか。

 しかし、もちろん元の世界に日本王国なんてものはなかった。

 今の話と、どう関係するというのだろう。


「し、信じられませんよね、異世界なんて……」


 その複雑な世代セダイの表情をどうとらえたのか、アニムが少し困った顔をする。


「いや、信じられるよ。異世界人の話は聞いたことあるし」


「そ、そうですか」


 信じてもらえたことが嬉しかったのだろうか。

 世代セダイの言葉に、アニムが嬉しそうに微笑する。

 自分も異世界人だから……というのは、話が混乱しそうなので伏せておく。


「これはある異世界の話です。名前は【クラウディア】。そこでは多くの巨大な魔獣が大暴れをしていました。クラウディアに住んでいた人類は、その魔獣に対抗するために、法術により魔生機甲レムロイドを生みだし、長い年月を戦っていました」


「……魔生機甲レムロイドは、本当は魔獣と戦うためのものだったということ?」


「はい。しかし、最初の内は勝てていたのですが、どんどん魔獣の力は強くなり、人類はこのままでは滅ぶことになると危惧されました。そこで人類は、もうひとつの手段を講じたのです」


「つまり……」


 ピンときた世代セダイに、アニムがコクリと頷いた。


「はい。彼らは別の異世界に逃げたのです。日本王国というのは魔獣が暴れる異世界から逃げてきて、この世界を占領した異世界人だったのです」


「まじか……」


 さすがの世代セダイも、驚愕というより恐怖さえ感じてしまう。

 今、聞いた話は、この世界の支配者たる国の根幹を揺るがすような内容なのだ。

 今の支配者は「もともと日本の支配者」ではなく、「単なる侵略者」だったわけである。

 旅の途中の土産話に、食事をしながら聞いていい話ではない。


「…………」


 思わず周りに本当に聞こえていないか気になり、周囲を瞳だけで見まわす。

 だが、周囲はこちらを気にした様子はない。

 というか、これだけ賑やかになると、小声で話している限り聞かれることはないだろう。

 正面の声でさえよく聞こえないぐらいだ。

 下手に部屋で話して、隣の部屋から盗み聞きされるよりは安全なのかもしれない。


「なるほど。確かにこれは聞いたら戻れなさそうな話だけど……どうしてタマはそれを知っているの?」


「それは私の民族もまた、もともとクラウディア人だからです。他に数種族、原住民族と違う見た目の民族がいますが、それもすべてクラウディアから一緒に逃げてきたクラウディア人の末裔です」


 その説明は、先ほど抱いた世代セダイの疑問の回答だった。


「……ボク、今、凄いことを聞いているよね?」


「はい。国家機密です」


「……なんで怖いこと話しちゃうの?」


「だから、最初に命に関わるかもしれない話だと言いました」


「だから、最初に命に関わるかもしれない話なら聞きたくないと言いました」


「そうでしたっけ?」


「強引に説明し始めてそれか……。まあ、いいや。話を戻そう。つまりあれか、タマの国はそれほど強い魔獣とやらを呼びだして、この世界の覇権が欲しいから日本王国にぶつけよう……というわけね?」


「ええ、そうです」


「……バカじゃないの?」


「一刀両断ですね……」


「だって、なかなか倒せなくて苦労して、異世界まで逃げてきたというのに、その原因たる魔獣をこっちに呼んでどーするの? 魔生機甲レムロイドでも苦戦するんでしょう?」


「そうですね。三大衛士が揃えば、退治することは可能でしょう。強いのでも1匹なら……」


「ということは、戦力にするなら何匹も呼びこむということだよね……」


「その如月が言うには、法術装置に魔獣の制御能力があると。弱い魔獣ながら、制御するところも見せられて、すっかり父上も兄上も信じてしまい……。ただ、制御できたとしても、我らの世界を奪った厄災をこちらに招き入れるなど、もし事故でもあればこちらの世界さえも失ってしまうことになりかねません!」


 語尾に力が入ってしまい、上がったボリュームをアニムは慌てて抑えた。

 この会話だけは、確かにバレるわけにはいかない。


「というかさ、魔獣の制御もだけど、異世界とつなぐ事なんてそんな簡単にできるの?」


 世代セダイにしてみれば、そっちの方が気になる。

 異世界とつなげられると言うことは、元の世界にも戻れるということになるのではないだろうか。


「これはわたくしの教育係のリーン博士が言っていましたが、この世界はもともと不安定で、異世界と繋がりやすいらしいのです。それに……実は、もともとこの世界に魔力はほとんどなかったそうです」


「……え? そうなの?」


「はい。この世界に蔓延している魔力は、クラウディアから流れこんでいるものです。それがいろいろなものに影響を与えています。この世界に魔物が生まれるのも、この世界で生まれた人間が魔力を持って生まれるのも、その影響なのです」


 世代セダイの背中にゾワッと悪寒が走った。

 不安定な世界、異世界と繋がりやすい世界。

 それを信じる根拠は、まさに自分という存在である。

 つまり、アニムが言っている不穏なことはすべて真実の可能性が高い。


「魔力がほとんどなかった世界……流れこんで……」


「はい。わずかながら、この世界はまだクラウディアと繋がっています。それは魔力が流れこむ程度ですが、不安定なこの世界とクラウディアをつなぐことは、さほど難しいことではないのです」

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